「何故わたしが拘束されなければならない!」
 叫んだのはラングレー総司令である。
 いや、それももうつい先程までの話で、現時点では『元』総司令と言う事になっている。
「フォースチルドレンに対して不正な使徒媒体を投与した疑いがある」
「冬月ぃ!」
 噛み殺さんと首を伸ばすが、屈強な保安部員二人に取り押さえられていてはそれもかなわなかった。
「連れていきたまえ」
「うおおおお!」
 男の呪詛が綾波家地下の本部内にこだまする。
「さて」
 冬月は改めて顔を向けた。
「久しぶりだね?、シンジ君」
 手錠をされていた手首をさすりながら……
 シンジは疑わしげな目を向けていた。



 voluntarily.13 Tears off! 


「ラングレーの手並み、さすが奸知に長けていると言えよう」
 どこか見えない場所では、そのような会話が成されていた。
「相手が子供であっただけだよ」
 侮蔑を含んだ声が漏らされる。
「だが碇はその子供ですら御する事が出来なかった」
「碇の手腕はそちらには向いておらんからなぁ」
「そのための冬月だろう」
 この辺りには仕方が無いと言う雰囲気が窺える、ラングレーに対するものに比べて明らかに甘い。
「……フォースの覚醒は、必要不可欠な事項であった」
「このようなことでサードの不信感を向けられるわけにはいかんだろう」
「既にサードも我らにとって必要な要素だ」
「彼のおかげで容易にサードを取り込めそうだな?」
 くっくっくっと、ラングレーに対する嘲笑が沸いた。
「碇ゲンドウに悪意を持たれては困るのだよ、まだ彼は必要だからな?」
「そのためのラングレーだ」
「彼には生贄たる羊となってもらおう」
「もう一つ進めるのかね?」
「真実すら知らぬ、愚昧な輩だ」
 うむ、と全員の合意が得られる。
「ところで、碇は動いてくれるかね?」
「動いてもらう、冬月をネルフに残らせた意味のわからぬ男ではあるまい」
 老人と呼ばれる彼らは、深い信頼をゲンドウに抱いていた。
 それが信用に繋がらぬのは、綾波レイが信じてはいても頼ろうとしない姿の逆を行っていた。


 豪奢なテーブルセットに一杯のコーヒー。
(マズイや……)
 シンジは口をつけた瞬間に、つい加持のブレンドと比べてしまっていた。
「すまなかったね?」
 その声に顔を上げる。
「……まさか彼がこのような暴挙に出るとは思いもしなかったんだよ」
「そうですか……」
 冬月はあまり興味の無さそうなシンジに対して、それでも全てはラングレーの独断であると、白々しい擦り込みをかけていた。
「落ちつかないかね?」
「あ、いえ……」
 ここは綾波家の執務室である、以前はゲンドウが使用していた。
 その応接セットに二人は腰掛けていた。
「碇はネルフと綾波家、その双方の役職から退いてね?、今は第三新東京市の市庁舎にいるよ」
「父さんが?」
「ああ、ここにはいない、安心したかね?」
 最後の一言は余計だったかと内心で舌打ちをする。
「父さんが……」
 しかしシンジは自分の考えに没頭していて気が付かなかった。
(父さんが母さんを見放したと言うの?)
 その事ばかりが気にかかる。
「しかしまあ、そう碇を責めないでやってくれ」
「え?」
「君は知っていたかね?、シンジ君がサードチルドレン……、三番目のエヴァとして登録されていた事を」
「登録?」
 シンジは困惑を顔に浮かべた。
「うむ……、一人目のレイ、二人目のアスカ君、そして君、だ」
「そんなの……」
「君達はネルフの指揮監督下にある、勝手は許されない存在なのだよ」
「それこそ勝手じゃないですか」
「ああ……、だけどな?、それは表向きのことだよ」
「え?」
 シンジはにこりと微笑む冬月に怪訝な目を向けた。
「それはどういう……」
「君が未確認のエヴァである……、ということはだ、各国の諜報機関のみならず、軍、政府、あるいは非合法組織、果てはネルフの支部により拉致監禁、解剖されかねない危険性があった」
「僕を……、ですか?」
 シンジは眉を顰めた。
「エヴァをだよ、エヴァにはそれだけの価値が在るからね?」
「こんなものに……」
 シンジは自分の右手を見つめた。
 汗ばんだ手を閉じたり開いたりして見せる。
「それからレイとアスカ君のことなんだが……」
 シンジはその名前に動きを止めた。
「誤解しないでやって欲しい……、二人は君の警護のために碇が送り出したんだからね?」
「父さんが!?」
 シンジは露骨に驚きの声を上げた。
「ああ、そしてその理由付けのためにサードチルドレンとして登録した、……今となっては、それが君を拘束し、不自由を味合わせる事になってしまっているのだが……」
「父さんが……」
 シンジはその部分にのみ固執していた。
「碇は君をこの奇妙で陰惨な世界に関わらせたくは無かったようだ……、そのためになるべく遠くに置いていたのだが、結果は」
 シンジはギュッと拳を握った。
「いいですよ、もう……」
「シンジ君……」
 ドッとシンジは背もたれに体を預けた。
「僕はもう……、人殺しなんだから」
 シンジは全てを吐き捨てた。
 冬月の思惑などどうでもいいと。


「どうして?、ねぇ、どうしてよ!」
 その頃、シンジが居る場所から地下数百メートルの地点……
 ジオフロントにも繋がっている地下施設の一つの廊下では、アスカがらしくない取り乱し様を見せていた。
「お願いだからパパに会わせて!」
「申しわけありませんが」
 泣き顔を晒すアスカを押し止めるのはネルフの保安職員であった。
 クリーム色の制服に赤いベレー帽を被っている。
 当然のごとくライフルらしきものを携帯している。
「この先への立ち入りは全面的に禁止せよとの命令を受けて下ります」
「どうしてよ!」
 アスカは泣き叫びを上げた。
「どうしてもパパに……、パパに聞かなくちゃ……、聞きたい事があるの、だから!」
 アスカには分からない事だらけだった。
(どうしてパパが逮捕されなくちゃいけないの!?)
 父のあの態度の意味も、なぜシンジを拘束させたのかも、シンジが何処へ連れていかれたのかも、そしてどうして父が逮捕されているのかも。
(どうしてよぉ……)
 アスカは縋るように男の腕を掴んだ。
「どうして?、どうしてパパが、逮捕なんて」
「お答えで来ません、お帰り下さい」
 腕を掴まれた男は、やや乱暴にアスカを払った。
「きゃっ、あ?」
 ドンッと……
 よろけたアスカだったが、倒れずには済んだ。
「あんた……」
「やれやれだねぇ?」
 にやにやと彼女を支えたのはカヲルだった。
「立てるかい?」
「え、ええ……」
 困惑する。
「どうして、あんたが……」
「僕もまた仕組まれた子供だからね?、そして」
 カヲルは男達を見た。
「フィフスチルドレン、僕達の地位は君達よりも上だということは分かっているね?」
 恫喝する、頭一つ分小さくても、カヲルは体格差を理由に威圧されるような神経は持ち合わせていなかった。
「はっ!、ですが冬月副司令の命令ですので」
「……そうではないよ」
 明らかに男達はカヲルとアスカを子供とみくびっている。
 見下している態度にアスカは歯噛みしたが、カヲルはそれでは済まさなかった。
「君達には敬意と言う物が欠けているねぇ?」
「は?」
「僕達は君達を導くために生み出された、だけど導くべき存在を選ぶ権利ぐらい、あってもいいとは思わないかい?」
「わたしには分かりかねますが」
「なら淘汰してあげよう」
 ぎゃあ!
 あっ、が!
 その瞬間、アスカには何が起ったのか分からなかった。
 ただ二つの悲鳴が上がったとしか認識できなかった。
 気が付けば二人分、合計四つの目からそれぞれ棒が生えていた。
 いや、棒に見えたのはナイフの柄だった。
「……これで少しは手間が省ける、楽になれるよ」
 アスカはカヲルの口元に浮かんだ笑みに後ずさった。
「あ、あんた……」
 まるで悪びれた物が無かった。
 当然のことを当たり前のようにしただけ、罪悪感のかけらも見られなかった。
 二人の男は状態がよく分からずに、もがいて自らナイフの柄に触り、激痛を作り出して悶えている。
「……そんなに僕が恐いかい?」
 カヲルは距離を空けたアスカをせせら笑った。
 薄ら寒い笑みだった。
「そんなことだから君はシンジ君の友達にはなれなかったのさ」
「な!?、違うわよ、シンジは……、シンジはこんなこと!!」
 シンジの名前に勢いを生み出す、弾みで言い返しただけかもしれないが。
「そうかい?、だけどシンジ君は知っているよ」
 アスカは喉の乾きを感じさせられた。
「僕がこういう人間だとね?、……そしてそれでも僕達は親友だ」
 勝ち誇るような態度に、アスカは言葉を失った。
 そして同時に理解した。
 いま自分が感じている恐怖、それはシンジに感じた物と同じだと言うことを。
(わからない……)
 シンジは自分と同じエヴァだ。
 そしてカヲルは自分と同じ人間だ。
 なのにその双方共に、何を考え、何を感じ、何を思っているのか想像も出来ない。
(どうして……)
 見えないのだ。
 エヴァの力を持ってしても、その心の奥底に隠している感情が。
 理解できないからこそ恐いのだ。
「さあ行こうか?」
「え?」
 アスカは差し出された手に戸惑った。
「聞きたい事があるんじゃないのかい?」
「え?、ええ……」
 つい先程まで、あれだけ父に会いたいと喚いていたにも関わらず……
 今のアスカはカヲルに従っていいものかどうか、真剣に迷いを見せていた。


「母さん……」
 シンジは許された自由を利用して母の寝室を尋ねていた。
 しかし入り口に立つのがやっとだった。
 ベッドに上半身だけを起している母は、肩にカーディガンを掛けたまま、どこともしれない場所を見つめていた。
 誰も、何処も見ていない目、何も感じていない母の姿に、シンジはそれ以上を踏み出す事が出来ないでいた。
「風邪を引くわ……」
 レイがその体を横たえるように薦めていた。
「……レイちゃん、シンジは?」
 シンジはピクリと体を震わせた。
「『シンジ君』はお庭に居るって、『冬月おじさん』が……」
「そう、そうだったわねぇ……」
 ユイの目はやはり焦点を合わさない。
「わたし……、わたしが悪いの、わたしがあの『箱』を見付けたりしなければ……、あの箱を」
「箱?」
 シンジの疑問符にユイは反応を示した。
「箱……、南極の地下、空洞……、遺跡、白い卵、それが箱……」
(なんだこれ!?)
「碇君!」
 レイの息を飲む声が聞こえたが、膝をついたシンジはそれどころではなかった。
「うっ、ぐっ……」
 吐き気を堪えて口を塞ぐ。
 この間のアスカと同じ状態だった。
(頭の中に直接入って……、違う、浮かんで来る……)
 それは凄まじいイメージの本流だった。
 氷に閉ざされた世界、その地下に在る空洞、天も、床も、壁にも、奇妙な獣達が閉ざされていた。
 数は全部で十七体。
 それは図鑑で見た恐竜や、昔の鳥達、昆虫に似ていたが、その形はでたらめだった。
 どれもどこか人に似ていた、腕と足……、数はばらばらだが、似たような太さのものを持っていた。
 中には人のように直立しているものもいる。
 そして大きさは、均一に二メートル以下、一メートル以上と、人間に近い身長を持っていた。
(人、人間なのか!?)
 シンジはそのイメージに戦慄し……
「人間なのよ……」
 シンジの思考に、ユイは当たり前のように肉声で答えを返した。
「人は南極で神様の足跡を見付けたの……、わたし達は喜んでそれを手に入れようとした、それが十五年前、神様は沢山の失敗をしてわたし達をお作りになられた、だけどそれは間違いだったの、わたし達は等しく捨てられた存在だったのよ、この星に……」
 ユイの口から紡がれる言葉を、シンジは床の上から、レイはそのシンジの背をさすりながら聞いていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。