Falling Down 2

「碇君……」
「綾波……、今日は早いんだね?」
 尋ねるシンジに、レイは逃げるようにそっぽを向く。
「……綾波?」
 思い切れないのか、唇を何度も濡らしている。
「ネルフを……」
「え?」
「出たから」
「綾波、なに?」
 今度は真剣な顔を向けて口にする。
 シンジはもう一度告げられるまで、その意味を理解する事ができなかった。


「あいつが!?」
 うなだれたマヤは、どっと歳老いたようにも見える。
「ええ……、おかげでネルフは、もう……」
 何とか体を起こすのだが、そのままギィっと背もたれを鳴らすにとどまる。
「アスカはどうするの?」
「なにがよ?」
 自嘲気味の笑みを浮かべるマヤ。
「今なら……、ネルフから抜けられるわよ?」
「!?」
「個人記録は消えたわ……、一度でも触れたデータは、デジタルである限り全て消滅」
 生写真や雑誌を除けば、全て消えたと言う事になる。
「だからって、そう簡単に……」
「あなたはそうね?、でも……」
「でも?」
「シンジくんは、どうなのかしら……」
 アスカは弾けるように飛び出した。


「……アスカの感触か」
 シンジは壁にもたれていた。
 部屋に差し込む弱めの陽射し。
 右手を顔の前にかざして見つめている。
 アスカの胸、腕、足。
 共通してそこに見えるのは『白い肌』
 ぞくっ!
 寒気が走る。
 なに?
 理由が見つからない。
 右腕を下ろし、正面を見つめる。
「なに?」
「ううん、ごめん……」
 レイがテーブルを拭いていた、ちょうど昼食を終えた所だ。
 シンジは瞼を閉じてみた。
 覆い被さるアスカが見える。
 自分の体を支えて、シンジの視界を髪で塞ぎ、まっすぐ見つめる青い瞳。
 やっと一人になれた……
 そう思うのと同時に、別の気持ちが沸き起こる。
 僕……、いま?
 ほっと一息ついている。
 安堵している自分がいる。
 でも、それは心地好くて……
 独り……、だから?
 シンジはそんな自分に落ち込んだ。


「「ん……」」
 レイは身を投げ出すように、シンジはその重さに耐えるように抱き留める。
「温かい……」
「アスカの香りが、しない?」
 レイはシンジの首元に顔を埋めた。
「……するわ」
「だろうね?」
 シンジが寝ている間、ずっと抱きつくように眠っていたから。
「……落ちつけなかったな」
「なぜ?」
「だって……」
 またも襲って来た寒気に、ついレイの体を抱きしめてしまう。
「碇君?」
 ガタガタと震えている。
「なに?」
 レイもシンジを抱き返した。
「見えるんだ!」
 シンジは堰を切ったように叫びを上げた。
「僕は恨まれるためにここに居る!」
「ええ……」
「綾波もだ、嫌なこと言われたでしょ?、僕に関ると巻き込まれるように嫌な目に会うんだ!、それは……」
「それは?」
「……みんなの幸せが壊れてくって事なんだ」
 息を飲む。
 シンジをいじめた同級生。
 アスカとの関係を追及したクラスメート。
 本来ならこの世界にはあり得ない性格の人間達……
「僕が、いるから……」
 その攻撃はアスカとレイをも捕らえるだろう。
 本当は違うと分かっている。
 寒気の正体は違う所に。
 アスカも……、綾波も?
 レイの冷たい瞳が恐くて、離れられない。
 いま昔の様な冷めた瞳で覗き込まれれば……
 僕は……
 きっと壊れてしまう。
「……んわ」
「え?」
「電話よ?」
 ルルル・ルルル・ルルル……
「いいの?」
 シンジは恐怖にしがみついた。
「いい……」
「そう……」
 頬を染めて体を預ける。
 レイはシンジが選んでくれたようで嬉しかった。
 しかしシンジの心は、レイの望みからは遠かった。


「バカシンジ!って、あああああー!」
 慌てて駆け戻って来て大声を出す。
「なんであんたがまだ居るのよ!」
 レイを指差し声も限りに非難する。
「……なんでって」
 呑気にジュースを飲んでいたシンジは、確認するようにレイを見た。
「今朝からずっと居るし……」
「あんたさっき電話に出なかったじゃない!」
 あれアスカだったんだ……
 出とけば良かったかな?っと後悔する。
「なに黙り込んでんのよ!」
「あ、ごめん……」
「ごめんじゃないわよ!、あんたまさか……」
「なんだよ?」
「……浮気してたわね?」
 数秒睨み合った後、シンジがはぁっと溜め息を吐いた。
「なによその態度は!」
「別に良いだろう?」
「良いって……、どういうつもりよ!」
「別にアスカと付き合ってるわけじゃないよ!」
「ふざけんじゃないわよ、あたしがどれだけ……」
「だったら!」
 シンジはケンカを売るように立ち上がった。
「来なきゃ良いじゃないか!」
「なんですってぇ!?」
 売り言葉に買い言葉だ。
「別に頼んでるわけじゃないんだから来なきゃいいんだ!」
「あんた本気で!?」
「どうして頼んでもいない事で偉そうにされなきゃいけないのさ!」
「シンジ!」
「別に苦労なんてしてもらいたくない!」
「シンジ!!」
「あ、アスカ、なんて」
 何故かどもる。
「大っき、らい、だ!」
 堪えるように言い放つ。
 アスカの表情からは、何もかもが消えうせた。
「……わかったわ」
 冷たい声にびくりと震える。
「さよなら!」
 出て行く、いいや、去っていく、ゆっくりと歩いて。
 ガチャ!
 オートでロックがかけられた。
 それを待っていたかの様に、シンジはようやく膝をついた。
 ……うっく、ぐす、ひっく。
 しゃくりあげる声。
「……よかったの?」
 これで。
 レイの問いかけにも、シンジは答えることなく泣いていた。


 ドアを閉める、そのままもたれる。
 はぁ……
 溜め息を吐く。
「なんてね?」
 ここ数日でシンジの心変わりには慣れていた。
 また下らない事を気にしてるんでしょうけどね?
 さっぱりとした感じでエレベーターへ向かう。
「さてと、ファーストでも待ちましょうかね?」
 アスカは夜までの時間を、車の中で過ごして待った。


 意外にもレイはそれ程待たずに下りて来た。
 シンジね?
 一人にしてくれとでも頼まれたのだろう、そう確信する。
「ファースト!」
 ファン!っとクラクションで呼び止める。
 怪訝そうに顔を向けた後、アスカだと気がついて車に寄った。


 ブォン!
 助手席にレイを乗せて走り出す。
「あんたもずるいわね……」
 アスカは内心の苛立ちを隠していた。
 レイは無言で真正面のただ一点を見つめている。
 両手は揃えられた膝の上だ。
「……あたしに隠れてシンジに取り入ったってわけ?、あ、そう言えば」
 アスカはバラした。
「シンジ、あたしと仲良くするとあんたが悲しそうにするって困ってたわよ?」
 ピクッとレイの肩が反応した。
「どう?、ちょっとは話を聞く気になった?」
 ゆっくりと顎を引き、レイは表情を引き締める。
「必要……、ない?」
「え?」
「わたしの、存在……」
 オオン!
 すれ違う車。
「あんたなに言ってんの?」
 レイはギュッと拳を握っていた、手が白くなってしまうほどに強く、堅く。
「エヴァのパイロット、サードインパクトのために……」
「ファースト!」
「……作られたわたし、知っているんでしょ?」
 赤い瞳が答えをうかがうように横を向く。
「知ってるわよ」
 真実は知らない、だがただの人間でないことは知っている。
「知ってるわよ……」
 サードインパクトがあったから。
 キキッ!
 急ブレーキ、レイのマンションに着いたのだ。
「……降りないの?」
 レイの雰囲気から、何かを切り出そうとしているのがわかる。
 アスカは「ふう」っと溜め息をついた。
「寄ってくぐらい、かまわないわよね?」
 レイは小さく頷いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。