はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ。
追う追う追う追う、追いかける。
でないと、居なくなってしまうから。
(何やってるんだよ、僕は!)
視界から消えた途端に、アスカと二度と会えなくなる。
そんな予感が今のシンジを突き動かしていた。
(なによ、なによ、なによ、シンジのバカ!)
この間、シンジの側で泣いた時、嬉しかった。
ずっとくり返し思い出していた。
(ほんとにあたし、どうしちゃったんだろ……)
わからない。
(シンジの事なんて、どうでもよかったはずなのに……)
いつもお迎えを待っている女の子が居た。
「あ、ママだ、ママー!」
走っていく女の子アスカ、その後ろ姿を羨ましげに眺める少年。
幼い頃の光景だ。
夕焼けもとばりの中へと消えていく。
バイバイも無く、その子ははしゃいで消えてしまった。
仲良く手を繋いで帰ってしまった。
少年はギュッと唇を咬むと、えいっえいっと、一緒に作った砂の小山を蹴り始めた。
蹴り続けた。
迎えに来てくれる人は誰もいない。
シンジはいつまでも蹴り付けていた。
それはアスカ。
シンジは軽い足取りで家に向かっていた。
小学5年生の時のことだった。
朝、シンジは学校へ行く前に、珍しく父に話しかけてもらっていた。
「シンジ、今日は真っ直ぐに帰って来れるのか?」
シンジはコクリと頷いた。
「そうか……」
すごく意味ありげな態度であった。
『どこかにお出かけかな?、デパート?、映画?、ご飯食べに行くのかな?』
シンジの足は自然と弾んでいた。
(父さんが!、父さんが)
母が飛行機事故で死んで以来、それは初めてのことだった。
うかれるなと言う方が無理だった、なのに。
「ただいまぁ!」
シンジはドアを開けた所で戸惑った。
見慣れない靴があったからだ、赤い、女の子の……
「シンジか?、来なさい」
シンジはその奇麗に揃えられた靴の横に、自分の靴をちゃんと並べた。
なんとなくそうしなければいけないと思ったのだ、薄汚れ、履き潰された自分の靴に劣等感を感じてしまって。
居間に行く。
「あ……」
そこには……、アスカが居た。
シンジはどうして?っと目で訊ねた。
「……今日からうちで預かる事になった」
「よろしくね!」
明るく笑いかけてくる、シンジは対照的に、暗く、俯くように頭を下げた……
そして思い出した、あの赤い靴、そう、アスカが学校で自慢していた靴だった。
そして汚い汚いと、比較して馬鹿にされた事も思い出していた。
その日は母が死んでから、初めて外食に連れて行ってもらえた。
しかしそれもまた拷問に近い状態だった、何かと気に掛ける父と、はしゃぎ、懐き、甘える少女。
他人はまるで、自分であった。
−どうして僕、ここに居るの?−
父は肉を焼くと、隣の子に勧めている。
どうして自分は、その正面で、羨ましげに見ていなくてはならないのだろう?
泣き出したいほどの、気分。
冷たく凍り付いていく感情。
弾んでいた心は、いつしかボールのように転がって……
ぴたりと動くのを止め、固まっていた。
「幼稚園は違ってたけど、よく遊んでたのよね……」
どれ程走ったのだろうか?、もう中心街からは外れていた。
重く、疲れて足が遅くなっている。
トボトボと言った感じで、アスカは当てどもなくさ迷っていた。
「暗くって、卑屈なくせに……、そうだ、あんなこともあったっけ……」
アスカはまた一つ思い出した。
「そうか、よくできたな?」
「はい!」
嬉しそうにはしゃぐアスカ。
成績表は、ほとんどが4または5で埋まっていた。
もちろん5段階評価だ。
シンジの成績は見るまでもなく、平凡なもの。
ゲンドウは一瞥しただけで声もかけなかった。
「シンジって、ほんとにいじけてばかり居て……」
アスカは昔のシンジの目が苦手だった。
「何してるの?」
「あ、ご飯……、食べようと思って」
炊事場に立ち、何をしているのかと思えば、彼は一人でインスタントラーメンを作っていた。
「どうして?、ここにあるじゃない」
テーブルには一つ、ゲンドウが作り置いていたオムライスがラップを掛けて置かれていた。
「……それ、君のでしょ?」
冷めた目だった。
「なんでよ?」
「なんでって……」
ちらちらと向けられた卑屈な目に苛立って叫んだ。
「こんなに一人で食べられる分けないじゃない」
「でも……」
一つのお皿に一つの品物。
シンジは視線を逸らすしかない。
それがまるで誰かのものと言わんばかりだったから。
「僕は、これでいいよ……」
行こうとして、シンジはアスカに手をつかまれた。
「危ないよ……」
お盆に乗せていたラーメン、その器からスープが軽くこぼれ出た。
「なんでよ?」
「え?」
「ここはあんたの家でしょうが!」
アスカの叫びに、シンジはすぅっと貧血を起こしそうになった。
頭の中で叫ぶしかなかった。
(僕の父さんを取ったくせに!)
でも、シンジはそれを口にしなかった。
アスカを迎えに来る女の人。
アスカと遊びに出かける男の人。
お父さんと、お母さん。
アスカには両方居た。
幾度羨ましげに眺めてしまった事であろうか?
そのアスカがやって来た。
父と仲良くなったアスカ。
誉められるのはいつもアスカ。
気にとめてもらうのもいつもアスカ。
ここでもしも、そんな事を叫んだならば……
(きっと僕が、捨てられる)
シンジはアスカより、確実に格下の存在だった。
(いつだったっけ?、シンジが話してくれたのは……)
『僕は、もう諦められてるからいいんだ……、何も期待されてないから』
そんなことないと、叫びたかった記憶があった。
(あたしは期待したかったの?)
だからシンジに勉強を教え、遊びにも付き合わせたのかもしれない。
(でも、本当は違っていたの?)
ただの同情だったのかもしれない。
いつも寂しそうにしていたから。
見ていたくなかったから。
そんなシンジを。
(あたしがシンジから奪ったって)
思いたくなかったから?
アスカは足を、ようやく止めた。
(母さん……、いつも誉めてくれたよね……)
シンジも追いかけながら、懐かしい記憶を掘り起こしていた。
運動会。
『シンジ、頑張って!』
50メートル走、息も堪えて頑張り走る。
(追い付けないよぉ……)
泣いてしまいそうだった、みるみる前の子が遠ざかっていく。
結局、シンジは六人中ビリだった。
三位までの子はゴール横の旗の後ろに並んでいる。
旗に書いてある番号は、1・2・3……
−ぐす、ひっく……−
「お母さん……」
泣きながら側に寄ると、優しい手つきで撫でてくれた。
『泣かないのよ?、頑張って頑張って、シンジに出来る精一杯のことをしたんでしょ?』
(でも負けたんだ……)
『勝ち負けはいいの……、頑張る事が大切なのよ?』
(でも僕は負けたんだ!)
シンジは背後に居る女の子の影に脅えていた。
その影は同時に、シンジの視界を己の背中で遮ってもいる存在だった。
(僕は、負けてるんだ……)
勉強。
運動。
容姿。
幾つかの過去が混ざり合う。
その背中を追い抜けない。
『あたしのこと、嫌いなんだ』
(僕は、アスカを泣かせたんだ……)
ぎゅっと、シンジは唇を咬んだ。
「何よ!、嫌いならそう言えばいいじゃない!」
「ち、違うよ……」
シンジの態度に、過去アスカは爆発していた。
爆発した事が一度だけあった。
「あたしだってこんなとこに居たくないもん!、パパとママの所がいいもん!」
その叫びはシンジの胸にズキンと来た。
「なら……、どうしてここにいるの?」
「パパもママも、あたしのことが邪魔だって……、お仕事の邪魔になるからって、置いてっちゃったんだもん!」
ぼろぼろと涙が溢れ、こぼれて落ちる。
「あたしだって、あたしだってぇ!」
シンジはわんわん泣く少女を、ただ見ているだけだった。
胸の疼きは全身に痺れを感じさせていた、特に指先は痒くて堪らなかった、だから意味もなく縮め曲げようとしてしまっていた。
(僕は、何をやってるんだろう?)
そう、確かにそうだ、シンジは過去にも同じ結論を一度出していた。
(この子がいても居なくなっても、父さんは何も変わらない……、どうせ僕は、いらない子供なんだ、ならいいじゃないか)
この子が優しくしてもらえるのなら。
(この子がここに居てもいいじゃないか)
僕の代わりに。
シンジはそう思い込み、そして思い込んだ。
「僕は、最低だ……」
アスカとレイ。
二人がシンジの中で重なって行く、やはりレイにも同じ結論を出すべきなのだろうと。
二人への認識は重なっていった。
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