THY TEMPTATION 2

 食事を一緒に取るようになったとはいえ、シンジはまだ恐がっていた。
 寝ている時に、誰かが側に居る事を。
 恐いんだ。
 シンジはそう言う。
 何をされるか、わからなくて……
 一人の寂しさの方が、慣れている。
 側にいてよ、アスカ……
 そうは思っていても、いまだにアスカに触れようとはしない。
 話しかける事すらしない。
 ただ確認するだけ。
 それと、独り言を聞いてもらうだけ。
 だって、恐いから。
 嫌われる事が。
 だから見てるだけで良いんだ。
 良かったのに……
 シンジは近くの公園でブランコを揺らしていた。
 アスカから知らない人の匂いがした。
 シンジはアスカから他人の存在を感じ取るのを恐れていた。
 コロンとか、ポマードとか、よくわからないけど、男の人の匂いだった……
 シンジの知らない、アスカだけの繋がりを恐れていた。
 タバコの匂いもしていた。
「当たり前か、僕は甘えるだけだから……」
 以前の張り詰めていたアスカが思い浮かんで来てしまう。
「アスカは、頼れる人を見付けたの?」
 シンジは夜空に呟いた。
 僕がアスカに……、アスカに?
 自分達の、客観的な姿を思い浮かべる。
 嫌わないで、バカにしないで。
 情けない顔をアスカに向けているシンジ。
 手を伸ばし、すがりつこうとしてわめいている。
「はは……、なんだ、同じじゃないか」
 シンジは気持ちを落ち着けた。
 以前の自分と、何も変わってはいない。
 アスカ、アスカ、アスカぁ……
 きぃっと、ブランコが音を立てた。
 夕食のすんでいるような時間帯だ、人影は無い、通りがかる人も居ない。
 僕が死にそうだったからあんなことを言ったんだ……
 ただ見ていられなかったから。
 同じようにエヴァのパイロットだったのに、僕だけが辛い目をしている、その負い目から逃げ出したかっただけなんだ……
 シンジはアスカを軽蔑した。
「アスカは僕を可哀想な奴だって見下してるんだ!」
 シンジは大きな声で吐き捨てた。
 吐き捨てた瞬間、息が詰まった。
 同時に後悔が込み上げて来る。
 誰かに聞かれたらどうしよう?
 また後ろ向きに考えてしまう。
 アスカに聞かれちゃったら?
 きっと今度は嫌われる、呆れられる。
 アスカにとって、きっと僕はその程度の奴なんだ。
 シンジはもう一度吐き出そうとして、できなかった。
 ギュッと右の手のひらを握り込む。
「違う、最低なのは、僕なんだ……」
 シンジは脱力しきって、うつむいた。
 アスカを酷い奴にしようとしてる僕なんだ。
 アスカは本当に優しいのに……
 ぽたりと、頬をつたって涙が落ちた。


「あんたシンジに何を言ったのよ!」
 レイは何も答えなかった。
 なにがいけないの?
 レイ自身にもわからなかった、ただ呆然としてしまっている。
「この責任は後で取ってもらうからね!」
 急ぎ携帯を取り出す。
 繋いだ先は、ここを監視しているはずの諜報部へであった。


 僕は本当は悪くないんだ。
 悪いのはアスカだ、綾波だ!
 僕に優しい振りをして、自己満足に浸っているアスカなんだ。
 僕よりもっと大事な人がいるくせに!
 そうだ、僕は悪くなんてないんだよ。
 だって僕は逃げたんだ。
 アスカ達から逃げたんだ。
 二度と会わないようにしたのに、来たのはアスカ達だ。
 知らない、知らない、知るもんか!
 アスカ達が来なきゃ、ただのいじめられっこでいられたんだ!
 気味悪がられる事なんて無かったんだ!
 帰る家が無くなる事も無かったんだ!
「…………」
 それから数秒間、シンジの思考は空しさに止まっていた。
「僕は、バカだ……」
 人のせいにしたって、なんにもならないのに……
 本当に悪いのは、傷つきあっても生きていくと選んだ自分であるから。
「人のせいにするのは間違いなんだ」
 シンジはゆっくりとブランコを揺らすと、勢いよく立ち上がった。
 顔を上げる、真正面に立っているスーツ姿の男が二人。
「帰りましょうか?」
 男達は、とても丁寧にシンジを車に連れ込んだ。


「バカシンジ!」
 シンジが戻って来て、アスカは一も二もなく抱きついていた。
「どこに行ってたのよ!、心配したじゃない!」
 しかし反応が返って来ない。
「シンジ?」
 顔を上げる。
 へらっと笑っているシンジがいた。
 微笑みを忘れてしまったかの様な、歪んだ笑みだ。
「ちょっと、どうしたのよ?、まさか!?」
 アスカはシンジの背後に居る二人を睨んだ。
「あんた達、薬を使ったんじゃ!」
 まさかと慌てて手でゼスチャーする。
「シンジ!?、ちょっとシンジ!」
 慌ててシンジのの体を揺する。
「僕は、正気だよ……」
 シンジはそんなアスカの腕に手をかけ、離させた。
 すっとアスカの脇を抜けて上がり込む。
 目の前の戸が閉じられると同時に、諜報部の二人は肩をすくめた。


「シンジ?」
 怖々と声をかけてみる。
 レイはアスカの部屋に戻っているようで居なくなっていた。
「僕はアスカに好かれてると思ってた」
 自分のベッドの前で、シンジは苦渋に満ちた声を出した。
「いまさらなに言ってんのよ?、あたしは……」
「わかってる」
 シンジはにへらっと笑った。
「アスカに好きな人が居る事ぐらい、わかってる」
「はぁ!?」
 キョトンとしてしまうアスカ。
「僕は甘えたいだけなんだ」
 シンジはアスカに微笑んだ、何も心がこもってない。
「だから気をつかわないで」
 シンジは疲れを感じていた。
 アスカが知らない誰かと歩いていく。
 アスカが知らない誰かに微笑んでいる。
 アスカが知らない誰かと談笑していた。
 それを妬ましく思っている自分が居る。
 でも僕には何の権利もない。
 恋人ではない、友達ですらないんだ……
 ただお互いチルドレンであると言う繋がりだけ……
「アスカが情けないやつは嫌いだって知ってて、好きになってもらうように努力もできない、そんな奴なんだ、僕なんて……」
 淡々と語られるだけに、アスカは口を上手く挟めない。
「シンジ?」
「お願い……、お願いだから、今は一人にしてよ……」
 崩れ落ちそうなシンジの雰囲気。
「ダメよ!」
 アスカはその危うさに、思わずシンジに抱きついていた。
「あ……」
 ドサ……
 よろけたシンジは、アスカに押し倒されるように布団の上に転がった。
 気だるげに顔を反らせるシンジ。
 その顔にアスカの髪がふわりとかかる。
 えっと……
 アスカは急な出来事に驚いていた。
 この体勢って……
 ちょっと赤くなってしまう。
 シンジの太股にまたいでしまっていた。
 軽く立てられているシンジの膝がスカートの中に潜り込み、アスカの危うい所に触れかけている。
 どどど、どうすればいいのよ!?
 下手に動くどころか、息をすればはっきりと触れてしまうだろう。
 上半身は、しなだれかかる様にシンジの体に折り重なってしまっている。
 アスカの胸は、はっきりとシンジの胸板でつぶれていた。
 やだ!?
 鼓動が伝わって来る。
 ってことはあたしのも!?
 意識すればするほど、ドキドキ、バクバクと高鳴ってしまう。
 聞こえちゃってるの!?
「……気持ち悪い」
 え!?
 シンジの呟きに泣きそうになった。
「アスカ、そう思ってるんでしょ?、我慢しないで……」
 アスカはばっと上半身を持ち上げた。
「あんた!、それはこの間!!」
 アスカは怒りに忘れてしまったが、シンジの太股に馬乗りになっていたのだ。
 アスカのあそこに、膝があてがわれる。
 シンジはアスカを見上げていた。
「その時だけの気持ちなんていらない」
 シンジは軽く足を動かした。
 えあ!?
「大丈夫、僕はあの状態でも幸せだったんだよ?」
 それでも人の中に居られたから。
 アスカのももの間は温かかった。
 奇妙な驚きを感じているアスカが居た。
 温もりとは違う、火照りに近い熱さが膝に伝わって来る。
 アスカ、叩いてよ。
 何すんのよ!
 シンジは幻のアスカを見ていた。
 怒りを顔に張り付かせて、軽蔑した眼差しで叩いて来るアスカが見えていた。
 それで終わるんだ。
 しかし張り手は来なかった。
 んっ!
 アスカはかろうじて声が漏れそうになるのを堪えていた。
 うそ?、シンジ!?
 シンジの方から触れて来た。
 アスカのまくれかけているスカートの中で、シンジのきめの粗いズボンがアスカの肌をすり上げている。
 そして一番大切な所の、着ている物の中で一番布地の薄い部分を、しゅっと軽くこすってとまった。
「あ……」
 一瞬の驚きと期待と落胆が、同時に口をついて出てしまった。
 真っ赤になってしまうアスカ。
「アスカ……」
 二人の視線が絡み合う。
 アスカ、呆れてるの?、怒るにも値しないんだ、僕なんて……
 シンジ、興奮してるの?、まさかそんな、シンジなのに!
 頬の赤みの意味合いが変わる。
 シンジからしてくれないの?、さっきのも偶然なの?
 アスカはモジモジと腰を動かした。
 もう!、生殺しじゃない、こんなの!
 アスカはすっと体を前に動かした。
 これは確認するしか無いわよね?
 シンジの股間に、体を支える膝を押し当てる。
 !?
 シンジは驚いて逃げようとした。
「シンジ!」
 ばっと抱きつく。
 仰天したシンジは、つい感情を表に出してしまった。
 はっきりと分かるほど慌てふためく。
 シンジの首にしがみつく。
「これ以上我慢させないで!」
 我慢!?
 シンジは中空に上げた手のやり場に困っていた。
 アスカを抱きしめる寸前の様にも見える。
 しかしそれは偶然そうなってしまっただけの配置にすぎない。
「やっぱり……、嫌だったの?」
 その手は外側に倒れていこうとする。
「バカ!、逆に決まってるでしょ!!」
 アスカはぎゅうっと、抱きつく手に力をこめた。
「あたしはあたしなのよ!?」
 暗闇の中に、アスカの悲痛な叫びがこだまする。
「あたしからじゃ、あんたは逆ったりしない!、あんたはあたしに嫌われるからって、恐がって……、そんなの嫌よ!」
 アスカは絡めていた手を離し、ゆっくりと上半身を持ち上げた。
「あんたが思っている通りにして欲しいのよ、あんたの思った通りにして貰いたいのよ!」
 アスカは気持ちの全部を言葉に込めた。
「そんなの、できるわけない」
 深く考えての言葉ではない。
 しかしそれは、考えていたとの肯定とも取れてしまう。
「でも、それはきっとあたしのして欲しい事なのよ……」
 アスカを犯す夢……
「アスカ?」
 できないって事は、したいって考えたことはあるのよね?
 アスカの瞳が妖しいものを湛え出した。
「お願い、あたしを安心させて……」
 アスカはシンジに懇願する。
「安心?」
「そうよ?」
 トクン、トクン、トクン……
 宙をさ迷っていたシンジの手を取る。
「チルドレンとか、そんなことに関係しないで、あたしを欲しいって思って……」
「アスカ……」
 シンジは自分の手を追った。
 アスカはシンジの手に頬擦りをし、そしてその手を自分の胸へと誘っていく。
「「あ……」」
 同時に声を出す二人。
 シンジは驚きの……
 アスカは艶を帯びた吐息を漏らした。
「アスカ……」
「お願い……、あんたがしたいって思った事をして、それはきっとあたしが喜ぶ事だから……」
 アスカの胸の高鳴りが、シンジの掌を通じて伝わった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。