「何をしている」
 何とか言えと冷たい目で睨み付けるアスカと、答える言葉を見付けられないままに凍り付いていたレイを動かしたのは、やはりこの家の長であった。
「おじ様……」
「シンジは……、どうした?」
 アスカは吐き捨てるように言い放った。
「……居ません」
「そうか」
 いつもの返事。
「墓参りに行くと手紙がありました、でも」
「ならほうっておけ」
 激情が込み上げる。
「その内帰って来る、子供ではないのだから」
「そうやって!」
 言いかけた言葉をそのまま噤む。
 重い沈黙、アスカはようやく、話すだけ無駄なのだと言う思いを痛感した。
 シンジが達して来た諦めの境地に至ってしまった。
「……一つだけ、聞かせて下さい」
「なんだ」
「あたし達が居なくなっても、同じように言うんですか?」
 ふぅとゲンドウは息を吐く。
「……君達とシンジでは立場が違う」
「自分の子供はどうなってもいいって言うんですか!?」
「出ていったのはシンジだ」
「おじ様が見捨てたからじゃないですか!」
 パンと音。
 レイだった。
 アスカは呆然と、叩いたレイを見つめた。
「あんた……」
「十分、シンジ君の事を想ってる、あなたは、それを知らないで……」
 俯き、顔を背けてアスカは呻いた。
「だからって、こんなの……、見捨てるのと同じじゃない」
 歯噛みをする。
「パパや、ママと同じよ」
 さらに続ける。
「大事なら、想ってるなら、どうしてあんな酷いことができるのよ!、シンジの気持ちも考えないで!」
 ゲンドウ、レイ共に黙り込む。
 アスカはへらと笑って顔を上げた。
「ほら、そうやって都合が悪くなるとすぐに黙り込む、そのせいであたしがどんなに嫌な事を想像しても、どんな気持ちになっても、自分達が都合悪くならなかったら良いと思ってる」
 ゲンドウにさえ嘲りを向ける。
 それはこれまでにしなかった、決してしてはいけないと言い聞かせて来た行いであった。


「食べないのかい?」
 適当に見付けた公園だった。
 その辺りで買ったパンを手に、ベンチに腰掛けてパクつく二人だ。
 もっとも、シンジは弄んでいるに近かったのだが。
「食べられる時は食べた方がいい、空腹は苛立ちを募らせるからね」
 カヲルの言葉をきっかけにする、だがシンジが選んだのは逆に片付ける事だった。
「食べる気がしないんだ」
「そうなのかい?」
「もうずっとちゃんと食べてない」
「何故?、君には、お帰りなさいを言ってくれる人も、ご飯を用意してくれる人も居るんだろう?」
 ほぞを噛む。
「知ってて……、言ってるんだよね」
「そう、僕は知っている、なんでもね」
 残りを口の中に押し込んで、カヲルはポケットから何か取り出した。
「読むかい?」
「え?」
「手紙だよ」
「手紙?」
「そう、レイからのね」
 びくりと震える。
「え……」
「綾波レイ、今は碇レイだね、驚いたよ、僕の知っているレイはあんな子じゃなかった」
「あんな子って……」
「人前で笑うような、怒るような、驚くような……、感情を出す子じゃなかった」
「どう、して……」
「それは知っているさ、僕達は、同じ施設で育ったんだから」
 射すくめるような目だった。
「施設?」
「孤児院と言ってもいいね、僕達はそこで拾われた」
「拾われたって……」
 カヲルは苦笑して見せた。
「やっぱりか」
「やっぱりって?」
「話してなかったのかって事さ、僕のこの肌を、体を、目を、髪をどう思う?」
「どう、って……」
「もちろん、レイを受け入れた君だ、酷い見方をしないのは分かっているよ?、そう、手紙にも書いてあったよ、初めて人を好きになったかもしれないとね」
「でも僕は!」
 そんなシンジの肩に手をポンと置く。
「無理をしなくてもいいよ」
「渚君……」
「カヲルで良いよ、シンジ君」
「うん……」
 カヲルはそんなシンジに微笑んでから続けた。
「僕達はね、先天的な病を患っているのさ、ところがこの治療には莫大なお金が掛かる上に、治る見込みも無い」
「そんな……」
「だから捨てようとする、でも僕は僕を捨てた人達を恨んではいないよ?、だって捨ててくれたんだからね、ありがたいと思ったよ」
「どうして……」
「だって、殺された子も居たからね」
 その目にはドキリとさせられた。
「殺された……」
「そう、育児ノイローゼと言う奴だね、僕達の治療には適合する抗体を持った人を見付けて、定期的にそれを与えてもらうのしか無いのさ、何年、何十年掛かるか分からない、本当に治るのか、一時的な回復であって治癒には向かわないかもしれない、それでも僕にはチャンスが与えられた、そう、レイと共にね」
 カヲルは体をやや前倒しにして、股の間に手を組み置いた。
 そして前を見たままで続ける。
「病気の名前まで口にしても始まらない、人間の細胞はね、分裂し、増殖する力を持ってるんだ、でも僕達はそれを誘発する力が足りなくて、おおよそ人の半分程度分裂するに過ぎないと言う」
「それって、寿命が半分になるって事?」
「単純にそうではないよ、例えば怪我をした時、病気をした時、治りの遅い僕達はあっさりと死んでしまう可能性が有るんだ、レイは、肉を食べないだろう?」
「うん……」
「料理も知らなかったはずだ、だって、僕達は食事すら制限され、ベビーフードのような流動食や、高蛋白栄養食で過ごして来たんだからね、肉……、あの脂の塊には胃が堪えられないのさ」
 あの無機質な部屋で困っていた様子を思い出す。
(そうだったんだ……)
「そんな僕達だからね、ずっと病院の中で隔離されて来た……、知っている物と言えば本ばかりだった、外に出て驚いたよ、本って、酸化して、色が代わる物だったんだね」
「え……」
「新品の、殺菌消毒済みのものばかりを渡されて来たからね……、僕達自身の立場を投影して、悲観主義に陥らないように、その内容まで選別されて来たよ」
「そんな……」
「それでも僕達は幸せだった、生きる道を、その可能性を与えてもらえたんだから」
 ドキリとしたのは、予感があったからだろうか。
「碇ゲンドウ……、ユイ、君のご両親にね」
 やっぱり、それがシンジの感想だった。


「おじ様……」
 アスカは唸るように問いかけた。
「……あたし達って、なんなんですか」
 上目遣いに、レイを見る。
「お情けで、引き取ってもらって……、犬や猫と同じって事ですか、だから多少のことでも目をつむるって、叱らないって」
「……違うわ」
「どこがよ!」
 怒鳴り散らす、涙が滲む。
「もう嫌なのよ!、シンジより大事にしてもらってる、甘えさせてもらってる、そのせいでシンジに嫌われてる、嫌がられてる!、傍にも寄れない、笑わせる事も出来ない!、慰める事だって出来ない……、声も掛けられない、どうして?、どうして……」
「シンジに悪いと、引け目を感じているのかね」
「……最初は、出て行けばそれで済むって、思ってました」
 アスカは泣き顔を上げた。
「でも分かったんです……、わたしが出ていったからって、シンジはちっとも優しくしてもらえないんだって、だから」
「白鴎に行くのを止めたのか」
 小さく頷く。
「最初は……、自分のためでした、独りは嫌だったから、シンジも」
 レイを見る。
「……そいつと付き合って、明るくなったから、でも」
 突き落とされた。
「おじ様も、そいつもシンジの心配なんてしてない、シンジがどんな気持ちになってるかなんて想像もしてない、どうして?、あんなに……、あんなにママに似てるのに」
「アスカ君……」
「シンジ、墓参りに行くって、どうして?、死にに行ったかもしれないのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか、どうして」
 決定打を打つ。
「他人だから?」
「違うわ」
「じゃあなによ!」
「……」
「黙らないでよ!、卑怯よっ、最後まで言いなさいよ!」
 ゲンドウが居なければ突き飛ばしていただろう。
「だからあんた嫌いなのよ!、お人形みたいに振る舞って、ほんとはシンジを独り占めしたかったくせに!」
「……わたしは、そのためにここに」
「ならどうしてシンジに優しくしてやんないのよ!」
「優しくしてるわ」
「じゃあどうしてシンジが傷つくような事ばかりするのよ!」
「それは……」
「言い訳なんかいらない!、シンジが一番じゃないならもう近寄らないで、放っておいて!、関わらないで!」
 吐くだけ吐いて、肩で息をする。
 軽蔑した目でレイを見る。
「あんたに上げるわ、家族も、家も、温かい食事も」
 好きにすればと強く蔑む。
「だけど上げない、シンジだけは絶対、渡すもんですか!」
 アスカは踵を返して、部屋へと消えた。



続く







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