(やっぱりモテるんだ、アスカって……)
シンジは少々脅えながらも、改めてアスカの人気に感心していた。
毎度の慣れた呼び出しだ、だがこれまでとは意味合いからして違っている。
『僕にはもう、レイが居る!』
有頂天も絶好調だ、アスカの事なんて全面否定してやるんだ!、そんな意気込みであったのだが、流石に一クラス分以上の男子生徒に囲まれては、方向転換もやむなしだろう。
校舎裏、数十人に囲まれて、シンジはとにかく事情を説明した。
「だからさ、興味ないから告白されても困るって、それで彼氏の振りをしててくれって頼まれてただけなんだよ!」
ずずいと一人が前に出た。
「ほんとだな?」
「うん」
「本当に、本当なんだな?」
半ばうんざりとしてしまう。
「アスカにはさ、防波堤とか虫除けとか言われてたんだよ?」
「でも一緒に住んでるんだろう?」
「そんなの家の都合じゃないか、小さい時から一緒なのに、いま言われたって困るよ」
それはそうかと納得する動きが生まれ出た。
小学生がそんな将来の甘い夢を見て同棲を始められる訳がないのだから。
「だからさ、もう良いでしょ?、僕もう関係無いんだから」
「待て、待ってくれって、なぁ!」
一人が手紙を差し出した。
「なにこれ?」
「決まってるだろう!?、なあこれ、惣流さんに渡してくれよ!」
「はぁ!?、やだよ、どうして僕が!」
「だって、惣流とは関係ないんだろう?」
「それはそうだけど!」
シンジは逃げ場が無い事も忘れて後ずさろうとした。
「だったらさぁ、俺達のも頼むよっ、な!」
「だって……、そういうのほんとにアスカ、怒るんだよ!」
前に仲介して、酷くぶたれた事があったのだ。
「前にも渡したんだろう?」
「だからだらよ!」
「とにかく、渡してくれりゃ良いんだよ!」
ドンッと、胸元を叩くように押し付ける。
「じゃあな!、頼んだぞ!!」
呆然としながら、シンジは胸元の手紙を見下ろした、人数の割りには少ないが、それでも十通は越えているだろう。
(やだな……、せっかく好いことがあったのに)
気分的に壊れていく、台無しになる。
なんとなくそんな気がして、シンジは暗く俯いた。
「はぁ……」
教室に戻ってため息を吐く。
「シンジ、おっそーい!」
「アスカ?」
「どっか行くならお弁当出してからにしなさいよね!、まったくっ、うかれてんのは分かるけど、人にまで迷惑かけんじゃないわよ!」
シンジは自分の机に傍立つと、鞄を上に置いて中から弁当箱を取り出した。
重いからとの理由でいつも持たされていた、でも。
(明日からは、自分で持ってもらおう)
そう思い顔を上げて、ふとじっと見ている赤い瞳に気が付いてしまった。
「ごめん、ちょっと待っててね?」
無理に笑顔を作って席を離れる。
「はい」
シンジは大きめの布で包んだ弁当箱を差し出した。
「お、なんや惣流、今日もシンジの愛妻弁当かいな」
どっとわくクラスメート達。
いつもと同じタイミングでアスカが吠える。
「何バカなこと言ってんのよ、あんたは!」
「おお〜こわ、シンジ、わしらも早よ食おうや」
「あ、うん……、でも」
「なによ!?」
ギロッと睨まれ、脅えてしまう、それでも嫌な事は早く済ませようと、シンジは思い切って切り出した。
「あの……、これ、預かって来たから」
シンジはおずおずと手紙の束を差し出した。
「なによこれ?」
「渡してくれって、頼まれて……」
アスカは怒鳴ろうとしたが、脅えるような瞳にため息を吐いて怒りを治めた。
「まったく!、それで?」
「え?」
「あたしにどうして欲しいわけ?」
「アスカ?」
「なによ!」
おかしいな、とシンジは思った。
(いつもなら、読まずに捨てちゃうはずなのに……)
「読んでもらいたいんでしょうが!、ほら早く貸しなさいよ!」
「あ……」
ひったくられる。
「まったく……」
ぶつぶつとヒカリに向き直るアスカだ、シンジは乱暴に奪い取られた手の痛みに呆然とした。
「……なによ?、まだ何かあるわけ?」
「あ、なにも……」
「じゃあさっさと行きなさいよ!」
「うん……、じゃあ」
弱気な声を掛けてアスカから離れる。
「アスカ、ほら?、食べよ?」
「わかったわよ、ヒカリ……」
プリプリとした感情が余計にお腹を刺激していように見える。
シンジは自分の席へ戻りながら、やはり深い溜め息を漏らしていた。
「だから嫌だって言ったのに」
いつも通りにトウジとケンスケが椅子を持って移動して来ていた。
二人に誘われたのか、レイまでもが居た。
「レイはパンなんだ」
「ええ」
椅子に座って弁当の包みを開け、蓋を取る。
「おっ、うまそう」
パン食のケンスケはちょっとだけからかってから口にした。
「前から思ってたけどさ、シンジの弁当って惣流とは中身が違うんだな?」
「シンジが作っとるんやろ?、両方とも」
「うん、でも同じだと怒るんだ」
「変わったやっちゃのぉ」
そう言いつつ、ひょいっと空揚げをつまみ取る。
「うん、美味いわ」
「そお?」
ちょっとだけシンジは嬉しそうにした。
「あんまり誉めてくれないんだよね、アスカって」
「はっ、だいたい贅沢なんやて、弁当作ってもろといてケチ付けるんやから」
「しょうがないけどね、アスカって一人でこっちに残ってるんだし」
「親、外国やてなぁ」
「うん」
「でもさぁ、それとこれとは違うんじゃないか?」
「え?、どういう事さ」
意味ありげなケンスケの視線に戸惑いを浮かべる。
「だってさ、居候なら居候らしく、弁当ぐらい自分で作ればいいじゃないか」
「そやそや、それをお前に作らせる言うんは……」
ああ……、と、シンジは何が言いたいのかを悟った。
「アスカって料理が出来ないからね」
ちらりと無言のレイを見る。
「……レイは、どうして?」
「作ってくれる人、いないから」
一瞬言葉に詰まってしまった。
「それって……」
「おおっ、そやったら、綾波はわしらの仲間やなぁ?」
「ああ!」
レイはその言い様に小首を傾げた。
「仲間?」
「そや!、これからはパン食同盟としてやなぁ」
「何だよそれ」
「うるさいわ!、弁当派はそっち行かんかい!」
「そうだぞシンジ!」
ガタガタと椅子を動かし、レイの両隣をがっちりと固める。
「なんだよもう!、馴れ馴れしくするなって」
「お、なんや、もう亭主面か?」
「わりと嫉妬深かったんだな?、シンジって」
「うるさいよ」
口を尖らせ黙り込む。
(レイもなんとか言ってくれたっていいのにさ)
何故だか固まったように動かない。
「いいよもう!、だったらレイの分の弁当も作って来るよ!」
「おお!」
「そう来よったか!?」
トウジはバンッと、レイの背を叩いた。
「良かったなぁ、シンジの愛情弁当が手に入って!」
「お弁当?」
「そうだよ、もうコンビニや購買のパンとはおさらばってわけさ」
二人の笑顔を確かめた後で、レイはシンジに目で訊ねた。
「いいの?」
「あ、レイが、嫌じゃなかったらだけど」
小さく首を横に振る。
「そんなこと、ない」
「よかった!」
シンジは喜び跳びあがった。
その一方の水面下では、別のやり取りが進行していた。
「おい、見たか?」
「ああ、惣流だろ?」
違いはあったが、みな同じような話をしていた。
「手紙、受け取ったぜ?」
「いつもは捨てるのにな」
「やっぱ碇じゃないの?」
「そうだよなぁ……」
ざわめきは少しずつ大きく、耳障りになっていく。
「アスカ……」
「なによ、ヒカリ?」
「手紙、どうするの?」
「……」
アスカは珍しく即答を避けた。
できないだけかも知れなかったが。
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