「つまらない?」
そう言って不意に覗き込んで来た顔にどきりとする。
二人で並んで座るベッド。
「何も言ってくれないんだね……」
彼はそう言って俯いてしまう。
「ねぇ?」
「なに?」
「レイは、どうして一人なの?」
足の間で、忙しなく組んだ手を動かしている。
そこから見て取れるのは苛立ちだろうか?
「答えても、くれないんだ……」
脅えながら、レイはシンジを横目に窺った。
(……?)
予想に反して、彼は微笑みを浮かべていた。
「好きって事、教えて欲しいって、言ったよね?」
「ええ……」
深く、深い呼吸だった。
「僕は」
トクン……
「レイに」
トクン……
「伝えたい」
トクン……
頬が熱くなる、赤くなる。
抑え切れない物が込み上げる。
(この気持ちはなに?)
心が跳ねる、手に触れて来るもの。
包み込まれる。
シンジの温もりに包まれる。
それはついこの間の……
この間、あったばかりのことなのに。
レイはベッドの端に腰掛けたまま、目の焦点を合わせもせずにぼんやりとしていた。
部屋を満たしているのは、硬質な朝の光だ。
『レイ』
聞こえた幻聴に身をすくめる。
そこに見えるのは少年の幻。
優しく微笑む、シンジの残映……
息が苦しい。
胸が苦しい。
(いいえ、痛いのね、心が……)
体を抱きかかえ丸くなる。
ギュッと握り締めるのは、シンジがつかんでくれた小さな拳だ。
−プルル、プルル、プルル−
電話が鳴る。
−プルル、プルル、プルル−
気だるげに立ち上がって受話器を取る、レイは数秒かかってから耳につけた。
(レイか?)
相手の声に、緊張を解く。
(今、マンションの前に居る)
「はい」
簡潔に答えて電話を切る。
レイの口元には、シンジも見た事が無いはずの、笑みに似たものがこぼれていた。
シンジの事を考えていても浮かばなかった物が溢れ出ていた。
「いつまで寝てんのよ、バカシンジ!」
ばふっと布団にダイブする。
ぐえっと言う声が聞こえたが気にしない。
「さっさと起きて着替えなさいよ!、外は良い天気なのよ?」
ごろごろとシンジの上を転がり回る。
土曜日、今日は晴天。
シンジはもそもそと布団の中から顔を出した。
「なんだよもう、ゆっくり寝かせてよ……」
「だめよ!、今日は映画を見に行くんだから」
「映画ぁ?」
「そ!、約束したでしょ?」
アスカが見せたのは映画「セカンドインパクト」のチケットだった。
「セカンドインパクトって、南極に大質量隕石が落ちて……」
「うん、世界が滅びかけてる中で、シェルターに逃げ込んだ令嬢と恋に落ちるってやつ」
「確か、令嬢には婚約者がいて……、って、なんでチケットがあるのさ?」
それでは奢りにならないではないか。
アスカは顔を赤くした。
「どうでも良いでしょ!、そんなこと……」
「……」
「どうせ今日は暇なんでしょ?、良いじゃない、行きましょうよ」
異常なくらいに明るい。
(どうしたんだろ?、アスカ……)
その事がシンジに警戒心を呼び起こさせた。
「どうして、僕なの?」
「え?」
「洞木さんとか、アスカ友達多いじゃない?、今まで誘ってくれた事なんて無かったのに……」
(ううん、あんたじゃタダ券がもったいないわよ!、絶対そう言うはずなのに……)
「タダ券があるんなら友達と行ってくればいいじゃないか……、別の映画を奢るからさ?」
シンジの目線から逃げるように、アスカの視線は泳いでいた。
それは明らかに理由を探している時、特有の仕草だ。
「……だって、女同士で見に行くような映画じゃないし」
シンジは「あっ」と、自分のミスに気が付いた。
「ごめん、この間、あんなことがあったばっかりなのに……」
すまないと素直に頭を下げる。
友達と思っていた人間にまで裏切らればかりなのだから。
「もう!、あんたが謝ったってしょうがないでしょ!」
「でも……」
「あたしは……」
アスカは背を向けた。
「感謝してんだからね」
「え?」
部屋を飛び出していくアスカ。
「とにかく早く着替えなさいよ!」
シンジはやや呆然とした。
「アスカが、感謝だって……」
自然と顔がほころんでしまう。
「アスカが……」
たったそれだけのことなのに、またアスカが近くなったような気がしたシンジであった。
碇シンジを表現すれば、一言で『冴えない』と言い表せる。
出かけようと言われて室内着と変わらないシャツにパンツで出ようとする辺り、それは顕著に現われている。
こんな性格の人間が好まない場所、その一つが喫茶店だった。
「それでヒカリったらさぁ」
シンジはホットティーをスプーンで掻き混ぜながら、楽しげに話すアスカを眺めていた。
この一杯で数百円なのだ、もったいないと口も付けない。
(良く喋るよなぁ、どうしてこうネタが尽きないんだろ?、僕なんて間が持たなくて困ってるのに……)
次の上映まではまだ時間がある、そんな訳で二人は喫茶店で時間を潰しいにかかっていた。
「で、さぁシンジ?、シンジってば!」
「あ、なに?」
見ればアスカは怒っていた。
「なにボケボケっとしてんのよ?」
「あ……、ごめん、怒った?」
「怒ったわよ!、まったく」
だが口調とは裏腹に、顔はしっかりと笑っていた。
「……まぁたあたしの顔に見とちゃってぇ、ま、気持ちは分かるけどね?」
「ば、そ、そんなわけないだろ!?」
「まぁねぇ、あたしもねぇ、はっきり言ってその辺の奴に負けないだけの自信はあるからねぇ」
うふんとポーズを取るアスカに、シンジは呆れて突っ込んだ。
「……口の周りにクリームを付けて、良く言うよ」
「うそ!?、あーんもぉ、そう言う事は早く教えなさいよね!」
「ごめん……」
シンジは謝りながらも、彼女の機嫌の良さに感謝していた。
(張り手が飛んでこないだけマシだよな)
ハンカチで口元を拭っている間、紅茶を口に含んで間を潰す。
アスカはそんなシンジに目を向けた。
「……ねえ?」
「なに?」
怖々とアスカはシンジに訊ねた。
「楽しく……、ない?」
「え……」
シンジの目に映ったアスカは、自分だった。
この間の、自分だった。
(今の僕……、レイと同じことしてた!?)
だからシンジは焦って答えた。
「そ、そんなことないよ、ないけど……、さ」
「ないけど、なに?」
「こういうの、慣れてなくて……」
「うそ」
アスカは両手を膝の上で揃えて体を伸ばした。
「あいつとデート、してるんでしょ?」
顔はうつむき口は尖る。
アスカの視線はとても冷たい。
その青い瞳に息を呑む。
「ほんとだよ、ほんとだって!」
「ムキになるとこが怪しいわよ……、いいじゃない、あの子とこんなことばっかりしてるんでしょ?」
「そんなこと……」
(あれ?)
言ったアスカだったが、自分の言葉に暗くなってしまったシンジに焦ってしまった。
「どうしたの?」
「レイは……、さ、ほとんど何も話してくれないから」
「は?」
キョトンとする。
「何もって?」
「何でもね……、どうして一人暮らしなのか、いつも何をしてるのか、どんなものが好きで、嫌いで……、何も話してくれないんだ」
「そう……」
ちょっとどころか、かなり雰囲気が沈んでしまった。
「あ、じゃあ、今日は練習のつもりで……」
「練習?」
アスカはたたみ掛けるようにして切り出した。
「そうよ、このあたしが付き合ってあげるって言ってんのよ?、もっと嬉しそうにしなさいよ」
完全に照れ隠しが入っている。
(元気づけてくれてるんだ……)
気付いたシンジは、くすりと笑って感謝した。
「アスカとレイじゃ、全然違うじゃないか」
「悪かったわね!、うるさくて!!」
「でも……」
シンジは『あの時』以上の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
(くっ!)
アスカは頬杖をつき、顔を背けた。
自分でも分かるほど顔が真っ赤になってしまっている。
(不意打ちなんてズルい!、あんなの反則じゃない!!)
アスカは思いっきりシンジに照れてしまっていた。
[BACK]
[TOP]
[NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。