GROUVEL DAYS 2

 この部屋は嫌いだ……
 シンジはベッドで眠っていた。
 枕はアスカが持ち込んだ大きなものに変えていた、変えたのはアスカだ。
 ほら、これでバッチオッケーよ!
 アスカの笑顔、幻が見える。
 この枕も嫌いだ……
 でも一番嫌いなのは僕自身だ……
 今日の枕で、また一つアスカが増えた。
 増える度に、ここにはシンジの居場所が無くなっていく。
 僕の部屋じゃない……
 住んでいるのはシンジだが、あまりにもアスカを感じてしまう。
 思い浮かばされるものが多過ぎた。
 でも、アスカが来てくれなくなったら……
 それを考えただけで恐かった。
 今日のアスカを思い浮かべる。
 アスカは僕としたいのかな?、そういうことが……
 したいのかもしれないと思う。
 他にする相手がいないのかな?
 アスカが誰かの下で乱れている。
 胸を揉みしだかれ、熱い視線を送っている。
 その相手が自分でなくても、シンジは興奮を感じてしまう。
 そっか、アスカは英雄だもんな、そんなことが知られたりしたらマズイから……
 隠れても、どこかから漏れてしまう、スキャンダルに繋がるだろう。
 僕みたいに監視されてる人間なら……、都合が良いのかもしれない。
 最低だな、やっぱり……
 自分がと付け加える。
 理由を付けないと、アスカを遠ざけられないんだ……
 アスカの香りは、布団にまでは染み付いていない。
 シンジはそれを、とてもありがたく思っていた。


 ガチャ……
 戸を開くと、いつものように綾波レイが立っている。
「いらっしゃい」
 シンジは微笑みで迎え入れる。
「そうめんの準備……、してたんだ、綾波、食べるでしょ?」
 レイは戸惑うような表情を浮かべていた。
「……いただくわ」
「よかった」
 シンジは本当に嬉しそうに笑い、台所へと向かう。
 胸がドキドキする……
 レイはしばし胸元に拳を当てて立ち尽くす。
「どうしたのさ?」
「……なんでも、ない」
「そう?」
 レイがいつもの指定席へ着くのを見届ける。
 レイはアスカが放り出していく雑誌を愛読書にしていた。
 大半はただのファッション雑誌だ、アスカがシンジにどうかと尋ねるのに使っている。
「また、増えたのね……」
 シンジの個室から、レイの声が聞こえて来た。
「枕でしょ?、……アスカが使わないと怒るんだよね」
 料理を運び、並び終える。
「嬉しい?」
「……わからない、やめない?、食べる時はさ」
 ご飯ぐらいは楽しく食べたい。
「ええ、そうね……」
 それについては同意見だった。
「いただきます」
「いただきます……」
 一つの盛り皿にあるそうめんを椀のつゆに浸してすする。
 ズズズズズッと言う音がしばし流れ、そしてやんだ。
「ごちそうさま……」
「ごちそうさま」
 レイは何も言わずに立ち上がり、食器を運んで洗い始める。
 エプロンを着けた後ろ姿をじっと眺める。
 いいよな、こういうのって……
 いずれ誰かのものになってしまう光景。
 シンジはそう決めつけている。
 シンジはレイが見ていない隙に、ノートを取り出してネットに繋いだ。
 128件か……
 こちらに移ってからでは無く、向こうの高校で与えられていたメールアドレスをチェックする。
 開いて読んでみる。
 どれも同じか……
 不意にノートがフリーズした。
 ……爆弾入り?
 質の悪いウイルスを放り込まれたらしい、ノートはROMまで飛んでいた。
「どうしたの?」
「あ、なんでもないよ……」
 ノートを閉じて放り出す。
「……ねえ?」
「なに?」
「綾波は……、その、楽しいの、かな?」
「楽しい?」
 小首を傾げる。
「うん……、だってさ、ここに来たって、僕は何の相手もしてあげられない、おしゃべりもできない」
 一つ数えるごとに情けなくなる。
「配送されて来る毒物チェック済みのパックの封を解いて、綾波に分けてあげるだけ……」
 ねえ?っと、もう一度尋ねる。
「綾波には、それに意味があるの?」
 ストンと、レイはシンジの隣に腰を下ろした。
「……嫉妬、しているのかもしれない」
「え?」
 レイはシンジの手に手を重ねて、体重をかけた。
「あの人が持ち込む物を調べて……、わたしの知らない碇君が生まれないように目を光らせている……」
「そのために、来るの?」
 シンジをより感じようと、シンジの体にもたれ掛かる。
「シーツを見る度に、恐くなる」
「恐い?」
「ええ……」
 そこには女のレイが居る。
「もし……、あの人との……、何かが残っているのなら、わたしは……」
 瞳に艶が見て取れる。
「……そんなこと、できるわけ、ないよ」
 だがシンジは、その誘惑に力一杯抗った。
「なぜ?」
「アスカ……、綾波だって、本当なら僕なんかと口を聞いてちゃいけないんだよ?」
 それを決めているのは他人だ。
「あなたが与えてくれた地位なのに?」
「僕が壊し、二人が立て直した」
 その差はシンジの中で決定的である。
「それは歪んだ認識だわ……」
「僕が一人で勝手に望んで、そして勝手に元に戻した?」
 どう言い換えても、どれほどの人が死んだかは計り知れない。
「その中には、知っている人達がたくさん居た……」
 唇を噛み締める。
「友達や……、そのお父さんや、お母さんや、もっとたくさんの、綾波?」
 ギュッと唇を噛んでいる。
「……わたしには、その誰もが居なかったわ」
「あ……」
 しまったと後悔してしまう。
「エヴァのパイロット……、わたしは許可がなければ、人と話す事も許されなかった」
 パイロット以前に、通常認識されている「人」ですらなかった。
「わたしは、今は自由……、だけど、何をして、何をすればいいの?」
「綾波……」
 答えが思い浮かばない。
「そんなの……、僕には決められないよ」
 そっと、首に腕が回された。
「綾波?」
 抱きつきか、抱擁なのかはわからない。
「わたしは、こうしたいから、こうしているの……」
「そのために、ここへ来るの?」
「ここにしか、碇君が居ないから……」
 綾波……
 抱きしめようと、腕が動く。
 ピンポーン……
 しかしドアベルの音が鳴ってしまった。
「ちょっとシンジィ、いるんでしょう?」
 今日は直接上まで来たらしい。
 レイはすっと離れると、平然な顔をして自分の席に座り直した。
「綾波……」
 右の手のひらを無意識のうちに動かしてしまう。
「ちょっとシンジィ!」
 ガンガンガンっと、ドアを叩く音がする。
「う、うん!、ちょっと待ってよぉ!」
 シンジは慌てて、ドアを開けに立ち上がった。


「あ〜ん、シンジぃ!」
「わわ!」
 いきなりの抱きつきに慌てて支える。
「な、なんだよ!?、どうしたのさ?」
「あたし結婚させられちゃう!」
 ビク!
 シンジは緊張で堅くなった手をアスカの肩にかけた。
「ほんと……、なの?」
 アスカはぷるぷると首を振た。
「まだそうなるかもってだけ、マヤが無理矢理話を進めてるみたいなの」
 結婚……、か。
 一瞬、どんな相手だろうと思い浮かべる。
「……なんだ来てたの?」
 アスカはじっと嫉妬深く見つめているレイを見つけた。
 ちろっと抱きついたままでシンジに囁く。
「あんた、浮気なんてしてなかったでしょうねぇ?」
「し、しないよ、するわけないだろう!?」
 非常に焦った声を出す。
「ふぅん……、まあいいわ」
 とか言いながら、顔は「妖しいわねぇ?」と睨んでいる。
 呼んでもすぐに出て来なかったし、妙に挙動も、ね?
 とにかく今は、と、アスカはシンジに話して聞かせた。


「意外ね……」
「なにがよ!?」
 マヤは冷たい視線を向けた。
「もう大人だと思っていたのよ……」
「当ったり前じゃない!」
 アスカは当然のように噛付く。
「でもまだ子供ね?」
「どういう意味?」
 マヤは「はぁ……」っとため息をついた。
「自分の立場は、わかっているんでしょう?」
 立場、地位、名誉……
「そんなの……、周りが勝手に決めちゃっただけじゃない」
 日本だけの話ではないのだ、特にアスカの場合は。
「……弟さん、大きくなったそうね?」
 ピクリと反応する。
「そ、それがどうしたって言うのよ……」
 その反応に呆れ果てるマヤ。
「だから子供だって言うのよ……」
 マヤの声が堅くなった。
「いい?、ラングレー家はあなたのために名家となったのよ?」
「そんなの向こうの勝手じゃない!」
 アスカは聞くまいと耳を塞ぐ。
「いいから聞きなさい!、アスカにはドイツ国民……、いいえ?、世界中の期待がかかっているの!」
 アスカは態度を硬化した。
「だから!?」
「あなたの国籍はドイツなの!、圧力が高まればこれ以上の滞在期限の延長は認められなくなるわ……」
「そんな!?」
 顔が青くなる。
「これはね?、あなたを日本に繋ぎ止めるための措置なのよ……」
「え?」
「あなたに日本の姓を名乗らせるための、ね?」
 当然のように、そこにはシンジの名前は上げられていなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。