人が金色に弾けて消えた。
生死に関わらず散じていく、残されたのは黄金色の飛沫だけだった。
「こんな話を、知ってる？」
唐突にアスカは語った。
「地球にはね…………、もう新しい命を生み出すだけの環境が何処にも無いの、その限りでは、あたし達は均しく兄弟なのよね、変異、亜種、どんな風に取ってもいいわ、だけど、同じ所から血を分け、肉を貰った親子なのよ？」
レインは変身を解いて、アスカの膝の上で丸くなっていた。
少々大きいが、赤ん坊のようにアスカに全てを委ねている。
「あんたの家には…………、犬が居た？」
レインはきょとんとした。
「ぺス？」
「ええ」
微笑む。
「ぺスは、レインに優しかった？」
レインは胸に顔を埋めて喉を鳴らした。
「大きくて…………、いつも遊んでくれて」
「そうね」
優しく撫で付ける。
「ぺスは、あんたを守って、慰めてくれた、それがあの子の役割、レインはあの子に優しくしてあげた？」
「うん…………」
「ぺスは、他の人にも優しかった？」
「うん」
「レインは、優しく出来た？」
頷く。
「そうやって、みんながみんな優しくしていけたら、幸せだったのに」
「無理だな」
水を差したのはオームだった。
「人間は、嫉妬をする生き物だ、全ての人に愛をなどと言う言葉を吐けるものではない、聖人でもあるまいし」
アスカは物憂げに言った。
「でも口にしなくちゃいけなかった、そうでしょう？」
「しかしな、独占欲があるからこそ、人は向上心を持てる、より多くのものを手にするためには、他人を蹴落とすか、下に敷くしかないからだ」
「だけど、シンジはその両方ができなかった」
遠い目をした。
「シンジは誰よりも人間らしかったわ…………、欲しい物はささやかな愛情、でもそれは欲してはいけない、独占したくなるから、人の重荷になるから、鬱陶しいと…………、嫌われる事になるから」
「ではレインはどうなのだ？」
強ばったレインを抱きすくめる。
「好きよ？」
それは相反した言葉だった。
「だがレインは嫉妬しているぞ？、碇シンジに、あなたにそこまで言わせる男にだ」
「あ、あたしは…………」
「レイン？」
アスカはレインの言葉を遮った。
「いいのよ、レインはそれで」
オームに言う。
「あたしはね、シンジに優しくしたかったのよ、シンジが望む物を上げたかったわ、でもシンジは受け取ってくれなかった、ううん、手にする事が恐かったのね、だっていつ捨てられるか分からないから、始めから諦めていれば、恐がらずにすむから」
「で、この有り様か…………」
鼻を鳴らす。
「人を解体し、一から作り直して何を望む？」
「シンジは何も望んじゃいないわ」
「なに？」
アスカは冷笑した。
「あんたには、まだ分からないみたいだけどね」
「何をだ？」
「エヴァの本質よ」
体を背もたれに預けて目を閉じた。
「エヴァはね…………、この世の果てにあるものに手を届かせる為の力なの」
「果て？」
「アーカシックレコードって言葉を知ってる？」
それはまさに核心であった。
「全ての根本原理のことよ、これを手にすれば魔法すら科学として実現できるわ、でもね、それは元素記号や化学方程式と同じ、ただそれだけのものなのよ…………、それが中心にあって、ゴミで膨らみ続けているの、そう…………、あたし達の『記録』でね」
「記録？」
「そうよ？、だってそれが基本なら、応用はどうやって試したの？、一足す一が二でも、林檎と蜜柑では、あくまで一と一だわ、でも掛け合わせでまったく違うジュースになる、その対応表は？、これの実験材料が、あたし達」
アスカは首筋から何かを剥がして二人に見せた。
「ひっ！」
レインが身をすくめた、オームも目を丸くした。
「それは…………」
大きな蜘蛛だった、女郎蜘蛛に似た。
「これがあたしのエヴァよ…………、知らなかったでしょ？」
アスカは手で弄んだ。
「レイもね…………、あたしも、シンジも、こうしてエヴァと自分は別になってたわ、なのにあんた達はあんた達自身がエヴァそのものだった…………、けどね？、シンジはいつからか、自分の中にエヴァを内包するようになったの、それはどうして？、どうやって？」
オームは唸った。
「それは…………」
「それはね、誰かがこのエヴァを発展させて、あなた達を創ったからよ、それをアーカシックレコードは記録した、シンジはその記録を読み出して、自分のエヴァに反映させたの…………」
「それが、エヴァか！」
「いいえ」
アスカはかぶりを振った。
「こんなものも一部に過ぎないわ…………、だって記録は無差別なのよ？、地球が生まれてからだけでも五十億年分の記録が在るのに、どうやって必要な物を見付け出すの？、人類の総人口が何億で、虫や獣が何匹いて、その記録が一秒間にどれだけ増えるか分かってる？、触れるだけでも莫大な情報が、記憶が流れ込んで来る、その中で自分を維持し続ける事がどれだけ難しいか」
「あなたは出来るのか？」
「浅い…………、密度の少ない世界ならね」
皮肉に笑う。
「だからこそ、心の壁が…………、ＡＴフィールドがあるのよ」
エヴァと言う力が。
「シンジはね…………、その中心に到る事も出来るのに、どうしてかしらね、あたし達を知ろうとはしてくれなかった」
「なに？」
「見てくれれば良かったのよ…………、そうすれば、あたしや、レイが、どれだけ好きなのか、シンジのことを考えてたのか、少しはわかったはずなのに」
だがそれが出来る様なら、シンジでも無い。
「シンジはね、傷つく事を恐れて、見なかった、だって傷ついてるの自分だけじゃないから…………、もっと酷い傷を見付けてしまうかもしれないから…………、それは…………、それはとても苦しい、とても悲しい、心をえぐる行為だから」
オームは様々なモニターに映る光景を指し示した。
「ではこの有り様はなんだ？」
目を伏せて答える。
「シンジが…………、教えてしまったのよ」
「なにを」
「見せた、と言った方が正しいのかしらね、人の気持ちを知ることがこんなに辛くて苦しいことだったなんて、僕は自分のことばかりで、人の気持ちなんて考えなかった、だからこんなことになってしまった、もう嫌だ、死にたい…………、みんなはただ共感して、死を選んだ、望んだだけよ、別にシンジが悪いわけじゃないわ」
「これでもか？」
「だってこれから優しくしようって思うことも出来るのに…………、みんなはこの終末を選んだんだもの、自分で選んでるのよ、みんなはね？」
アスカはオームの目をまっすぐに見据えた。
「あんたは、どうするの？」
オームは戸惑いを見せた。
「どう、とは？」
「…………あたしはね、シンジが殺しに来てくれるのを待ってるの」
レインとオームは目を丸くした。
「な、に？」
穏やかに告白する。
「アーカシックレコードはね、確かに知識の本流だわ、好きなように引き出せば、なんでも思いのままに形作れる、けどね、誰かがその本棚から本を盗んだの、考えてみて？、足し算を知らない人に掛け算を教えても、結果をなぞらえるだけで説明なんておぼつかない…………、そんな程度の知識で、知恵に見える物で何かをしようとした時、結果がどうなるか…………、恐ろしい事だわ」
「誰かが…………、盗んだ？」
「いいえ、ただ必死になって掴んだだけよ、そして掴んだまま帰って来た」
「帰って来た？、誰が」
「ママが」
オームは息を呑んだ。
「惣流…………、キョウコだったか？」
「そうよ、後は碇ユイ、シンジのママよ、この二人がね…………、そして今、エヴァがある」
アスカは蜘蛛を握り潰した。
「これをレコードの中心に返すためには、シンジかあたしのどちらかが死ななくちゃいけないの…………、なら、どちらが死ねばいいかなんて、決まってるじゃない」
ドン！
音がした。
震動もだ。
オームとレインは反射的に。
アスカはゆっくりと目を向けた。
部屋の入り口、ドアのあった場所が球形にえぐり取られていた。
明滅する光の中に、片膝をついた何者かの姿が垣間見える。
「シンジ…………」
アスカの口から、その名が漏れた。
その震動は、何もアスカ達だけが感じたわけでは無かった。
「始まりましたね」
「ええ…………」
答えたのはユイだった。
体を支えているのは、加持だ。
震えは物理的な衝撃では無かった。
魂に直接堪える震動であった。
「キョウコ…………」
ユイは目の前にある機械を見上げた。
中には人の脳が納められているのだが、鋼鉄の箱だ、見通せるはずも無い。
「わたしも…………、本当なら、あなたとそこに居るはずだったのに」
加持は疑問を投げかけた。
「アーカシックレコードからの逆流を書き留めるための記録装置…………、本当に可能だったのでしょうか？」
「わからないわ」
顔色は悪いが、ユイの言動は正常に戻っていた。
「わたしは…………、いつから狂ってたの？」
その問いかけは、自身に向けたものだった。
「あの人はいつも寂しそうだった…………、人から傷つけられる事を恐れてた、だからわたしは、あの人のためにと思って」
涙ぐむ。
「シンジが生まれてから、あの人は変わってしまったわ、…………いいえ、以前に戻ったのね、あの人にとって子供は他人と同じだった、わたしに甘えると、嫉妬や嫌悪の目を向けらるから、いつも抱き締められる事を拒んでた…………、シンジにその他人と同じものを感じて、だから」
ユイは項垂れた。
「わたしも人のことは言えないわね、シンジを放って、研究に没頭していたんだから…………」
そうすれば、常にゲンドウと居られたから。
「シンジ…………」
ユイは呟いた。
「ごめんなさい」
涙を拭う。
「愚痴なんて、聞きたくないでしょ？」
「いえ…………」
加持はかぶりを振った。
「それも真実の一部でしょうから」
「そうね」
よろけながら、肩を借りて出口へ向かう。
「真実…………、どれだけの事実を繋ぎ合わせれば、真実になるの？」
「わかりません」
加持は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「事実はそれこそ無数にあるし、人の理解によっても形を変えます、揚げ句、誤認、誤解だってある、でも、だからこそ求めることは面白い」
「歴史を知ろうとする学者みたいね」
「そうですか？」
意外そうな顔をした。
「そりゃ…………、考えたこと無かったな」
加持は苦笑した。
「全部が終わったら…………、そんな風に暮らしてみるのも良いかもしれませんね」
「そう？」
「だって…………、シンジ君は、そうして貰いたいから、あなたをこの世界に戻したんじゃないんですか？」
加持の言葉は、十分にユイを驚かせた。
「ええ…………、ええ、そうね」
「そうですとも」
二人が出ていった部屋の中では、静かに、タイマーが時を刻んでいた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。