GROUVEL DAYS 4

「あたしは、ネルフの道具じゃない!」
 アスカはマヤに向かって訴えた。
「アスカ、ちょっとこっちへ来なさい!」
 発令所中の目が集中している、マヤは慌ててアスカを引っ張った。
「……ドイツに帰れば、アスカには相応しい血統の持ち主があてがわれるわ、これは地位を持つ人の義務、わかる?、アスカのお父様はそう考えているのよ」
 近くの休憩室を借り切る。
「パパ!?」
 アスカは驚いていた。
「そうよ?、ラングレー家が未成年の保護を理由に申し立てをしているの」
「そんなの勝手じゃない!」
 ママを……、あたしを捨てたくせに!
 他国の血が混ざっていると言う理由で。
「何が義務よ!」
 アスカははっきりと吐き捨てた。
「なによそれ!、あたしが何かしたからってちやほやされちゃって、それでのぼせて今度は上流階級入りしたつもりなの!?」
「アスカ!」
 マヤはさすがに怒りの声を出した。
「血統?、なによそれ!、あたしのママとパパの家族の間に何の関係があるってぇのよ?、あたしは精子バンクで売られてた……」
「アスカ、やめなさい!」
 アスカはギュッと唇を噛んだ。
 精子バンクで種を買い、アスカの母は彼女を産んだ。
 だがネルフのスタッフとして選出される段になって、アスカの出生についても全てが調べ上げられたのだ。
「ママがE計画のスタッフに選ばれなかったら、あたしはママと二人っきりのままだったのに……」
 アスカは肩を震わせていた。
「アスカ……」
「好きな奴ぐらい選んだっていいじゃない!」
 顔を伏せたままで叫びを上げる。
「あたしが自分で考えて、自分で選んだ奴よ!、そのどこがいけないの!?」
 顔を上げる。
 涙でくしゃくしゃになっている。
「昔はかまってもくれなかったくせに!、あたしがチルドレンとして認められたら、今度はそれを利用するの?、利用しようっての!?」
「アスカ!」
「嫌!」
 アスカは伸ばされた手を払いのけた。
「マヤなんて嫌い、ネルフも嫌い!、あたしはお人形じゃない!、自分で考えて、自分で決めるの!、自分でちゃんと生きていくのよ!」
「そのためにシンジ君を利用して!?」
 ビク!
 アスカの激しさが消えてしまった。
「自分が生きている、他人を支えている、それを証明するために、この世で一番傷ついてるシンジ君を選ぶの?、あなたは……」
 違う、違う、違う!
 アスカの膝が、ガクガクと震えだしていた。
「みなさい!、あなたはそれを知ってるじゃない!!」
 マヤはアスカの腕をつかんだ。
「さあ、検査しましょう」
「……検査?」
 アスカはわからない言葉に戸惑った。
「そうよ?、あなたと彼との関係については言及しないわ」
 ビクッとアスカは脅えた。
「だけどその行為が病原体をあなたの体に、血に混ぜ込んでいないと言う保証は無いの」
「なによ、それ……」
 まるでシンジ自身が、ウイルスであるかの様な物言いだった。
「なんでそんな言い方するのよ?」
 マヤは黙って睨み付ける。
「嫌よ!」
 アスカは逃げようとした。
「そんなの嫌!」
 検査を認めれば、きっとアスカの体からは、シンジの痕跡が全て消されてしまうだろう。
「もし妊娠してたらどうするの!、あなたにそれが育てられるの!?」
 赤ちゃん!?
 その心配は無い、あの後ちゃんと生理は来ている。
「血液の洗浄もあり得るわ、とにかく医務局へ……」
「嫌ぁ!」
 マヤの体がふわっと浮いた。
 なに!?
 気がついた時には、床の上に叩きつけられていた。
「アスカ!」
 立ち上がるが、もう遅い。
 訓練を受けているアスカが本気になれば、マヤごときでは取り押さえる事などできはしない。
「アスカ!」
 呼び止める声が聞こえる。
 嫌よ、嫌よ、嫌!
 不意にシンジのセリフが蘇って来た。
 でも、みんなは思ってる。
 誰も祝福してくれない。
 誰からも生き方を強要される。
 感情を持つな、命令に従え、従順でいなさい。
 そんなの嫌!
 それでは生きている事にならない。
 絶対に嫌よ!
 シンジの穏やかな寝顔が鮮やかに蘇る。
 記憶の中、朝日に照らされた少年に浮かんでいる、わずかな微笑み。
 あたしまだ、一度しか見てない!
 そんなシンジを、一度きりしか確かめていない。
「あたしがシンジを苦しめてるの!?」
 通路を駆け抜け、地下の駐車場へと一直線に向かう。
「あたしだから、ダメなの!?」
 そんなことはない、と信じたい。
「だってシンジは言ったもの!」
 車に飛び込み、キーを差し込む。
「あたしに笑いかけてもらいたいって!」
「アスカ!」
 ヘッドライトの中にマヤの姿が飛び込んで来た。
 ブォン!
 アスカは迷わず、さらにアクセルを踏み込んだ。
「くっ!」
 跳び避けるマヤ。
 バックミラー、そしてルームミラーにもその姿は写り込んでいる。
 だがアスカは両方とも目をくれはしなかった。


「短い生活だったな……」
 シンジは真っ暗な部屋の中で、一人ぽつんと座っていた。
 月明かりさえも無い夜。
 綾波、今日は来ないのかな?
 くすっと、何故か笑ってしまった。
 バカだよな、僕も……
 すっかり依存していた自分に気がつく。
 そう都合よく、助けてくれるわけないじゃないか……
 台所に目を向ける。
 なんでシチューなのよ!
 え?、だって今朝は……
 今朝は今朝よ!、お昼にハンバーグが食べたいって言ったでしょ!?
 そ、そんなぁ……
 まったくもう!、どうしてそう気が効かないのよ!?
 ご、ごめん……、作り直すよ。
 いいわよもう!、別に嫌いってわけでも無いし……
 え?
 なんでもないわよ!、ばか!
 真っ赤になって、自分の子供っぽさに照れている。
 今度はバスルームに視線を動かした。
 あっつーい、バカシンジ、なにやってんのよ!
 ご、ごめん!、でも熱い方が良いって言ってたから……
 熱いにも程があるわよ、あんた加減ってもんを知らないの!?
 だ、だって……
 だってもヘチマもなーい!、熱いって言うのはね、人肌よりもちょっと熱いくらいがちょうどいいのよ!
 ひ、人肌ぐらい?
 そ、こ、このくらいよ?
 照れながら、シンジの手のひらを自分の頬にアスカはあてがう。
 どう?、わかった?
 アスカ、照れてたな……
 ふっと笑みが浮かんでしまう。
 記憶は幾つも蘇る、昔のものと、今のものとの、良いものばかりが。
 全部……、捨てなきゃいけないんだよな。
 想い出を。
 嫌われなくちゃいけないのか……、でも、どうやって?
 目前に、レイの幻が浮かび上がる。
 あるいはレイを、道具として利用すればいいのかもしれない。
 抱くのか?、綾波を……
 それでいいのかもしれない。
 レイの気持ちを踏みにじり、アスカを裏切る事になりさえすれば。
 嫌われる。
 ズキン!
 シンジは傷む胸に体を折った。
 嫌だ、嫌だ、嫌だよ!
 何でだよ!っと心が叫ぶ。
 なんで嫌われなくちゃならないの?
 傷つけるのは嫌で、傷つくのはもっと嫌だったはずなのに……
 こんなに辛いのはもう嫌なんだよ!、助けてもらう事も許してくれないの?、気持ちって何?、隠さなきゃいけないなら、なんでこんなこと考えちゃうんだよ!
 ごろんと、丸まったままで転がってしまう。
 アスカ、アスカ、アスカ!
 微笑むアスカ、怒るアスカ、泣くアスカ。
 そして乱れるアスカが思い浮かぶ。
 どれも僕のものになんてならないんだ……
 シンジはふらりと立ち上がった。
 ふらふらと戸口に向かう。
 シュ!
 シンジが出て来るのを知っていたかの様に扉が開いた。
「シ、シンジ!?」
 驚いたアスカが居た。
「シンジ!」
 抱きつく。
「シンジ、シンジ、シンジ!」
 押し倒しかねない勢い。
 髪の香りが、シンジに相手が誰かを伝える。
 アスカだ……
 だがシンジの反応は冷たかった。
 冷めた瞳で、アスカを見下ろす。
「シンジ?」
 アスカはようやく、シンジの異常さに気がついた。
「どうしたのよ、シンジ……」
 真っ暗な部屋、思い詰めた表情のシンジが立ち尽くしている。
 ゆっくりと震える手が持ち上がる。
 僕は……
「な、なに!?」
 アスカの首に、シンジの手がかけられた。
「シンジ?」
 力がこもる。
「ちょ……、やめて、シンジ!」
 シンジの口がぱくぱくと動いている。
 なに?
 その動きをじっと読む。
 死んで……
 僕と一緒に死んで。
 僕を一人にしないで。
 一人はもう、嫌なんだ……
 その台詞は、アスカに誰かを思い浮かばせる。
「嫌ぁ!」
 ドン!
 アスカは力一杯シンジを突き飛ばした。
「嫌、嫌、嫌よ!」
 頭を抱えてしゃがみこむ。
「死ぬのは嫌!、あたしは自分で生きるの!、あたしはあんたの人形なんかじゃ!」
 そこまで言ってからはっとした。
「シ、シンジ!」
 我に返る。
「シンジってば!」
 あはは、はは……
 シンジは座り込んだまま、狂ったように笑いを漏らしていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。