PRETTY NIGHT MARE 5

 首を傾げるシンジ。
「考えてみたの、わたしが碇君なら……」
「僕なら?」
「本当は……、側にいたい、と思う……」
 シンジに否定できるはずがなかった。
 僕だって、本当は!
 そう思う部分が、確かにあるから。
「なのに遠ざけたいと思うのは……」
「そうだよ」
 レイの体に腕を回す。
「中学2年生だった……、一年も無かった……、でもそれを忘れるのにこれだけかかったんだ……」
 楽しい日々が長ければ長いほど。
「忘れるのに時間がかかるんだ、忘れるのは苦しいんだよ、恐いんだ!」
 痛い!
 こめられた力に顔をしかめる。
 碇君……
 レイはシンジの体が震えているのに気がついた。
「僕はこれからも嫌われていかなくちゃならないんだ!、それが一番傷つかなくてすむ方法だから……」
「碇君」
「僕はアスカとあんなことをした、でもそれを誰かに知られたら、きっとアスカは嫌だと思うに決まってる、僕なんかとじゃ恥ずかしいって……」
 レイはキュッと唇を噛んだ。
 あの朝の光景を見たレイには、そんなことはないとわかるから。
「だからアスカに近付いちゃいけないんだ、甘えちゃいけないんだ、馴れ馴れしいって思われちゃいけないんだ」
「独占欲?」
「独占……、そうだね?、僕は僕だけのアスカでいて欲しいって思ってるんだ」
「それは……」
 シンジの体に腕を回す。
「いけないことなの?」
「僕が思う、それだけで悪い事なんだよ……」
 レイに自分の考えを告白する。
「みんなへのイメージがあるんだ、アスカにも、それを汚しちゃいけないんだ、僕なんかの為に」
「そんなこと、気にしないわ……」
「でもみんなはそれを許せないと感じる!、アスカも、綾波だって、秤にかける時がきっと来る!」
 天秤はシンジとその他のものの、どちらに傾くだろうか?
「そんな日が来るのが分かってて、頼るなんて僕にはできない!」
 レイは胸に顔を押し当てたままで、否定するよう、横へ振った。
「なら、わたしもずるくなるわ……」
「え?」
「……わたしは、普通に生まれた、そう……、人間ではないわ?」
「綾波!」
 シンジはレイを引き離した。
「なにを!?」
「でも……、それを知るのは碇君だけよ?」
 レイの顔から表情が消えている。
「綾波……」
「わたしの記憶は碇司令から始まり、碇君で終わっているわ……」
 生まれたのがいつかは知らない。
 でも、終わりというのは、多分サードインパクトの時の事なんだ……
 その後のレイは、三人目には持っていなかった二人目の記憶も有していた。
「司令も、副司令も……、みな帰って来なかった……」
 シンジの頬に手を這わせる。
「今それを知っているのは、碇君だけよ?」
 綾波、どういうつもりで……
 その答えはすぐに分かった。
「誰にも……、それを知らせずに、誰を受け入れればいいと言うの?」
「それは!?」
 ぐっと言葉に詰まってしまう。
「隠したままで、真実をさらけ出す事も禁じられたまま、誰に受け入れて下さいとお願いすれば良いの?」
 嘘をつき続ける苦しみ。
「わたしも、碇君と同じ……」
「同じ?、僕とって……」
「疲れたの」
 見つめ合う。
「わからないの、何が偉いの?、わたしはただ、碇君の心を、思いを伝えただけ……」
 僕と同じ苦しみ?
 レイは更に続ける。
「わたしが作られた者だと知っても……、使徒と同じであると告白しても、優しくしてくれるの?、あの人達は……」
 ありえない話だった。
 僕だけが、知っているから?
 知っていても、変わらないから。
「だから、僕なの?」
 小さく頷く。
「でも僕も、一度は……」
 レイの秘密を知った後、レイには近付く事もできなかった。
 サードインパクトの時も、ただただ恐怖を感じただけだった。
 レイはそれを察したのか?、小さく首を左右に振った。
「それも理由の一つにすぎないわ……」
「ひとつ?」
「そう……」
 シンジの頬を、小さな手で挟み込む。
「あなたがあの人を恐れているのは、側に居て欲しいと言う願いの裏返し……」
 レイは続けて、考え込むように続けていく。
「それはあの人でなくてもいいのかもしれない、たまたまあの人だったと言う、それだけなのかもしれない……」
「僕は……、最低なの?」
「いいえ、そえはわたしも同じ……」
 言葉を紡ぐ。
「わたしも、側に居て貰いたいと願っているわ?、それがたまたま碇君だったのかもしれない……」
「綾波……」
「でもそうして、お互い誰か必要な人を見付けていくのよ……」
「僕には、アスカだったように?」
「ええ……、わたしには碇君が……」
 シンジの顎先に口付ける。
「求めている物が……、あるから」
 離れながら、吐息がくすぐったい。
「見つけられる物が、違うから……」
「綾波……」
「碇君」
 レイはシンジから一歩退くと、両手を胸の前で組み合わせた。
 まるで何かを願うかの様に。
「碇君……」
「なに?」
「教えて……」
「なにを?」
「愛し合う、ことを……」
 その資格が、僕にあるのか?
 答えはもちろん、NOとしか浮かばない。
「いいえ、わたしを汚してくれると、嬉しい……」
 シンジは驚いた。
「綾波!?」
「わたしにも求めたい物がある……、それがチルドレンのままでは手にできない物なら……」
 それはシンジに対する誘惑だった。
「チルドレン、その資格を失いたいの……」
 ゴクリ……
 シンジは生唾を飲み込んだ。
 綾波……
 震える手をレイの顎のラインから、耳の裏へと這わせていく。
「ん……」
 レイの上気した頬と潤んだ瞳。
 甘い吐息。
 シンジは軽く添えるように、その手を自分の方へと動かした。
「いかり、く……ん」
 レイのはその動きに逆らわず、シンジへと唇を差し出していく。
 閉じられる瞳、震える睫。
 それでも、僕は!
 シンジは、キスを、しなかった。


 朝が来る。
 ベッドの端に腰かけているシンジ。
 他には誰もいない。
 できるはず、ないじゃないか……
 アスカは言った。
 すがって来る誰かを、助けないような奴は嫌いだと。
 なら、これで僕はアスカに嫌われる。
 最低だと感じている。
 僕も父さんと同じだ……
 レイを利用した。
 アスカに嫌われるための道具にしたんだ、これが僕なんだ、今の僕なんだよ……
 ふらりと立ち上がり、部屋を出る。
 プシュッと開く扉、ロックはかかっていない。
 通路の先から声が聞こえる。
「ほんとにシンジ、シンジってそればっかりね?」
「何よヒカリぃ、あんたこそ鈴原って、そればっかりじゃないのよぉ!」
 洞木さん、ここにいるんだ……
 理由を詮索しようとは思わない。
 ふらっと、非常口へと方向を変える。
 非常階段を上がる途中に、彼女はいた。


 綾波……
 うずくまり、膝を抱えている。
 まるで僕だ。
 泣いているの?
 側に立ち、ゆっくりと手を伸ばす。
 ピクリと、その髪に触れる寸前反応が返って来た。
 ゆっくりと上がる顔。
 冷たい赤い瞳、だがその回りは腫れぼったい。
「……なに?」
「あ……」
 冷たい反応に、シンジは言葉に詰まってしまった。
 嫌って欲しかったはずだ、嫌って!
 だがシンジは胸が張り裂けそうになっていた。
 何で分かるんだよ、なんで!?
 レイの態度の奥に、それでも助けを求めて悲鳴を上げている心が見える。
 僕と同じだからだ……
 レイのその姿は記憶に焼き付けられている、シンジのスタイルを模したものなのだ。
 こういう気分の時、そういう態度を取ればいい。
 それはただの物真似だった。
 僕は……
 シンジは言葉を使わなかった。
「なに!?」
 シンジは飛びかかるように抱きついていた。
「ごめ……、ごめん、ごめんよ、綾波!」
「い、碇、くん!?」
 ギュッと抱きしめ、わんわんと泣き出す。
「僕は、僕は!」
「碇君……」
 幾分、ほっとしたような声になった。
 レイの手が優しくシンジの頭に回される。
 うわああああ!
 シンジの泣き声が、他に誰もいない非常階段の踊り場でこだました。
 触れようとすれば逃げ出していく、だが遠ざかれば寂しがる。
 それが、碇君なのね……
 不思議と、ようやくシンジのことが理解できたような気がしていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。