PRETTY NIGHT MARE 1

「はぁいシンジ、ご飯よぉ」
 ドンッとおかれたお皿には、ウインナーにこんがりベーコンそれに目玉焼き(2つ)が乗っていた。
 ちらとその横を見ると、クロワッサンにロールパンが山盛りつまれている。
 うっぷとこみあげる物を我慢する。
「なぁによ、あたしの作ったもんに文句があるわけ?」
「そ、そうじゃないけど……」
 上目使いに口答えしようとする。
「僕、朝は食べないし……」
「なによ?、前は食べてたじゃない」
「訓練とかあったから……、でも今は学校行って帰って来るだけだし」
「お腹が減らないっての?、……まあ確かに運動不足気味よね?」
 じっとシンジのお腹を見やる。
「やめてよ」
 身をよじるシンジ。
「はいはい、じゃあクラブにでも入ればいいじゃない」
 シンジは「うん……」っとあまり乗り気でない返事をする。
「あんたねぇ、言いたい事があるんならはっきりと言いなさいよ」
 言葉は同じでも、昔のように問い詰めるものではなく、優しく問かけるように接していく。
 みんなが嫌がるから、なんて言えないよな?
 そう言えば、アスカの笑顔が陰ってしまうと分かっている。
「そ、それよりさ、アスカ、ホントに何でもできるようになったんだね?」
「なによ、急に……」
 シンジの言っているのが料理をさしていたので、つい赤くなってしまう。
「だってさ、掃除でしょ?、洗濯でしょ?、炊事に……、みんなやっちゃうんだもんな……」
「そんなの、あんたにでもできる事でしょうが……」
 今はできないんだけどね。
 アスカがしっかりし過ぎているために、気付かれないでいるのだ。
「それよりほら、しっかりと食べなさいよ?」
「うん」
 シンジはとりあえずクロワッサンを半分に千切った。
 それを口に放り込んで、紅茶で湿らせて飲み下す。
「あたしはこのままネルフに行くから、ちゃんと学校には行くのよ?」
「うん……」
「ファーストは直接学校に戻って来るから……」
 レイはまたネルフに戻っていた。
 今日からはアスカの番だ、しばらくの間はレイと二人きりと言う事になる。
「ねえシンジ?」
 そんなシンジを頬杖を突いて見ながらアスカは尋ねた。
「……向こうに戻るつもりは無いの?」
 ぴたっとシンジの動きがとまる。
「ないよ」
「どうして?」
 きゅっと唇を引き結ぶシンジ。
「あっちなら毎日だって会えるわ?、それにね……、あたしだって不安なのよ」
「不安?」
 顔を上げる。
「だってあたしのいない間に……、また何か起きたらって思うと、ね?」
 机の上で、シンジの手をギュッと握る。
 だがシンジは答えなかった。
「シンジ?」
 シンジはがたんと椅子を蹴って立ち上がった。
「ごちそうさま」
「ちょっとシンジ!」
「おいしかったよ……」
 まるでこれが最後のような言い方をする。
「待ちなさいってば!」
 いつもならレイが居る、だが先日からネルフに戻っていた。
 あいつがいるときは大人しいのに!
 アスカはその理由を知らなかった。


 シンジはいつも通り、教室の隅に静かに座った。
 アスカの笑顔が思い浮かぶ。
 あの笑顔は、僕だけの物なんだ……
 それが壊れるのが恐くて、今だに手が触れただけで謝ってしまっていた。
 あんたバカァ?、もっと素直になりなさいよ……
 優しくなったよね、アスカ……
 同じセリフでも、言い放つ時の表情が違う……
「そうだよな、怒らないんだ……」
 それが記憶の中のアスカと重ならない部分でもあった。
「怒らないんだ」
 あんたバカァ?、なんで……
 でも怒られるのも恐いんだ……
 シンジは机の一点を見つめて、ずっとぶつぶつ呟いている。
 どうして、あんなに変われたのかな?
 自分も変わっていた。
 それもより情けない方に……
 自虐的に。
 わがままなんだよな、僕って……
 優しくしてもらいたい。
 でも……
 レイの席を見るが、誰もいない。
 校長室に呼び出されているらしいことは、クラスメートの雑談から聞き取れていた。
 シンジは自分の前に落ちた影に顔を上げた。
「ちょっと付き合って……」
 シンジは数人の男女に囲まれていた。


「……なに?」
 屋上。
 脅えるようにみんなを見る。
 10人近い人数だ。
「あなた、惣流さん達とどういう関係なわけ!?」
 何人かは、シンジとアスカ、それにレイが、同棲のような生活を送っている事に気がついていた。
「僕は……、ただ、向こうで同じ学校……」
「嘘!」
 シンジは何かの雑誌を突きつけられた。
 !?
 そこに写っているのは、プラグスーツを着たシンジの姿だった。
「あなたなんでしょ!、サードインパクトを起こしたのって!!」
「お前が!」
 くっと歯を噛み締めた少年が殴りかかった。
 バキ!
 シンジの口からは血が流れ、よれていたシャツは転がった拍子に簡単に破れてしまった。
 すりむいた肘がジンジンと痛む。
「なんでお前なんかが!」
 起き上がろうとした所を蹴り飛ばされた。
 ぐっ!
 胃の中のものを吐き戻してしまう。
「行きましょう?」
 誰かが言った。
「この人の監視は、惣流さん達に任せておけばいいんだから」
 ズキン!
 シンジは固まってしまった。
 動けなかった。
 任せればいい?
 監視!?
 皆が去っていく。
 僕を、見張ってた!?
 いつも側にいるアスカ。
 いつも側にいるレイ。
 どちらかが離れなければならない時には、必ずどちらかが残っていた。
 どうして?
 見張るためだったの?
 僕が逃げださないように……
 つっと、熱いものが頬を伝う。
「僕は……、信じたいのに」
 体を張ってまで伝えてくれたアスカのことを……
「信じたいのに!」
 任務と言う言葉が浮かんでしまう。
「どうして……」
 悔しくなって来る。
「どうして、僕は……」
 こうなんだろうと情けなくなる。
 誰よりも人を信じていないのが、自分であると言う事に……


「るんるんるん」
 その頃、アスカはネルフの廊下でスキップしていた。
「アスカ、ご機嫌ね?」
「まあねん」
 手をひらひらと振りながら通り過ぎる。
 清掃係の彼女は、くすっと笑ってから仕事に戻った。


「あらアスカ、もうシンクロテストは終わったの?」
 発令所、マヤは振り返りアスカを見た。
「問題無し!、もう使徒が来る事も無いんだからエヴァなんて必要ないのに……」
「使徒以外の……、そうね?、事故とか、エヴァならどれだけの人が救えるかって事もあるのよ」
「なるほどね……」
 モニターを見上げるアスカ。
 そこには弐号機を残して、残りはLOSTと表示されていた。
 サードインパクト、弐号機のコアだけが無事に回収されていた。
「ねえ……」
「なに?」
「初号機って、もうないんでしょ?」
「ええ……」
 マヤは表面上押し隠す、一部の人間とシンジだけが知っている、初号機は宇宙を漂っていると言う事を。
「ならシンジは、第三新東京市の近くにいなきゃならない理由って無いんじゃないの?」
 マヤはキイッと椅子を鳴らした。
「……シンジ君を遠ざけたいの?」
「……ここは辛い事が多過ぎるのよ」
 アスカはシンジの笑顔を思い出していた。
 朝食の時の、凍り付いてしまった顔も。
 田舎の方が、のどかで落ちつくと考えてしまうのはどうしてだろうか?
「それがシンジの為にも良いと思うの」
「……考えてみるわ」
 マヤにはそうとしか言えなかった。


「碇君?」
 教室に姿が無い。
 きょろきょろと見回すが、居ようはずが無い。
 鞄はあるが、シンジが持ち帰らないのはいつものことである。
「なに?」
 その鞄に触れて、なにか嫌な感じを受け取った。
 机の上に置き、空けて見る。
「!?」
 異臭。
 マヨネーズ、ソース、そういった物を混ぜた液体で汚されていた。
 ノートも教科書も、もう役には立たないだろう。
「なぜ?」
 なぜこんなことをするの?
 独り言のようだが、皆の耳には届いている。
 レイの言葉に神経を尖らせているからだ。
 その事が、全員が共犯なのだと教えてくれる。
「そう……」
 鞄を戻し、レイも自分の鞄を置いたまま、教室から姿を消した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。