GROUVEL DAYS 6

 アスカの、唇だ……
 口紅か、リップか……
 光っているように見えた、あるいは先程のキスのためかもしれない。
 少し首を伸ばしてしまう。
「シンジ?」
 何をするの?
 小さな動きがそう尋ねたようだった。
 シンジはそのまま引き戻そうとしてしまう。
「バカ……」
 アスカは目をつむった。
 シンジはそれでも臆病な目で見つめる。
 アスカは手でシンジの手のひらを包み、頬に触れさせる。
 柔らかいや……
 きっかけを与えられて、シンジはアスカの顔を引き寄せた。
 かする鼻先、触れる唇。
 アスカ……
 シンジには見えないが、アスカのまつげが小刻みに揺れている。
 キス……、した……
 シンジから。
 ほんの少し、お互い唇が開いている。
 それは意識してのものでは無くて、緊張からくるもので……
 やだ、恥ずかしい……
 自分からならば、自然に振る舞えた事なのに……
 動けないじゃない!
 もう触れてもらえないと言う恐怖が、離れる事を脅えさせた。
 かと言ってこれ以上求めれば、嫌らしいと感じられる。
 シンジは、どうなのかしら?
 様々な想像が浮かぶ。
 もっとしたいの?
 先程から動かない。
 あたしの唇……、どうなの?
 荒れてる?
 べたついてる?
 固い?
 シンジは何も答えてくれない。
 触れ合ったまま、なにも求めてくれない。
 どうして?
 わからない。
 どうして?
 恐い。
 やっぱり、嫌になったの?
 塗り潰される想い。
 シンジ……
 まだ時間は一瞬過ぎただけ。
 アスカ……
 シンジは離れられなかった。
 アスカ。
 もっと求めたい。
 アスカ!
 でも抑えてしまう。
 アスカは許してくれてる……
 だからこそ、これ以上の負担にはなれない。
 いいじゃないか、アスカは良いって言ってくれてるんだ!
 ぐっと手に力をこめそうになる。
 体を抱き寄せてしまいそうになる。
 アスカが欲しいんだ!
 その体にキスしたい。
 アスカが欲しいんだよ!
 肌のキメが見えるほど、側で香りを嗅いでみたい。
 アスカを感じたいんだよ!
 肌に証しを刻み込みたい。
 調子に乗るんじゃないわよ!
 想像に歯止めがかかった。
 シンジが隠している恐怖。
 わかってるんだ……
 ブレーキになるのは、いつも以前のアスカの姿。
 言葉。
 シンジはアスカと違い、目は開いていた。
 離れよう……
 諦めに似た、勝手な想い。
 もう十分だよ。
 たくさんのことをしてもらったから。
 貰えたから、嬉しかった。
 シンジは唇を離そうと動いた。
 感触が、触れている面が、少しずつ減っていく。
 シンジ!?
 一度に押し寄せた想いがパニックを引き起こす。
 行っちゃ嫌よ!
 強烈な想いだけが突き抜けた。
 離れていく、動きからわかる、シンジはまたアスカから身を引こうとしている。
「……どうして?」
 ゆっくりと瞼を開く。
 アスカは唇が完全に離れてしまう前に問いかけた。
「どうしてやめるのよ?」
 つうっと、涙が流れた。
「ねえ?、なんでよ……」
 シンジはアスカの涙に息を呑んで、意味を取り違えた。
「……そんなに、嫌だったの?」
 パン!
 勢い、シンジの頬を叩いてしまう。
「バカ!、あんたからしてくれたから、あたし、あたし!」
 涙が止まらなくなった。
「あたし……、そんなに嫌な女に見えるわけ?」
 情けなかった、自分が。
「シンジには演技でするような女に見えるの!?」
「ち、違う、僕は!」
「じゃあなによ!」
 アスカの勢いに脅えるシンジ。
「……だって、どうすればいいの?」
「え!?」
 シンジのおどおどとした態度に、アスカは再度振り上げた手を止めた。
「どう……、って」
「こんなの……、知らないから」
 一瞬頭が真っ白になる。
「し、し、し、知らない!?」
「うん……」
 怖々と見上げる。
「嫌われたくないんだ……、でも、何をすればいいの?」
「そ、そんなの……」
 いまさらながらに真っ赤になる。
「胸に……、触ればいいの?」
「ばっ!?」
 バカ!っと怒りそうになって、はっとした。
 シンジがその反応を確かめていたからだ。
「ほら……」
 逃げようとする。
「怒るじゃないか……」
「口に出すからでしょ!」
 シンジは小さく首を振った。
「だって何をしても怒られそうで恐いんだ……、だって怒ったじゃないか、アスカ……」
 シンジは目をそらした。
「あたしで、してたんでしょって……」
「!?」
「気持ち悪いって……」
 なのに許してもらえるとは思えない。
「だから、今は……」
「怒るんだよ!、頭の中で、アスカはやっぱり怒るんだ!」
 シーン……と、空気が静まり返った。
「怒られないようには、どうすればいいの?」
 無言。
「ねえ?、どうすれば怒らないの?」
 無音にはっとする。
「あ……、そっか、まただね?」
「なに?」
「機嫌取るなって、人の顔色うかがうなって、やっぱり怒られてる……」
 アスカはまた感じた、再会した時と同じことを。
 前より、悪くなってる……
 シンジの心は、ずっと同じ所で立ち止まっている。
 進もうとしない、進めない。
 あたしなの?
 そこに立ちふさがっているのは、まぎれもない、アスカ自身。
 昔の、あたし……
 怒るべきは自分。
 シンジを振り回した自分。
 あたしは、出て行く事も出来たのに……
 ユニゾンの特訓の後は自由だった。
 あそこに残る事を選んじゃって……
 勝手にシンジを妬んで。
 うらやんで。
「シンジ……」
 シンジはアスカの言葉を待った。
「じゃあ、そこから始めましょうか?」
 頬を挟み込み、またキスをする。
 今度はごくあっさりと離れてはにかむ。
「まずはキスからよ?」
「アスカ……」
 呟くと、またキスされた。
 口先をわずかに触れ合わせたままで説明する。
「朝と、昼と、夜……、ううん、もっといっぱいするのよ、あたし達は」
 また、今度は頬に吸い付いた。
「アスカ、なにを……」
「恐くないように……、教えてあげるの」
 アスカは離れて、シンジの両手を両手で包んだ。
「何が許されて、なにがダメなのか……、一つ一つ教えてあげるわ?」
 優しい笑顔。
「でも……」
「ん?」
「僕はなにもできない……」
 アスカは急にニヤニヤとした。
「なにもって、なによ?」
「あ……」
 カーッと赤くなるシンジ。
「大丈夫よ……、あたし、そんなに魅力無いわけじゃないもの」
「え?」
 シンジにガバッと抱きつく。
「あんたが我慢できないぐらい、迫ったげるわよ!」
「え!?」
「こうしてね?」
「ちょ、アスカ!」
 シンジはアスカに押し倒された。
「ちょっと!」
「シンジは、したくない?」
 組み伏せて、アスカはシンジに真っ直ぐ尋ねた。
 両腕で体を支えて、その下にはシンジを囲って。
「アスカ……」
「あんたを……、恐がらせたくないから」
 アスカは力を抜き、シンジの胸に体を伏した。
「今日は、これで我慢したげるわ……」
 体に腕を回し、シンジの胸に耳を当てる。
 鼓動が、聞こえる。
 甘えたいくせに……
 アスカはそのままで笑った。
「シンジ?」
 シンジの、居場所を探していた手が止まる。
「いいから、抱き返してよ……」
「うん……」
 ゆっくりとアスカの背中に腕を乗せる。
 あれ?
 シンジは思った。
 細いんだ、アスカの体って……
 自然と左手がアスカの髪にさし込まれた。
「それでいいのよ、バカシンジ……」
 髪をすかれる心地好さ。
「うん……」
 シンジは頭から首筋までを、何度も何度もゆっくり撫でた。
 右手は背中に乗せたまま。
 それに軽いんだ、アスカ。
 少しも重く感じない。
 胸の柔らかさ、股の間に差し込まれた足が、シンジの股間を押している。
 それはアスカの「わざと」だが、シンジの意識はそこにはなかった。
 アスカは、いるんだ、ここに……
 そのことだけで、十分で……
 だがやはり、アスカには少し不満であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。