L.A.S.GROUVEL DAYS 1
バタン!
車の戸を思いっきり閉める、2ドア仕様なのは隣にシンジ以外を乗せないと言う意思表示。
「よっこいしょっと!」
後部を開けて、大きな枕を下ろしたのはアスカであった。
十二月生まれでまだ十五歳だが、表向き国際公務員でもあるアスカは、免許を持つことが許されていた。
非常事態のための高速移動の手段として、取得理由の半分は義務でもある。
「今度こそ、いっくらバカシンジでも気付くわよね?」
最初はジャケットから始まった。
「シンジ、喜んでくれるかしら?」
まるっきり貢ぎ物を持って愛人の家に通う中年オヤジだ。
「ありがとうアスカ」
そう言ってジャケットを羽織ってくれたシンジが嬉しくて……
アスカはつい、自分用にも同じジャケットを買っていた。
色は両方共に青である。
「ふふふ、この枕なら絶対よ!」
お揃いのカップ。
お揃いのお茶碗。
お揃いの歯ブラシ。
お揃いの寝間着。
お揃いの……
「あんだけ揃えたって言うのに……」
それに対するシンジのリアクションは、「そっか、よく遅くまで遊んでいくもんね?、泊まっちゃう方が楽なんだ」であった。
「くっ!、まったく、あたしのベッドまで用意しようとするんだから……」
同じ布団でいいのよ!、まったく……
やたらと横に長い枕を担ぎ、マンションの入り口に向かって歩き出す。
「あっと!」
アスカは振り返って、リモコンキーを取り出した。
カシャコン!
「危ない危ない……」
車にロックをちゃんとかける。
その一瞬のすれ違いのために、マンションから出ていくレイの姿を、アスカは見逃してしまっていた。
アスカは今日も来るのかな?
「その時間を知ってるから、綾波は帰っちゃうのかな?」
何をしていると言うわけでも無い、レイはお茶を入れ、本を読み、そしてこの部屋を出て行く。
ただそれだけをしに来ていた。
「あれ……、どう思ってるんだろ?」
そこら中に溢れ返るアスカの痕跡。
ポスター、カップ、積み上げられた雑誌。
全てがアスカの趣味を感じさせる。
持ち込んだのがアスカなのだからしようがない。
「アスカ……」
思い出す肢体に、つい股間が熱くなる。
ここに住むつもりなのかな?、アスカ……
「おはよう、バカシンジ……」
「シンジはパンよりご飯の方が好きなの?」
「お風呂沸いたわよ?」
つい想像しかけて、シンジはダメだダメだと首を振った。
「最低だよな……」
レイに泣きすがったあの時まで、僕は綾波のことなんてまるで気にかけていなかった……
羨ましくて、逆に嫉妬していた。
人が……、相手が何を考えているのかは今でも分からない。
「でも、好意を踏みにじられたら、悲しくないわけないんだ……」
綾波に冷たくされて恐くなった。
「最低だよな、言い訳だよ、そんなの……」
アスカとレイを悲しませたくない。
離れられるのが恐い?
両方かもしれないな……
起き上がる、時刻は8時。
ピンポーン!
シンジは立ち上がると、来訪者がアスカであると確認した。
「ちょっとシンジぃ、手伝ってよ!」
アスカがそういうので、シンジはマンションの玄関先まで降りていった。
「なに?、これ……」
シンジは身長ほどもあるそれに呆然としていた。
「枕よ枕!」
当然のように、なに言ってんのよとバカにする。
「これだけ大きいのを探すのに苦労したんだから!」
そう言って胸を張る。
「でも大き過ぎない?」
「なに言ってんのよ?、二人で使うにはちょうどいいじゃない」
「二人?」
「そうよ」
「ふうん……」
シンジはエレベーターの前でポツリともらした。
「アスカ、綾波と寝るの?」
ドゲシ!
アスカはエレベーターの戸が開くのを待って、シンジを思いっきり蹴り込んだ。
「まったく、あんた何考えてんのよ!」
居間にどっかりと座り込み、せんべいの袋を開けてばりっと砕く。
「…………」
シンジは赤くなりながら、続きになっているカウンターで、コップに氷を放り込んだ。
「この二週間であたしが何回誘ったと思ってんの!、こんなことなら遠回しにやってんじゃなかったわ」
ペットボトル……、ジンジャーエールとオレンジジュースを脇に挟み、シンジはアスカの前に置いた。
「あんたねぇ!、黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
そんなこと言ったってさ……
何度か口を挟もうとはしたのだが、いかんせんアスカの方が早口だった。
「だってそんなのまだ早いよ……」
「何がよ!」
「僕たちまだ高校生だよ?」
キョトンとした後、アスカはプッと吹き出した。
「なぁに言ってんのよ!、あんたもう高校行ってないじゃない」
「うん……」
こちらに移る時、シンジは学校をやめていた。
「大体不健康なのよね?、あんたただでさえ人付き合いが無いんだから、もっと外に出なさいよ」
「わかってるけど……」
第三新東京市では、さすがにシンジを知る者が多過ぎる。
僕がサードインパクトを起こした……
起きるきっかけにされた……、とは思っていない。
あれを望んだのは僕だ……
アスカは知らないことだが、ここへ引っ越し、レイが訪れた翌日、シンジが行ったのは墓地だった。
たくさん並んでたな……
そのほとんどが、下には何も埋まっていない。
名前が刻まれただけの棒が、延々と突き刺されているだけだった。
ストローを咥えながら、シンジはアスカを上目づかいに見あげた。
「まったく、あたしのどこに不満があるってのよ……」
ぶつぶつと、自分の魅力についてを語っている。
「うん、アスカは奇麗だと思うよ?」
シンジはふいに呟いた。
「な、なによ急に!」
「……可愛いなと思って」
「ばか!」
背を向けてせんべいをかじる。
アスカは怖々と聞き返した。
「だったら……、なんであたしに手を出さないのよ?」
「うん……」
脳裏に、レイの姿が過ってしまう。
「あんなこと、もうしない方がいいと思うんだ……」
「なんでよ?」
肩越しにジトッとした目を向ける。
「……アスカの恋人とか、いつか一緒になる人に悪いと思うから」
もう一人じゃないってわかってるから、大丈夫だよ。
シンジはわざと明るく、そう振る舞った。
なによなによなによ!
ブォンと回転数が跳ね上がる。
アスカはぐっとアクセルを踏み込んだ。
気晴らしならば、ネルフ周辺の道路が一番である。
なにしろ規制されているので、滅多にすれ違う車もない、スピードは出し放題だった。
ちっとも変わってないじゃない!
あの頃からそうだった、同居していた頃からそうだった。
そりゃまああん時は?、あたしも友達がいなかったから……
はしゃぐ相手が欲しいだけだった。
「子供だったのよね……」
スピードが落ちる、三バカトリオ、シンジとミサト、シンジと加持。
おもちゃを取られたみたいで……
シンジに当たっていたのは裏返しの気持ちがあったからだ、今なら認められる。
癇癪を起こして、気を引こうとしていた自分。
どんな夢を見てたのかしら?
思い出す。
穏やかな吐息と寝顔を、裸のままで見下ろした。
可哀想だと思った、思ったからシンジを助けに行った。
好きになちゃったんだもん、しょうがないじゃない……
憤りをそのまま速度に変える。
眠るシンジの髪を撫でていて、不意に思った。
愛おしいと。
「あたし、同情してるだけなの?」
自信が無くなる。
勘違いだってぇの?、この気持ちが……
わからない。
「あ〜あぁ……、自信無くなって来ちゃったわねぇ……」
アスカはそのまま、本部へと戻る道を取った。
「で、相談と言うわけ?」
マヤは面倒臭そうにコーヒーカップに口を付けた。
以前のリツコの部屋にそっくりで、アスカはちょっと落ちつかなかった。
「ま、相手がシンジの事だからね?、他に話せる人も居ないってのが……」
「昔は話そうともしなかったくせに……」
おかしくなったのか、ちょっと笑いが込み上げている。
「なぁによぉ?」
「いえ……、でもね?、シンジ君の言うことも正しいわ?」
「え?」
ピッと、マヤは何かのデータを表示した。
「なに?、これ……、名簿?」
ずらっと並んだ名前、年齢、職業、その他には思想と言う項目すらもある。
「あなたの彼氏さん達よ」
「へ?」
「正確にはその立候補者達、かしら?、中には推薦も居るけどね……」
その上位候補者を映し出す。
「嫌よ!、なんで会ったもこともないやつがそうなるわけぇ!?」
「あなただけじゃないわ?、もちろんレイにだってあるし、ネルフ関係者というだけで、引く手はあまたなの、知ってた?」
アスカは体を抱いて、ぶるっと震わせた。
「嫌だなぁ……、この内の何人かはあたしで何かしてるってわけ?、ぞっとするわ」
「あら?、シンジ君なら許せるの?」
「当然よ!」
シ〜ンジぃ☆っと、まるで加持の時のようにはしゃいで見せる。
「ま、怒りはするけどね?、ここに本人が居るのになんでそんなことしてるのよって」
マヤは「はぁっ」っとため息をついた。
「でもね?、今度ばかりはそうも言ってられなくなりそうよ?」
「はぁ?、なんでよ……」
ピラッと一通の手紙を差し出す。
宛て名はマヤだったが、差出人は……
「なによこれ?、ユーロ連合から?」
「あなたの返還要求よ」
「へ?」
アスカは間抜けな返事を返した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。