Falling Down 3

「相変わらず、機能美一点張りな部屋ねぇ?」
「そう?」
 それでも紅茶をさり気なく用意する辺り、以前のレイとは違っている。
「掃除してるの?」
「……ネルフの清掃局員が」
「そ」
 そっけなく言い、アスカはレイのベッドにぼんっと座った。
「ありがと」
 レイからカップを受け取る。
「……話したい事があるんでしょ?」
 カップを口につけながら質問した。
 レイはスカートを織り込むように、クッションの上に腰を落とす。
「……たくさん、あるから」
「なに?」
「聞きたいこと……」
 視線が落ちつき先を求めてさ迷っている。
 珍しいわね?、こんな所を見せるのって……
 アスカはいつもとは違う雰囲気を感じ取った。
「……いいから、一つずつ話しなさいよ」
 アスカはなるべく穏やかになるように、穏やかな声を意識した。


 良いじゃない、シンジ君がそう望んだのよ?
 マヤは今だ沈んでいる。
 自分を傷つけた方が楽なのよ……
 幸せを信じて失望を重ねるよりは。
 それは自分にも言える事。
 こんな事までしなくてもいいじゃない……
 全世界的な恐慌に陥っている。
 下手をすれば文明の崩壊にまで達しかねない。
 今や衛星も電話も全てが沈黙してしまっている。
 最低限の復旧に五年?、十年?、コンピューター関係の需要が増えるわね?、多少は景気が良くなるでしょうよ……
 その前に既に始まっている混乱で戦争でも起こらなければ。
「その方が復興も早いかしらね……」
 人は生き残るためにこそ死に物狂いになるのだから。
「このインパクトに、シンジ君は居ないのよ……」
 マヤは深く頭を抱えた。


「まずはなにが聞きたい?」
 紅茶の香りを楽しみながらアスカは尋ねる。
 レイは目で促されるままに、アスカの隣に座り直した。
「……キス」
 いきなり来たわね?
 少し身構える。
「あなたは、幾度、したの?」
 子供みたい。
 そんなことが気になるの?っと驚いた。
「……自分からは数えてないわ」
「……そう」
 顔を伏せる。
「一回」
 アスカは呟くように言った。
「一回だけよ、あいつからしてくれたのは」
 にっこりと微笑む。
 レイは反対に、羨ましげな表情を作った。
「ファースト?」
「碇君は、わたしにはなにも求めてくれないもの……」
 すっと上げられる指先。
 ファースト……
 レイの細い指先が、そっとアスカの唇をなぞった。
「……羨ましい、妬ましい?、よくわからないの、この気持ち、嫉妬と言うの?」
 あたしに聞いてどうするのよ……
 苦笑してしまう。
「あんたはどうなの?」
 レイは目を伏せた。
「してもらいたい?」
 動かなくなってしまう。
「あたしは、してもらいたかったわ……」
 アスカもレイと同じように顔を伏せた。
「……なに泣いてるの?」
「そう、見える?」
 表面上は笑顔を保っている。
 レイはアスカの頬に手をずらした。
 流れてない涙を奇麗に拭き取る。
「あたしね?」
 その手に手を重ねるアスカ。
「シンジに会いたかったの」
 手のひらへの頬擦り。
「そう……」
「会いたかったのよ、幸せになってずっと思ってたの、あいつは何してるのかしらってね?、今でも情けない顔してるのかなって……」
 顔を上げ、レイの瞳を覗き込む。
「わ……、たしは」
 レイは尋ねられているような気がして焦った。
「会いたかったんでしょ?、あんたも」
 頷く、他に返事は無い。
 複雑な、様々な思いをまとめて、こめて。
「でしょ?、色々考えてたのよねぇ……」
 再開のシーンを。
「感動するあいつ、泣き出すあたし、抱き合う二人、ううん……」
 バカみたい。
 くすっと笑いが漏れてしまう。
「久しぶりって手を取り合ったり……、でもね?、結局、そのどれでもなかったわ……」
 ショックだったとアスカは告げる。
「……正直、あんときあんたが居なかったら、追いかけもしなかったかもしれない……」
 いてくれてよかった。
「ほんとよ?、そう思ってる……」
 だが今はまた拒絶された。
「変よね?、あいつに笑ってもらいたかったのに、あたしが居るとダメみたい……」
 レイの手を膝の上で握り締める。
「求めているのは、あなたよ……」
「でもあんたの方がいいらしいわ?」
 アスカはレイにしがみついた。
「あいつが本当に求めてるのはママよ?」
「お母さん?」
 きゅっと、その腕に力がこもる。
「そ、お母さん……、あいつがあんたに求めない理由、わかるんじゃない?」
 レイは唇を噛み締めた。
「……面影?」
「それが、恐いのよ……」
 だから最後までは求めない。
 レイはアスカの体にしがみついた。
「それは……」
「もちろんあんたのせいじゃないし、あんたが「綾波レイ」だってこともわかってる、だからあいつ、恐がってるのよ」
「わたしを?」
 震えてる……、脅えてるのね?
 アスカは暖めるように温もりを伝える。
「ううん、あんたじゃない」
「じゃあ、なに?」
「それを認めたら、あんたが壊れちゃうから……」
「わたし、が?」
「そ」
 見上げる瞳に、安心を与えようと微笑みかける。
「あんたは綾波レイ、でもシンジがシンジをやめようとしたように、もしシンジがあんたに……、ママを求めたら?」
 レイの震えが急に止まった。
「わたし、が?」
「そう、碇……、ユイだっけ?、に、あんたはなっちゃうかもしれない」
 レイは体を離しながら首を振った。
「それが、碇君の望みなら……」
「違うわよ!」
 レイは首をすくめた。
 手を振り上げられるよりも恐かったからだ、怒声が。
「あんたはあんたよ!、あいつはね?、もう誰も傷つけたくないから……、傷つけるのが恐いから!、傷ついてるあんたを見たくないから触れてくれないのよ!」
 アスカは本当に怒っていた。
「あたしが壊れた時もそうだった、あいつ恐がってた!、自分のせいだって傷ついてた、あいつのせいよ!、それもあったわよ!、でもあたしも悪かったのよ!、今は認められる、あいつだけのせいじゃないって」
 アスカはレイの両肩を手で押さえた。
「あんたはどうなの!」
「わたし?」
 急な質問に答えられない。
 レイは答えに迷ってしまった。
「あんたが産まれて来たのは、あんたのせいなの?」
 レイの体は小刻みに震えている。
 だがそれはレイではなく、アスカが泣いているからだ。
「わたし……」
「あんただけじゃない、あたしも、シンジも、みんなみんな、産まれて来たのは誰かのせいなの?」
 それはレイには難し過ぎるお話しだ。
「あんたが綾波レイであることをやめちゃったら、あいつきっと、自分のせいだって、……壊れる」
 シンジと一緒に居たいのは誰?
 シンジを守りたいのは誰?
 そのために誰を捨てるの?、自分?
「自分を捨てたら、シンジと一緒にいるのは誰なの!?」
 レイを押し倒す。
「だからだめなのよ!」
 とさっと布団の上に重なった。
「だからダメだってのよ、あんたわ!」
 逆にしがみつかれるレイ。
 レイの胸に押し付けているためか?、アスカの声はくぐもっている。
「だめなの?」
 レイはアスカの背に腕を回した。
「そうよ……」
 体を起こし、アスカは答える。
「いま生きてる、生きてるのよ、あたし達は……」
 レイの前髪を左右に分けて、アスカはにっこりと微笑んだ。
「これが一つ目の答えよ?」
 アスカは広めの額にキスをした。


「久しぶりだよな……」
 シンジはさっぱりとした頭をいじくっていた。
「こんな時間に、一人になるの……」
 まだ夜の8時だ。
 濡れた髪をガシガシとタオルでこする。
「……マヤさんみたいに、アスカは嫌な事を言われ続ける」
 他人から。
「その度にきっとアスカは」
 笑顔を失う。
「そんなの嫌だ、嫌なんだよ……」
 自分のせいだと知るのが嫌だから。
「……だから、綾波、なのかな?」
 笑わないから。
 それが普通だから……
「はは……、最低だ、僕は」
 次は綾波か……
 シンジは胸を締め付ける苦しさに、壁に頭をもたげてうずくまった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。