シンジとあいつが話してる……
 話してるって言っても、シンジが勝手に話しかけているだけのことで……
 それはそれでむかつくわね。


 碇君が話してる。
 でもほとんどのことは分からない……
 学校で……
 友達と。
 良く分からないの。
 だから「そう」としか、答えられない。
 ……この気持ちは、なに?


 あれから三日が過ぎていた。
 その間にも、噂は尾鰭を付けて、育っていく。
 それでもアスカは堪えていた。
 泣いてしまったことは気まずかったが、それは周囲も同じだったのか、罪悪感を感じて触れないように遠ざかっていた。
 その事が、よりシンジにアスカを、アスカにシンジを必要とさせて行く。
 誰が見ても、アスカはシンジを頼り、シンジはアスカを護っていると感じさせる。
 それ程までにあからさまだからこそ、彼女は心を激しく揺さぶられていた。


ゆらぎとねじれ


(碇君……)
 実際に気がついたのは、丸一日が経過して、家に帰り着き、思考の海に沈み込んでからだった。
(優しい、目……、優しい、顔)
 アスカを連れ戻ったシンジ、トウジとケンスケ、ヒカリが駆け寄る。
 その時シンジは、もういつものシンジに戻っていた、だが、目だけは優しくアスカを見守っていた。
(この感じ、何?)
 レイは心を掻き乱されるような胸騒ぎを覚えていた。
 それは嫉妬だ。
 だってそれは。
(あの顔は……)
 遊びに来てくれた時に、彼が見せてくれたものだった。


「レイ?」
 はっとする、レイはいつの間にか、シンジが包んでくれていた手を握り締めていた。
 顔を上げると、シンジが不思議そうにしていた。
「手、どうかしたの?」
 軽く首を振る。
「そう?、じゃあ、帰ろうよ」
 二人での下校は、もう約束する必要も無いような日課になってしまっていた。
 だが今日はいつもと違い、レイはすまなさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、今週は……、用事があるから」
「そうなんだ……」
 今週……、と言う言葉が引っ掛かったので一応は確認した。
「じゃあ、休みも?」
「ごめんなさい……」
 そんな二人の重苦しい雰囲気を壊したのはアスカであった。
「いいじゃない、久々に相手してあげるわよ!」
 バン!っと背中を鞄で叩く。
「痛いよ」
 シンジは苦笑しながら振り向いた。
「洞木さんは?」
「あっちも都合が悪いみたい、あぶれ者同士、ちょうど良いんじゃない?」
 ちらりとレイを見やるアスカ。
「まあなんだか知んないけどさ、シンジより大事な用があるみたいだし?」
 レイはくっと顎を引いて、見返した。
「どうして、そう言うことを言うの?」
「アスカ、やめなよ」
「はいはい」
 アスカは頭の後ろで手を組んで、くるりと後ろを向いて誘った。
「さ、帰るわよ?、今日はあんたが食事当番なんだからね」
「わかってるよぉ……」
 そしてシンジは、名残惜しげにレイを見た。
「じゃあ、先、帰るから……」
「うん」
「休み、ダメなんだね?」
「……」
「じゃ、さよなら……」
 返事は……、無かった。
 だからかも知れない、シンジは妙に、その時のレイの様子が気になってしまったのだった。


(レイ、なんだったんだろ?)
 ただ済まない、と言うだけでは無く、どこか罪を犯しているような感じがあった。
「ほらバカシンジ、いつまで気にしてんのよ!」
 バンッと鞄で叩くアスカだ。
 それに対して、シンジは口を尖らせた。
「なによ?」
「だって……、アスカが一緒に帰ろうなんて珍しいじゃないか」
あんたが、あの女と帰るからでしょうが
「え?、なに?」
「帰りにスーパーまで付き合えって言ってんの!、今日は特売日でしょ!」
「あ、うん……」
「だから今日の夕食はチーズハンバーグで決まり!、ね?」
「わかったよ……」
 しぶしぶながら従うシンジである。
(なんだろな、この明るさって……)
 すっと通った鼻筋と頬が光に映える。
 わずかに笑みを浮かべる唇と……
 キス……、したんだっけ。
 たまに思い出すのは感触だった。


「はぁ……」
 夕飯までの一時、シンジはベッドに体を倒して、息抜きに入った。
(疲れてる……、どうしてだろ?)
 分からない。
「いや、分かってるか」
 しかしそれは考えてはいけない事だ。
 アスカの……、面倒を見ているからなどと、おこがましいことは。
(レイは……、レイとはうまくいってる)
 うまくいっているような気はしている。
(本当は何も変わってない?)
「レイ、用事ってなんだったんだろ?」
『あ、おじ様、お出かけですか?』
 ドアの向こうから声が聞こえた。
(父さん、居たのか……)
 こんな時間にいること事態が珍しい。
(ま、いっか……、話す事も無いし)
 だから別のことを考える。
 あれ以来、自分の唇に触れられずにいた。
 鮮やかな感触が蘇ってくるからだ。
(意識し過ぎなんだろうけど)
 光に透けて金色に輝く赤い髪。
 それを背景に、やけに唇だけが際立って見える、目を吸い寄せられる。
 笑みを浮かべ、すねて尖り、言葉を紡ぐ度に形を変えるアスカの唇。
(アスカは……、僕のことが好きなのかな?、ってそんな訳ないか)
 知らないことはほとんどない。
(洗濯だって僕がしてる……)
 人が言うようには、下着に興奮など感じない。
 ただの汚れ物だ。
(だってアスカは……、僕を嫌ってるもの)
 時折蔑むような目を向けられる。
 それは情けない顔をしているのが自分でも分かってしまうような時なのだが。
(分かってるんだ、居候だからって警戒してるって、邪魔だって苛められないようにって)
 その筆頭候補は、間違いなくその家の実子である自分なのだ。
(軽蔑もしてる……、情けない、しっかりしなさいよ、って、いつも怒られるんだよな)
 だからとても珍しかった。
「あのアスカが、謝るなんて……」
 普通、他のクラスの人間に名前を覚えられてしまう事など無いだろう、別の学年になると、もっと無いはずだ。
 だがシンジの名前はわりと有名なものだった。
 もちろん原因ははっきりとしている。
 アスカだ。
 アスカがいつも一緒に居るからだ。
(アスカが僕の相手なんてするはず無いのに)
 勉強はできない、運動もダメ、顔が良いわけでもなく、どちらかと言えば無気力派、揚げ句の果てに、一番の敵。
「でも……」
 アスカは、泣いた。
「泣いたんだ、あのアスカが……」
 シンジは落ち着かないままに寝返りを打った。







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