PRETTY NIGHT MARE 2

「碇君……」
「あ、綾波……、おかえりなさい」
 シンジはごく普通にレイを出迎えた。
「ご苦労さま、大変だったね?、何かいる?」
 シンジは冷蔵庫を開けた。
「……お茶しかないみたいなんだけど」
「いい、頂く」
「うん……」
 ペットボトルのお茶を、こぽこぽとコップに注ぐ。
 テーブルにつくレイ。
「ねえ?」
 シンジは何気なくを装って尋ねた。
「優しく、してもらってる?」
 レイはコクンと頷いた。
「そう、よかったね?」
 レイにコップを渡し、自分の分を注ぎ始める。
 レイは注いでもらったお茶には口をつけない。
「……なに?」
 耐えかねたようにシンジは尋ねた。
「戻るつもりは、ないのね?」
 シンジの手からコップが滑り落ちた。
 ゴトン!
 コップが音を立て、お茶がこぼれる。
「あ、ああ!」
 シンジは慌ててしゃがみこんだ。
 コップを拾い上げて、はっとした。
 テーブルの向こうに、レイの揃えられた膝があったからだ。
 真っ白な肌で、その奥が暗くなっている。
 シンジは赤くなって顔を背けた。
「碇君?」
 急に動きを止めたシンジに、怪訝そうな声を掛ける。
「ご、ごめん、見るつもりじゃなかったんだけど……」
 レイは数秒間考え込んでから、カタンと椅子を鳴らして立ちあがった。
「綾波?」
 動かないシンジを見下ろすレイ。
「……立って」
「う、うん……」
 シンジは立つと、レイと真正面から見つめ合った。
 僕の方が、背が高いんだ……
 レイの目はシンジの顎の高さにある。
 真っ直ぐな赤い瞳。
 シンジは逃げようとして真下を見た。
 あ……
 そこには中が覗けて見える胸元があった。
 奥にブラジャーが見えている。
 僕は……
 最低だと思って、更に逃げる。
「碇君……」
 シンジの手を取るレイ。
「綾波?」
「ごめんなさい……」
 レイはシンジの手を、自分の左の胸に当てた。
 そしてシンジの手を挟んで、胸をもむ。
「あ、綾波、なにやってんだよ!?」
「……わからないの」
「え?」
 うるんだ瞳が見上げて来る。
「……碇君がわたしから逃げた日」
 ずきんと胸を傷めるシンジ。
「……あの人と碇君の声を聞いていたわ」
 聞かれてた!?
 シンジは罪悪感が込み上げて来た。
「ごめん!」
「わからないの……」
 レイはシンジの謝罪を聞いていなかった。
 熱っぽい瞳で見上げている。
「なぜ体が痒くなるの?、熱くなるの?」
 シンジには、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「何かが物足りない、でもわからないの、碇君……」
 シンジはレイの唇の動きを追った。
「この気持ちは何?」
 手のひらから伝わって来る感触が、急に生々しいものに思えて来る。
 シンジの目に、以前目にしたレイの裸が写り込んだ。
 ごく……
 生唾を飲み込んでしまう。
「碇君……」
「綾波!」
 ついレイを抱きしめてしまうシンジ。
 温かい、それに……
 柔らかい。
 アスカには決してもよおさない類の劣情が込み上げて来る。
 違う!、僕は……
 毎晩寝る寸前に思い出す、アスカと「した」時の事を……
 嫌われるのが嫌で、考えないようにしてるだけだ!
 レイはもぞもぞと動いて顔を上げると、シンジの唇を求めて背伸びをした。
「ん……」
 抱きしめたのはシンジで、キスをせがんでいるのはレイだった。
 レイのキスはアスカとは違い、何かを求めて来るような事はない。
 ただ押し当てるだけのものだ。
 シンジ……
 シンジは空耳を聞いた。
 シンジ?
 口を離す、レイとアスカの顔が重なる。
 ああ、僕は……
 小首を傾げるレイ。
 僕は、アスカを裏切った。
 シンジはレイと見つめ合ったままで、泣いていた。


 すぅ……
 シンジは疲れたのか、良く眠っていた。
 すっと戸が開けられる。
 入って来たのはアスカだった。
 ふふ、可愛いものよね?
 三日ぶりにようやく戻って来れたのだ。
 頬の内側でころころと音が鳴っているのは、飴玉を舐めているからだ。
 アスカはシンジの枕許に座ると、その頬をつんつんと軽くつついた。
 あれだけしといて、キスだってせがまないんだから……
 それどころか、手が触れた回数でさえ片手で足りる。
 一人は嫌なくせに……
 今もシンジは、赤子のように背を丸めている。
 アスカ達が隣の部屋へ帰るまで、シンジは決して自室へ引きあげることは無いのだ。
 寂しいのよね?、人の居る場所に居たいんだわ……
 胸が締め付けられる。
 そう言えばいいのに……
 言えば嫌われる、うっとうしいと思われる。
 そう考えていることは、容易に想像できてしまった。
「ん……」
 シンジは呻いて、アスカの人差し指をきゅっと握った。
「し、シンジ!?」
 シンジは指を離さない。
 起きたんじゃないのね?、って、ほんとに赤ん坊みたい……
 アスカは飴玉を出すと、シンジの口に軽く当てた。
「んん……」
 シンジは口に入ったものを二三度舐めて、動きを止めた。
 アスカはシンジが離してくれるまで、そっと髪を撫で続けた。


 シンジは夢を見ていた。
 アスカ!
 アスカが悪い奴に捕まっている。
 相手は明確な誰かではない。
 アスカを離せよ!
 さっそうと現われ、長い足で蹴り技を放ち、怯んだ所を殴り倒す。
 アスカ!
 シンジ!
 シンジの首に抱きつくアスカ。
 やったわねシンジ!
 うんアスカ!
 これでもうあたしは必要ないわね?
 え?
 だってあんたはもう、あたし無しでもやっていけるわよ。
 そんな!、だって僕アスカに……
 さよなら。
 待って、待ってよ、待って!
「あっ!」
 シンジは目を大きく見開いた。
「はぁはぁはぁ……」
 苦しさに涙が流れる。
「夢?」
 夢だった。
 そっと額の上に置かれる、冷たい手。
「……綾波?」
「碇君……」
 朝日の中、消え入りそうなレイが居た。


「あんたがいると、作るものってレパートリーが減るのよねぇ……」
 今日の朝はサラダなどの緑黄色野菜がメインになっていた。
「なら、わたしは、いい……」
「だめよ!、あんたが食べないとシンジだって食べないんだから!
 レイは正面に座るシンジに目を向けた。
「……わかったわ」
 よろしいっと、満足げに頷くアスカ。
 アスカも一緒になって、大皿に乗っているカルボナーラをフォークで取り寄せる。
「ねえシンジ?」
「……なに?」
 シンジの態度が何処かおかしい。
 出かける前の、あれかしら?
 アスカはなるべく軽い感じになるように尋ねた。
「マヤと話して来たんだけど……」
 フォークにカルボナーラをからめたままで、シンジの動きがぴたりと止まった。
「やっぱり、ここを離れましょう?」
 ゆっくりとアスカに視線を向ける。
「……どうして?」
「ここも……、あの街も、あんたにとって優しくないのなら、ね?」
 視線を手元に戻す。
「その方が、いいの?」
「良いと思うわ」
 アスカの返事に、うなだれてしまう。
 それでも離れたくない理由があるの?、この街に……
 アスカにはその理由が分からなかった。



[LAS12][TOP][LAS14]

新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。