L.A.S.GROUVEL DAYS 5
「シンジ!」
四つんばいでシンジに近付く。
シンジの肩を揺すろうと手を伸ばす。
ぴたっとシンジの笑いがやんだ。
「シンジ?」
伸ばした手を引っ込める。
「アスカ……」
「な、なに?」
アスカは期待するように顔を覗き込んだ。
「……嫌いだ」
それははっきりとした拒絶だった。
なに?
他の一切を感じさせない言葉に体が震える。
「アスカも、父さんや母さんと同じだ……」
パパや、ママと!?
人形に微笑む母と、その傍らで浮気に勤しむ父を思い出す。
「必要になったらかまって、後は捨てるんだ、都合よく」
「あたしは!」
「道具にすぎないんだ、アスカにとっても、都合の良い……」
あたしはパパの道具じゃない!
でもマヤは指摘した。
道具にしていると。
あたしはパパと同じなの?
ならシンジはどうだろう?
ここで泣いているシンジは誰なのだろう?
ママ?
先程の言葉は、誰が口走らせたものだろう?
あたし?
「ご、ごめん、シンジ、あたし……」
父が都合よく近付き、そして都合よく捨て、母は壊れた。
「もう、いい……」
いいわけなんて、いらない。
そんなシンジの心が聞こえた。
「ねえ……」
すがるような瞳。
「どうして、アスカは優しくしてくれようとしたの?」
シンジの言葉は既に過去形。
「わからないんだ……、みんな、どうして僕なの?」
レイにも尋ねた。
「別に僕でなくてもいいんだ……、僕もアスカでなくてもいいんだ、でもアスカなんだ、お願いだよアスカ、答えてよ!」
言っている事が妖しくなっている。
「あたしは……」
アスカはシンジの頬を両手で挟み込んだ。
「あんたでなくてもいい」
そして顔を上げさせ、続ける。
「でも、選んだのはあんただったわ」
逃がさない……、アスカはシンジの右目にキスをした。
「アスカ?」
驚きが正気を持ち込む。
「あんた以外にも可哀想な奴はいるし、シンジ以上にあたしに優しくしてくれる奴なんていくらでもいるわ……」
「そうだよね……」
でもうつむけない、アスカの手がそれを許さないからだ。
「でも、あたしがあんたを選んだのよ……」
「え?」
「多分みんなそう……、あたしも、あの女も……、そしてあんたも」
「僕も?」
「そうよ?」
今度はシンジの唇へのキス。
「ん……」
上唇をついばむ。
始めは顔を右側に倒し、次は左に鼻先を入れ替えて、続けて二度キスをした。
「シンジ?」
アスカのとろんとした瞳がある。
「なに?」
シンジはその行為に脅えている。
「そりゃあ……、たくさんの人があたしのことを知ってる、でもあたしが知ってるのはほんの一握りの人達なの」
世界中の人達が知っていても、アスカが話した事があるのはわずかな人達。
「でもその中で選んだのがあんただったの」
「僕?」
「そうよ?」
微笑む。
「きっとみんなそう……、自分に近い人の中から、みんな一番を探していくの、いつも……、いつも」
ギュッと頭を抱きかかえる。
「毎日、いつも、ずっと……」
「僕じゃ……、なくてもいいの?」
シンジは諦め切ったように尋ねた。
「あたしじゃなくてもいいんでしょう?、でもあたしが一番あんたの理想に近かったのよ……」
アスカはシンジの心を断定する。
「そんな……」
「心なんて、永遠じゃないわ」
同じ想いなんてありはしない。
「あたしはあんたのことが好きよ?」
いつかは嫌いになるかもしれない。
「でもそれは当たり前の事なのよ……」
今は一番、気になるから。
「あたしね?、あんたならって思う」
シンジ以外なんて考えられない。
「違うわね?、あんたじゃなきゃ嫌よ……」
ギュッと頭を抱え込む。
「良く聞いて……」
柔らかな胸がシンジの頭を包み込んだ。
「あたし、ようやくわかったわ……」
トクン、トクンと、落ちついた音がする。
「パパと、ママの気持ち……」
「お父さんと、お母さん?」
アスカは小さく頷いた。
「そうよ?」
シンジは頭で、その顎先の動きを感じる。
「ママはね……、一人が嫌で、あたしを作ったの」
精子バンクで買われた子。
それは以前、アスカ自身から聞いている。
「でもパパを見つけた、ママは恋がしたかったみたい……、でもダメで、だからお仕事に夢中になって……」
シンジは口が挟めない。
「結局言いなりになる、お人形を選んだの」
アスカの声は震えていた。
「アスカ……」
「パパは!」
つい大声で遮ってしまう。
「パパは……、ママと恋がしたかったみたい」
「お母さんも、じゃなかったの?」
アスカは小さく首を振った。
「ママは女の人だったの、女の子には戻れなかったの……、パパもママも、出会った時にはお互い理想に一番近かったんだと思う……」
「見付けたんだ、その後に違う人を……」
頷くアスカ。
「あたしもそう、パパに見てもらいたくて、ママに抱いてもらいたくて、みんなに認めてもらいたくて、……今はシンジに」
少し離れ、シンジの瞳に問いかける。
「僕は……」
思い返す。
母さんは……、父さんを見つけて、でもそれ以上に大事ななにかを見付けたんだよね?
この星を見守ると決めた母。
でも父さんは……
死んだ妻以上の人を見付けられず、追いかけた。
母さんが死んで、周りにいる人達は、二番目以降でしかなかったんだ……
だから追いかけた、妻を。
「……僕は」
母を求めた。
父の背中を追いかけた。
捨てられた。
良い子になって、先生に誉めてもらおうとした。
戦って、ミサト達に……
レイに、アスカに。
「アスカ……」
シンジの目から、涙がこぼれた。
「僕は……」
父が羨ましくなった。
全てを捨てたんだ、父さん……
たった一人を追いかけるために。
捨てられたのは僕なのに……
急に理解できた気がした、父の裏切りを。
それが、僕のしたかった事なの?
永遠に持ち続けたい気持ち。
それは一つを取って、全部を捨てる事なの?
二番目を作らない。
綾波を、ミサトさん達を、想い出を捨てて……
たった一人だけを見つめる。
アスカだけを見つめ続ける。
アスカだけを取るの?
それができたのが父だ。
僕にはできない!
なら、どうすれば良いのだろう?
「僕は……、流される事しかできない」
アスカに懇願する、アスカの腕にしがみつく。
「嫌なんだ!、アスカに甘えると綾波が泣きそうな顔をするんだ、嫌なんだ!、綾波に甘えるとアスカを裏切るみたいで恐いんだ!」
「シンジ……」
シンジ、気がついてるの?
シンジのセリフは、アスカを基準にしてしまっている。
「恐いんだ!、もう誰も傷つけたくないんだよ!、傷ついた顔をされるのが恐いんだよ!、でも嫌なんだ……、顔を作って、騙すのも嫌なんだ……」
泣いてたんだ、シンジも……
あの堪えているような顔の下で。
アスカは再び、今度は背に手を回すように抱いた。
「シンジ……」
頬に頬をすりよせる。
「それで良いじゃない……」
優しく、優しく……
汗でべとついたシンジの肌に、アスカのさらっとした肌が滑る、
「都合が良くても、良いじゃない……」
ひっくと、シンジはしゃくりあげる。
「あたしだって、恐いもの……」
たった一つものを選んで、常に他を傷つけて来た人達。
それが自分の両親、親達。
「恐いもの、恐くないようにして、お願い……」
アスカは頬を滑らせ、そのまま唇を唇へ触れ合わせた。
「いま、あたしはシンジが欲しいの……、シンジは?」
ためらう。
「心をちょうだい……」
「そんなの……」
「やり方は……、教えたでしょ?」
シンジの顔を、自分の胸元にそっとあてがう。
「ね?、わかる……」
「なに?」
「汗、かいてる……」
それは確かに、嗅げばわかる。
「……うん、甘い香りがする」
「バカ……」
真っ赤になる。
「あ……」
鎖骨の溝をじっと見る。
その周りの、白かった肌が赤みを帯び始めていく。
「アスカ……」
見上げる。
「シンジ……」
見下ろす、潤んだ瞳で。
時間が、ゆっくりと流れ始めた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。