Falling Down 1

 名前は変えればすむこと。
 指紋は書き換えれば良いだけのこと。
 顔も作り直しは効く。
 戸籍の偽造は更に簡単に行える。
 それでもシンジがシンジである事を強要されているのは、「ここ」にデータがあるからだ。
「レイ!、なにをしているの!?」
 マヤが居ない隙に、レイはその部屋の端末機に触れていた。
 流れているのはチルドレン、E計画に関するデータだ。
 操作はしていない、キーボードに軽く触れているだけ。
「やめなさい!」
 その肩をつかもうとするマヤ。
 パン!
「なに!?」
 だが電気のような痺れと共に弾かれた。
「ATフィールド!?」
 マヤはモニターに視線を移した。
「あなた!?」
 データのデリートが行われている。
 MAGIに侵入して!?
「どういうつもりなの!?」
「消しているだけよ……」
 レイは冷たい眼差しを向けた。
「消して……って」
 マヤもきつい目を作る。
「無駄よ!、データのバックアップは……」
「それも消したわ」
 驚きに言葉を失う。
「そんな!?」
「共存は消滅とは違うもの……」
 その言葉にはっとする。
「使徒!?」
「退治しているの、使徒を……」
 プログラム化した使徒は、MAGIと接触を持った全てのコンピューターに末枝を広げていた。
「コアを潰せば、末端まで壊れていくわ……、彼がその内に貯えたデータと共に、維持できなくなった姿と共に」
「やめなさい、レイ!」
「もう、終わりよ?」
 ピー……
 全てのデータがKILLされた。
 ネルフ本部のみならず、支部まで突然の事態に非常警報を鳴り響かせる。
 が、復旧はあり得ない、データのほぼ全域にまで成長し、食らっていた使徒が死んだのだから。
「これで……、自由よ、碇君は」
 ターミナルやネットに繋がっていないコンピューターまでも、本体の死を受けて壊れていった。
 崩れ落ちるように膝をつくマヤ。
 レイは冷ややかに彼女を見下ろす。
「碇君……」
 踵を返すレイ、だがマヤは引き止める。
「待ちなさい!」
 ゆっくりとレイは振り返った。
「なに?」
「あなたがシンジ君の何を知っていると言うの?」
 ピクッと、肩が震える。
「知っているわ……」
 マヤの顔が、奇妙な形に歪みを見せる。
「一緒に戦った事?、守ってくれたこと?、手を差し伸べてくれたこと!?」
 レイは自分に言い聞かせるように答えた。
「……そうよ」
「嘘ね」
「……なぜ?」
「あなたの信じているものが、全て虚像だからよ!」
「なにを……」
 レイの見ている前で、マヤはゆっくりと立ち上がる。
「一緒に、頑張ろう、全部嘘じゃない、あなたに言っているつもりで自分に言い聞かせていた言葉よ!」
 今やらなくちゃなんにもならないんだ。
「全部自分のために吐いた言葉よ!、戦っていたのは捨てられるのが恐かったから!」
 ただいま……
「戦ったのは逃げ出す罪悪感に囚われたから!」
 みんな死んじゃうんだ……
 そんなのもう嫌なんだよ!
「取り残されるのが恐かっただけじゃない!、人に生きてて欲しいなんて思ってない!、あなたのことなんて見てないのよ?、ただ、自分が……」
 だから。
「サードインパクトだって、それが嫌で!」
 うっうっうっ……
 嗚咽が漏れ始める。
「あなたを心配した事なんて一度もないじゃない……、なのに」
 それでもあなたはシンジ君を信じられるの?
 マヤは言外にそう尋ねている。
 レイは後ずさりするように部屋を出た。
「うっうっ、先輩……、どうすればいいんですか?、先輩……」
 マヤもまた、シンジと同じようにすがっていた。


 そして夜が明けた。
 朝日が眩しい、シンジはゆっくりと瞼を開く。
 きつい芳香が鼻をくすぐった。
 アスカだ……
 シンジは髪に差し込んだままの手を動かした。
「ん……」
 反応が返って来た。
 首筋を撫でる。
 細いや……
 はっきりとは覚えていない。
 でも……、絞めようとしたんだよな、この首を。
「んん……」
 うなじから、耳の裏、そして顎先へと手を這わせる。
「や、ん……」
 もだえる声に手を止めた。
 金色なんだ、アスカの髪って……
 普段は赤い、だが朝日が髪を透かしていた。
 止めた手を今度は少し上げてみる。
 さらっとその盛り上がりに髪が流れた。
 奇麗だよな……
 近過ぎて顔は見えない。
 シンジの肩に顎先がかかっている。
 再び手を差し入れ、シンジはふうっとため息をついた。
「もう終わり?」
 囁きが耳朶を打った。
「起きてたの?」
 くすっと言う笑い、わずかに動く顎先にくすぐられる。
「……ごめん」
 謝るシンジに、アスカは耳元で囁きかけた。
「ねえ?、シンジ……」
「なに?」
「……したくない?」
 嫌な予感が当たってしまった。
「いいよ……、このままで」
 すりつけられる腰には何も感じない。
 この方が気持ちいい……
 今はこうしていたいと思う。
 だからそれは素直な答えだ。
 なによ、人の気も知らないで……
 だがアスカはシンジが夕べのままだと決め付けた。
 もう!、その気になってんのに……
 下半身がうずく。
 もう一秒も我慢できないのよ!
 シンジの胸に手を当て体を起こす。
「うん……、なによ、もう」
 少しだけこめられた力に阻止され、アスカは再び体を重ねる。
 不満の声を漏らしてあがくが、回されている腕には抗えない。
「教えてあげるって言ったじゃない……」
 顔をのけぞらせて脅えるシンジ。
「……恥ずかしいよ」
 顔を見ないように努めて逃げる。
「嫌よ、もう我慢しないんだから……」
 アスカはがばっと襲いかかった。


「なにを……、しているの?」
 シャツのボタンを外しブラを振り回しているアスカ。
 それをシンジが羽交い締めにして、腰に足を回して固めている。
「あ、綾波、助けて!」
 小首を傾げる、どう見てもシンジが乱暴しているようにしか見えない。
「何であんたがこんな時間から来るのよ!」
「……もうお昼よ?」
「学校は!」
「……それはあなたもでしょ?」
「あたしは大学出てるからいいのよ!」
「そ……、でもネルフに出頭命令が出ていたはずよ?」
 ちっ!
 アスカは吐き捨てて暴れるのをやめた。
「……いつまで抱きついてんのよ?」
「え?、あ……」
「離しなさいっての!」
 ぶんっと腕を振ってシンジを引きはがす。
「いい?、バカシンジ!」
「え?」
「浮気したら、殺すわよ?」
 血の気がザザァッと一気に引いた。


「あ〜あ……」
 昨日の今日なのであまり来たくは無かったが……
 マヤと話し付けなくちゃ……
 そのためにカードをゲートのスリットに通す。
「…………?」
 反応が無い。
「なによこれ……」
「あ、惣流さん!」
 慌てて警備主任が駆け寄って来る。
「何かあったの?」
「それが……」
 耳打ちするように声を潜める。
「なんでもメインコンピューターにトラブルがあったらしくて……」
 メインコンピューター?
 メインと口にされれば一つしか無い。
「MAGIに!?」
「あ、詳しいことは、わたしどもでは……」
 申しわけなさそうに頭を下げる。
「あ、いいのよ……、じゃあ通ってもいいわね?」
「はい、あ、あちらでサインだけお願いできますか?」
「わかったわ……」
 時代を無視したノートに記帳して、アスカはマヤの元へと急ぎ歩いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。