「困った子だね?、アスカは……」
彼はその場にそぐわない笑みを浮かべていた。
「大人しくわたしの理想のために働いてくれれば、世界の英雄にもなれるものを……、悪い子だ」
「世界の……、英雄ですか?」
硬直してしまっているアスカの代わりにカヲルが尋ねた。
「そうだよ?」
ラングレーは親切にも答えた。
「だがもういいさ……、そこまで傷つけられては例えただの人間であるわたしにも逆らえまい?、後でゆっくりと言い聞かせる事にしよう」
「使徒に囲ませて?」
カヲルの一言にアスカの体は硬直した。
「お仕置きを手伝ってもらうだけだよ……」
「使徒……、そう、いつの頃からか彼らには一貫した繋がりが見え始めていた……、でも誰がその情報をリークしているのかが分からなかった」
まさか、まさかとアスカはぎこちなく顔を上げた。
そこにある男の顔を見て確信を得る。
「悪いことではない」
ラングレーは傲然と言い放った。
「何も知らず、望まないままに使徒にされた憐れな子供達、彼らにも生きる権利はあるさ……」
「そうやって、言葉で護魔化すことが間違いなんですよ」
「なに?」
「フォオオオオオオオオオオオオ!」
シンジが吠えた、使徒に向かって蹴りを放った、吹き飛んだ使徒に右腕を突き出す、放出した閃光はATフィールドに角度を変えられてしまった、天井で起こる爆発、その煙の中、さらにエヴァは化け物に体当たりを食らわせた。
廊下の壁に使徒は背中を食い込ませた、二人の足元には倒れたレイの頭がある。
シンジは帯を掴んで振り回す様に使徒を廊下の奥へと放り捨てた。
そして追撃、しかし。
『シンジ!』
使徒の目が光った。
シンジの甲殻、仮面がバカンと音を立て割れた。
頭蓋の半分以上が吹き飛んでいた。
そして肩口もえぐれていた。
右腕が肩甲骨を無くしてプランと揺れる。
勢いが余っていたのか、エヴァはよろけるように壁に体を預けて崩れ落ちた。
『シンジぃーーーーーー!』
「フォオオオオオオオン!」
アスカの絶叫がこだまする。
そして男は興奮していた。
「やはり持っていたのか!」
アスカは父に仮面の裏、後頭部を掴まれるようにして、廊下に引きずり出されていた。
這いつくばりながら見たシンジは、既に絶命しているように思えた。
『あれは……』
「気付いたか?」
男はアスカの反応に満足げな笑みを浮かべた。
「そうだ、コアだ!」
『コア?』
胸の殻も破られて、そこから赤い、使徒と比べても大きな玉が露出していた。
「……使徒と人間の遺伝子は99.89%酷似しているというのは知っているね?、わかるかい?、たったの0.11%の差違があれほどの差を生み出している、しかし重要なのはその肉体が『光のような物』で構成されていると言う事だ!」
朦朧とするアスカの意識の中に莫大な情報が流れ込んで来た。
「胸にある赤い玉は基準点なのさ、それを中心に使徒はある種の磁場領域を形成する、ATフィールドだよ、それはヒトの形そのものだ」
原子と電子、すなわち純物質がその形に適した形状を生み出すために組み変わる。
物質そのものの構成の変化、変換を行うのだ、生命、魂と言う意識の元に。
使徒と呼ばれる異形の形態の完成である。
「わかるか?、すなわち使徒とは、エヴァとは、情報の集積体そのものなのだよ」
構成物質さえ有ればどのようにでも形態を変化させられる可能性そのもの。
コアとは設計図が詰まっている、とも言い換えられる。
(でもあたしにもレイにも、そんなものはないわよ……)
その事は考えてはいけないことだった、その解を望んだ瞬間、アスカの中には、否応無く男の記憶が流れ込んで来てしまっていた。
「最初の接触実験とは良く言ったものだな?」
男はその行為を唾棄していた。
「南極で発見された神だか悪魔だか……、生きた精子を回収して卵子に定着、それを自分の体に戻すなど正気ではないよ」
「あら?、ですがデーモン達の最終形態は比較的……、いいえ、人間そのものだったようですけど?」
女はそんな男に妖艶な笑みを浮かべて媚を売っている。
「最初の人間、アダムだろう?」
男は手に持っていた何かを放り出した。
その写真には氷付けになった悪魔達と、その奥に眠る一体の人間が映されていた。
「胎児の成長と共に精神に変調が見られるそうだが?」
「精神汚染ですよ、やはり異種族間での交配と自然出産には無理があるのでは?」
「混血児は人とは違う、脳波も必要としている体内物質も、似ているようだが消費量も莫大だからな?」
「母体が保たないと?」
「事実だろう?、吸血鬼のように吸い取られているのさ、その失調が彼女に悪夢を見させている、精神的な安定は得られないだろうな、いや精神のバランスそのものが保てないのか、まあその内に自我崩壊を起すだろうさ」
男に女はしな垂れかかった。
「その時は……、彼女の両親はわたし達と言うことになりますね?」
「気持ちの悪い話だよ」
男は女の口を塞いだ。
『パ、パ……』
アスカは泣いていた。
涙を流せずとも泣いていた。
自分は人間だと思っていた、その全てが崩れ去ったのだ。
父の愛情も嘘だった。
初めから利用するための仮面だったのだ、その優しさは。
それに躍らされてシンジを傷つけた自分。
いや、自分は人だからと言う優越感に浸って、シンジも人だなどと慰めようとしていなかっただろうか?
(嫌っ!)
自分の愚かさを痛感した。
そして自分の放った言葉が自分にも当てはまるのだと気が付いた。
……気が付いて、その空しさに心を震わせた。
感動させられるはずが無かったのだ、この程度の想い、上辺だけの気持ちではと。
アスカは這ってシンジに近寄ろうとした。
芋虫のように身をくねらせて
「何処へ行く?」
それをラングレーは引きずり戻した、外殻の背中に手をかけて。
またも意識が流れ込んで来る。
『旧世代の出来損ないとの混血異児だが利用は出来る、完全体を生み出すための原形質としてな』
アスカは振り返って男を見ようとしなかった。
(見たくない……)
醜く歪んだ顔を見たくは無かったのだ。
カヲルの言う通りだった。
恐かったのだ。
真実を知ることが。
真実は残酷だから。
だが現実はそれにも増して恐ろしい。
『やめてぇえええええええええええ!』
ガン、ガン、ガン!
シンジのコアを、使徒が帯で打ち据え始めた。
『嫌ぁっ、お願い、シンジを助けて!』
力の限りアスカは訴えた、しかしアスカの言葉は父には通じない、使徒にも届かない、聞き届けられるレイは、シンジは、共に意識を失っている。
アスカに出来る事はと言えば、身を悶えて体を捩る程度のことだった。
『こんなのっ、こんなの!』
この程度のものがエヴァなのだろうか?
この程度で人を導くつもりだったのだろうか?
『こんなの、嫌ぁああああああああ!』
アスカは自分の存在そのものに疑いを持って絶叫した。
シンジの赤い玉にひび割れが生じる。
その瞬間……、果たして命の危険に晒されたからか?
それともアスカの絶望を感じたからなのか?
異変が急激に始まった。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
耳を破壊するような音だった。
千切れかけている右腕が、肘から先で曲がっていた。
持ち上げられた手のひら、帯は裂かれるように指の間を通らされてしまう形になっていた。
シンジであるはずのものは、それを掴んで使徒を手繰り寄せた。
ガン!
引きずられ、使徒はエヴァと顔をぶつけた。
「グルルルル……」
面を突き合わせた状態で、エヴァは顔の半分を失っていながらも唸りを上げた。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!」
帯を掴んだまま蹴り跳ばすエヴァ。
「バカな!」
ラングレーは叫んだ。
「既に人としての意識は壊れているはずだ、まさか、暴走!?、目覚めたというのか、エヴァが!」
(エヴァって……、なに?)
アスカもその異様には脅えざるをえなかった。
ゆっくりと立ち上がるエヴァ、えぐれていた右肩が膨れ上がり、筋肉が欠損を埋めていく。
エヴァは自由を取り戻した腕で、吹き飛ばされたままの左腕に千切り取った帯を取り付けた。
「なっ!?」
ラングレーは必要以上に驚いた。
ボコボコと泡立ち、色を変え、帯は形状を変えていく。
先程のラングレーの解説通り、物質変換を起して補ったのだ。
ならば何故に驚くのか?
「バカな!、何故使徒の体組織をわざわざ取り込む必要がある!?」
(え?)
「物質変換を起せるのであれば元素は大気でも十分なはずだ!、まだ覚醒には至っていないと言うのか!?」
(ちが……、う)
アスカは覚えていた、シンジが分体した時のことを。
(シンジは確かに『そこ』に至っている、でも、でも……)
アスカの瞳に困惑が浮かぶ。
「ガァアアアアアアアアアア!」
シンジは雄叫びを上げて襲いかかった、半壊したままの頭から、脳等の中身がこぼれ出す。
「生物ではないというのか!?、あんな……、あんな状態で何故生きていられるのだ!」
人は想像を絶する物にであった時、本能的な恐怖を覚えるものである。
先のアスカが、カヲルに対して脅えたように。
彼も今、そんな状態に立たされていた、全てを理解したつもりでいた彼を、エヴァは越えて見せたのだ。
ドン!
エヴァは馬乗りになるように使徒に襲いかかった。
グシャ!
片手でエヴァは仮面を潰した、文字どおり潰したのだ。
ただ手を置いただけで仮面は割れるようにして剥がれた。
「ATフィールドを崩したのか!?、他の個体が持つATフィールドに干渉して!」
それは事実上、あらゆる生体に対して干渉できると言う事だ。
『使徒を……、食ってる』
アスカですら戦慄する光景であった。
突然シンジは……、いや、シンジであったはずのものは、使徒の鼻先を齧り、引きちぎり、飲み下し始めたのだ。
「き、貴様!」
ラングレーはナイフを投げた。
ガキンと、それはエヴァが振り向きざまに回した腕によって弾かれた。
人が放ったとはいえ、アスカのエヴァの組織によって変質した刃である。
それが通じなかったのだ。
「ひっ!」
ラングレーは奇妙な悲鳴を漏らした。
エヴァの体が揺れたかと思うと、次の瞬間には彼の真正面に現われていたのだ。
「ひゃ!」
まさに瞬足だった、エヴァが移動するために押し分けた大気が暴風となってラングレーを転がした。
『シンジ……』
アスカはシンジを見上げた。
しかしシンジは左腕からパイルを伸ばしていた。
『シンジ!』
(あたしが分からないの!?)
殺されると言う恐怖に脅える、しかしアスカの願いは通じず、彼女はシンジの槍に貫かれてしまった。
『ああ……』
アスカは死んだ……、と諦めた。
しかし痛みはやって来なかった。
『うっ、あ!』
逆に襲って来たのは、これ以上と無い至高の快楽だった。
『あ、あああ、あああああ!』
身悶えをする、背中から全身に痺れるような快感が広がっていく。
パキンとシンジのパイルは中途で折れた、残された部位は侵食するようにアスカの中へと潜り込んでいく。
葉脈が広がるように分かれて、それは主にアスカの両肩口へと集中していく。
そしてアスカの腕の付け根に変化が起った。
『あつ、い……、熱い、痒い!』
出血が完全に塞がれた、肉が盛り上がり、筋肉によって閉じられたのだ。
それは瘤のようになり、さらに盛り上がって伸びていく。
伸びた先端にはさらに別の瘤が五つ生まれた。
アスカは両腕を襲う痛痒い感覚に堪え切れず、両腕を『引っ掻き』回した。
腕が……、再生されていた。
その間にシンジは鞭を振るっていた。
鞭はレイのエヴァの、割られた顔面に巻き付いた。
プチンと切れる、だが鞭は生き物のようにシュルシュルと動いて、顔の割れ目から中へと這い込んでいった。
ビクン、ビクンとエヴァは痙攣を起した、それに合わさるようにレイの体も軽く跳ねる。
神経が、肉が、血管が……
光の鞭の変質した無数の糸によって縫合、接合されていく。
光の輝きは仮面の裂け目の合わさりと共に薄れて消えた。
後には無傷のリリスが横たわっていた。
「はっ、ははは、そういうことか!」
転がされた際に頭でも打ったのだろう、ラングレーの額は割れていた。
「粒子と波、両方の性質を持った光のような物で肉体を擬似構成している以上、ファーストやセカンドのたんぱく質の強度を変化させただけの肉体を補填することは出来ない、だから食ったのか、人間をっ、人の体をベースにして変身した使徒を!」
(シンジ……)
アスカは喜んでいいのかどうか分からなかった。
シンジは間違いなく、アスカ達を救うためにそのような凶行に出たのだ。
人喰いと言う禁忌に。
「いいぞ、いいぞ!、同じ使徒の組成分であれば変換も楽だろう!」
その肉を用いて自分達を癒してくれた、それには感謝すべきであろう。
だがシンジは今だ正気を取り戻していないのだ。
グルグルと低い唸りを上げている。
「人知で計り知れるというのであれば、それはアダムでも再現できると言う事だ、なるほどまさにお前は化け物だよ!」
『それ』を越えるということは、すなわち『これまで』にはない代物になるということなのだから……
ブクブクと泡立ち、エヴァの仮面の下の、素体とも言い換えられる頭蓋骨が復元された。
ぐりんと緑色の目玉が生まれ出る
「このモンスターが!」
ザス!
そう叫んだラングレーの喉にナイフが突き立った。
「あなたの心に比べれば、それでもマシというものさ」
ナイフを放ったカヲルは、そのまま崩れ落ちるように気を失った。
ラングレーは吹き出す血とヒュ〜と気管から漏れる音に慌てながら倒れていった。
「フゥウウウ、オオオオオオオオオオン!」
エヴァは突然、雄叫びを上げた。
ここはわたしの巣だと主張するような、心胆寒からしめる咆哮であった。
その声に身がすくんで、アスカは動く事が出来なかった。
出来た事はと言えば、癒して貰った腕をもって、自分の体を寒気から守るために、強く抱きしめる事だけであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。