PRETTY NIGHT MARE 3

 先生の家に捨てられて……、あの街にも、父さんにも母さんにもまた捨てられて……
 今度はこの街にも捨てられるのかと、シンジは落ち込んでいた。
「碇君……」
 レイの言葉に振り返る。
 シンジは電気も付けずに、敷きっぱなしの布団の上に座り込んでいた。
「綾波……、どうしたのさ?、こんな時間に……」
 シンジの隣に、まっすぐシンジに向いて座り込む。
「離れたくないの?」
 何故?、と身を乗り出そうとする。
「……どの街に行っても、同じだよ」
 シンジは覇気の無い返事をした。
「同じ?」
「……同じだよ、捨てられるのなら、どこだって」
 体を引き戻すレイ。
「どうして、悲しい事を言うの?」
「……なら、そこには綾波達は来てくれるの?」
「それは……」
 レイは躊躇を見せてしまった。
「……ほら、また僕を一人っきりにするつもりなんだ、それとも」
 シンジの目が、敵を見るような冷たさをたたえる。
「二人ともあの街からは離れられないんじゃないか、僕がどこに「移される」にしても、結局は監視つきなんだし……」
 それは否定できない。
 シンジの境遇を知ることができたのも、その監視のおかげだったのだから。
「碇君……」
「僕のことが知りたいのなら、その報告書だけ読んでいればいいんだ」
「本当に、それでいいの?」
「なら、他の何がいいことなの?」
 レイには答えられる言葉が無い。
 あの人なら、碇君を救えるの?
 レイの中にも、葛藤が生まれていた。


「なによ、こんなところに呼び出して……」
 今日はレイに、強引に学校に連れられて来ていた。
 おかげで朝食の準備はして来たものの、シンジの顔を見る事ができなかったのだ。
「なぜ、碇君を苦しめるの?」
 屋上だ、風が二人のスカートを軽く吹き上げていく。
「な、なんの話よ……」
「この街だからこそ……、わたし達は転校を許された、わかっているはずよ?」
「あ!?」
 アスカは今気がついたような顔をした。
「あ、あたし……」
「碇君は、捨てられると言っていたわ……」
「そんなつもり……」
 だがレイの冷たい視線に黙り込んでしまう。
「碇君は、それを受け入れたわ」
 アスカの表情が、泣きそうに崩れた。
「碇君の心は、再び凍ってしまったわ……、わたしにはもう、どうしていいかわからない……」
 アスカはきびすを返すと、家に向かって学校を飛び出していた。
 シンジが学校に来ていないことは、なんとなくだが直感していた。


「なによこれ!」
 飛び込んだシンジの部屋。
「これは、どう言うことなのよ!」
 大声を張り上げる。
 シンジの部屋には、もう清掃業者が入り込んでいた。
 なにもかもが運び出され、部屋はもぬけのからになっていた。
 何一つ残っていない、壁紙さえも剥がされている。
「一体、どこに……」
 業者に聞いても分からないだろう。
 どこかに、手がかり……
 アスカは癖の様な感じで、携帯電話を取り出していた。


 ネルフの本部、マヤの執務室に直接電話が出来る人間など限られている。
「シンジはどこなのよ!」
 問い詰めるアスカ。
「聞いてどうするの?」
「……連れ戻すに決まってるでしょ!?」
「待ってもいないのに?」
 アスカの息が更に荒くなった。
「あんた、どうして注意してくれなかったのよ!?」
「あなたがこの街から離れられないのは当然でしょ?、それぐらいはわかっていると思っていたもの……」
 はあっとつく、深いため息。
「アスカ、変わったわね?」
「あたしが!?」
「そうよ……、これまでのあなたなら、ここへあなたを求めて来る人達のことを、けっして軽んじたりはしなかったわ?」
 ぐっと言葉に詰まる。
 確かに、シンジを優先させているのは事実だった。
「でもね?、いくらシンジ君が大切だからと言って、あの人達を……」
「わかってる、わかってるけど!」
 アスカももう泣いてしまいそうになっていた。
「それにね?、もちかけたのはネルフ、でも条件を付けたのはシンジ君なのよ?」
「シンジが!?」
 アスカは大きな声を出した。
「誰かの優しさを受け入れると、誰かを裏切ることになるから、そう伝えてくれって」
 優しさを、受け入れる?
 意味が分からない。
 シンジが言っているのはレイの事だ。
 レイとキスした事だった。
「二人を恐いとは感じないけど、でも自分のせいで明るさを失っていくのは見たくない、それに人を信じるなんてやっぱり無理だ、僕自身が裏切っていくんだから……、だそうよ?」
 なによそんなの!
 それはアスカ自身にも当てはまる事だ。
 シンジを大切に思うあまり、その他の、自分に自信を与えてくれた人達のことを忘れようとしていた。
 身勝手ね、まったく……
 みんながみんな、マヤはそう思う。
「それでも、追う?」
 マヤは尋ねた。
「……当たり前よ」
 食いしばるような言葉。
 今、なぜ追うのと聞かれれば、アスカはその理由を答えたかも知れなかった。


 だがシンジは、指定された列車に乗らず、また目的の山奥にも向かっていなかった。
 ゴオオオオ……
 電車が橋の上を走っていく。
 大きな川の川縁を、シンジはボストンバッグをかついで歩いていた。
「こんなことをしてたって、捕まるだけなのに……」
 こうしていても、見張られていると言う視線を感じる。
 上の連絡待ちなんだろうか?
 その間だけでも、ここに居たいと思っている。
「未練……、がましいよな?」
 心のどこかで、アスカが見つけてくれると願っている。
「来てくれるわけ、無いのに……」
 シンジは橋の下に入ると、そのまま陰に座り込んだ。
 僕は、なにを望んでるんだろう?
 それを考えると苦しくなる。
「バカだな……、だから何も期待しないで、諦めるようにして……、たのに」
 抱えた膝に、ポツリと涙が弾けてしまった。


 結局は手のひらの上って事か。
 ゆっくりと目を開く、久しぶりの一人きりの朝だった。
 シンジはネルフの職員に保護されていた。
 黒服、どこの部署のものか、シンジは知らない。
 シンジは部屋の隅で、膝を抱えるように座り込んだまま眠っていた。
 冷たい床板、痛くなって来るお尻。
 真っ暗な部屋だった。
 シンジ!
 エプロン姿のアスカが振り返る。
 鍋つかみで何かの鉄板をもって、笑顔で。
 幻だ。
 舞い広がる赤い髪と共に、暗闇の中に溶け込み、消える。
 自分で捨てたんじゃないか、いや、僕は捨てられたんだ……
 シンジは膝に顔を押し付けたまま、横に目を向けた。
 どこまで行っても、ネルフの監視……、やっぱり死んでもらっても困るんだろうな……
 それが罰だとはわかっている。
 当たり前か、苦しめたいんだから、みんな……
 シンジは再び目を閉じた。


 だるい、疲れたよ……
 薄く目を開ける。
 変わらずの暗闇。
 時間の流れさえも感じない。
 シンジは再び目を閉じようとする。
「シンジ!」
 だが聞きなれた声にまた開く、酷く、けだるげに。
 扉が開かれていた、廊下の電灯に溶け込むような姿がある。
 アスカ?
 望んだ人がそこに居る。
 だが心は弾まない、冷えていく。
 なんとなく駆けつけてくれるような気はしていた。
 来てくれる?
 僕はアスカと居たいんじゃなかったの?
 わからない。
「シンジ、シンジってば!」
 シンジはずっと座り込んでいた。
 そんなシンジの前にしゃがみこんで、肩を揺する。
「あんた達、なにやってたのよ!」
 振り返り、案内して来た職員を叱り飛ばす。
「このバカシンジ!、なに人に心配かけてんのよ!」
「……ごめん」
 膝の間に顔を隠す。
「とにかく、帰るわよ?」
 しかしシンジは、気を失うように眠ってしまっていた。


 第三新東京市。
 新ネルフ本部、黒い巨大なビルがそびえている、その中層の階にはVIP用の医療施設が整えられていた。
「どう、シンジの様子は?」
 アスカが声を掛けると、スタッフの一人がカルテを見せた。
「……たんなる空腹で気を失っただけですよ、あと膀胱炎気味だったのと」
「死んだりしない?」
「人間、そう簡単に死にはしませんよ」
 アスカはシンジを映し出すモニターを眺めた。
 シンジもそうならいいんだけどね?
 学校でのことがある、いつ死を求めてもおかしくはない。
「……あたしも、ああだったのかしら?」
「は?」
 なんでもないわと、アスカはシンジの部屋へと向かった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。