PRETTY NIGHT MARE 4

「シンジ……」
 声をかける。
「アスカ?」
 目を開く。
「寝てなかったの?」
 アスカはシンジの頭の横辺りに椅子を運んだ。
 シンジは顔を見られないように横になる。
「……綾波から、聞いてないの?」
「なにがよ?」
 アスカは少しばかり心を乱した。
「……キスしたんだ、綾波と」
「そう……」
 アスカの声が少しばかり堅くなる。
「怒らない……、の?、違うね、怒る価値もないのか……」
 シンジは自分で答えを出した。
 じっと、アスカの返事を待っている。
 だが答えは帰ってこない。
 アスカ?
 シンジはそっとアスカを見た。
「……やっとこっちを向いたわね?」
 アスカは微笑んで待っていた。
「……アスカ、どうして」
「あんたは結局あたしを見たわ」
「え?」
「あんたはあたしを求めてる、だからあたしが気になるのよね?」
 シンジはどう答えていいかわからない。
「……僕は」
「怒ってるし、腹も立つわ?」
 シンジは口をつぐむ。
「でもね?、嫌いになったわけじゃないのよ……」
「どういう、こと?」
「なんていうのかしらね?」
 アスカはちらっと入り口を見た。
 間違いなく、そこには誰かが居るはずだ。
「誰も見ないようにするあんたは嫌、でもすがって来る人を無視するあんたはもっと嫌いなのよ……」
 シンジはうつぶせになって枕に顔を押し当てた。
「でも僕はその時の気持ちに流された!」
 押し当てているので、声がどうしてもくぐもってしまう。
「シンジ?」
「アスカにはその時だけの気持ちなんていらないって言ったのに、僕は!」
 言葉の端々に、どうか見捨ててと言う心が見える。
「……勝手よね?」
「わかってる、だから軽蔑して欲しいんだ!」
 傷つけ合いながら生きるのは辛いから。
「自分で自分を傷つけて生きるわけ?」
「人に傷つけられるよりはずっと良い……」
 シンジのすすり泣きが室内を満たし始める。
「ほんとにバカね……」
 それでもアスカは、シンジの頭をそっと撫でていた。


 夜。
 シンジがふと目をさますと、知らない誰かが立っていた。
「碇シンジ……」
 持ち上げられる銃口。
「死んでちょうだい?」
 看護服。
 誰なんだろう?
 声音から女性だとは分かる、明らかに作っている声。
 まあ、いいや……
 体から力を抜く。
 ミサトさん……
 ミサトの血で染まっていた手のひら。
 ダメだな、どうせ死んだって、みんなのいる所になんて、行けやしないんだから……
 諦める。
 ため息をついてしまう。
「……何故?」
 シンジはその声にはっとした。
「……綾波?」
「何故、死を望むの?」
 銃が捨てられる。
 帽子を取るレイ。
「わからない……」
 レイはくやしげに帽子を握り潰す。
「あの時……、帰りたいと望んだのは嘘?」
 サードインパクトでの触れ合い。
「あの時の……」
「嘘じゃないよ」
 シンジは言う。
「なら、何故?」
「疲れたんだ……」
 シンジは起きあがろうともしない。
「疲れた?」
「気持ちなんて……、変わるじゃないか、でもその想いを……、ずっと持ち続けるなんて、僕には無理だ、できないよ」
 レイはきゅっと唇を咬む。
「アスカも……、綾波だって僕は好きだよ?」
 勢い、顔を上げるレイ。
「でも、僕は二人に好かれてない……」
「どうして……」
「だってそれは僕が同じチルドレンだから……」
 シンジは天井を眺め続ける。
「みんなのように特別視しないから、違ってるかな?」
 レイには答えられない。
「僕は……、薄汚いんだ」
 同情を誘う術を知っている。
「うつむいたり、すねたり、寂しそうにしたり、こういう事を話したり……」
 そうやって、捨てられないように罪悪感を抱かせようとしている。
「汚いんだ……、ねえ?」
 急な呼び掛けに焦る。
「なに?」
 シンジはむくりと起き上がった。
 起き上がり、ベッドから足を下ろす。
 その間、レイは呪縛されたように動きを止めていた。
「その銃に、弾は入ってるの?」
 レイは何となく、持っていた銃を見下ろした。
「……僕は、考えないようにしてた事があるんだ」
 シンジはレイの真正面に立った。
「……なに?」
「僕たちの将来って、どうなるのかな?」
 将来。
 未来。
「どういう意味?」
 言葉を図りかねるレイ。
「……僕はアスカには認められない」
 もちろんレイにも。
 シンジはそう続けた。
「……一生一緒に暮らす事なんてできないんだよ」
「なぜ?」
「じゃあ聞くけど」
 シンジはうつろな瞳を向けた。
「……綾波は、僕と結婚してくれるの?」
 びくりとレイは震える。
「ほら……、やっぱり」
 シンジはそれをあざ笑った。
「アスカだってそうだ、みんなきっと自分を守ってくれる人を見付けていくんだ」
「……それは、あの人ではないの?」
「……バレたんだ、みんなに」
 シンジは学校の、屋上での出来事を話した。
「あの時に分かったんだ、僕が側にいる、僕の側に居てもらう、それは誰も認めるはずのないことなんだって」
 うすら笑い。
「引き離されるのが当たり前なんだよ、もう」
 その答えをレイにも求める。
「綾波だって、一生僕の側に居てくれるわけじゃないんでしょ?」
 シンジはレイの返事を待たない。
「でもそれが当たり前なんだよね?、わがままなんだ、僕は……」
 レイの手を取り、その銃口を胸に押し当てる。
 そしてレイに微笑みかける。
「僕が居なくても、全ては成り立つんだよ、そうだろう?」
 歯車にさえ、成りえない。
「そして僕が居なくても、二人とも幸せに暮らしてた、違うの?」
 その通りだった。
「わたしは……」
 思い返す、シンジの事を知るまでのことを。
 思い悩むことは、なかった……
 心苦しくなる事もだ。
「ほら……」
 シンジはレイの手から銃を取り上げた。
 レイの指が、力無くほどけていく。
「答えはもう、始めからここにあったんだよね?」
 銃口をこめかみに押し当てる。
「さよなら」
 迷いもしない。
 引き金を引く。
 グン!
 パン!
 レイがシンジの腕に組み付いていた。
 はらりと髪が数髪舞う。
 硝煙の臭いが鼻につく。
 銃弾は天井を穿っていた。
「……綾波?」
 伸び上がるような背伸び。
 押し付けられる唇。
 綾波!?
 差し込まれる舌。
 求めるような感じ。
 何を?
 僕に何を求めてるの?
 シンジの舌を不器用に絡め取る。
 唇で口をこじ開け、ただぐるぐると回すように、口の中を這い回る。
 それがレイのキスだった。
 綾波……
 別に押さえつけられているわけではない。
 心配事があるとすれば、逃げればレイが倒れてしまうと言う程度のものだった。
 でも……
 逃げられなかった。
 涙?
 カーテンごしのわずかな月の光に反射する。
 滴が伝っていくのが見えた。
 ゆっくりとレイが離れていく。
「考えていたの……」
 レイはお互いの唇から、まだ糸を引く物があるのもかまわずに切り出した。
「なに?」
 とさっと、シンジの胸に体を預ける。
「……碇君なら、良いと思う」
「え?」
「落ちつくの、わたしを……、隠さずに見せられる」
 シンジを見上げるレイ。
「これは、好きだからでは、ないの?」
 真剣な眼差し。
「碇君は、違うの?」
 問いかけに考えさせられる。
 僕は、本当の自分を見せてる?
 自分では分からない。
「安心……、して、安心できるの、でも……」
 顔をふせる。
「それが、碇君の重荷になるの?」
 シンジは逆に言葉を詰まらせていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。