The Dwarfish World 1

 誰か僕に優しくしてよ!


 そう叫んだのはいつのことか。


 誰も優しくはしてくれなかった。
 ただ自分の感情の、想いの、はけ口としてシンジにぶつけた。
 ぶつけるだけぶつけて消えていった。
 ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。
 だから?
 シンジすまなかったな。
 だから?
 幸せになるチャンスは。
 だから?
 だから何だよ。
 何だよそれ。
 勝手だよ、勝手じゃないか!
 何もしてくれなかったくせに。
 何も言ってくれなかったくせに!
 何も教えてくれなかったくせに!
 いまさら何だよ!
 なんで今なんだよ!
 僕を捨てるくせに……
 捨ててくのに……
 今でなくても……
 ずるいよ……
 ズルいじゃないか。
 父さん……
 母さん。
 ミサトさん。
 その翌日、マコトはシンジから提案を受けた。
「確かに法的には罰せられない、なのに?」
「わかってます」
「幸せの中に居て罪の意識に苛まれるより、罰を受けている方が楽なのは確かだ」
「すみません」
「それでいいのか?」
「はい」
「わかった」
 こうしてシンジはネルフの中から姿を消した。
 マコトは静かに受け入れた。


「えええー!?」
 それは2015年の終わり近く。
 アスカの誕生日が過ぎてしばらくしたある日のことだった。
「シンジ、もう行っちゃったのぉ!?」
「ええ」
「まったく!、見送りぐらいさせなさいよ……」
「許可は出せないわよ?」
「なんでよ!」
「この間決めたでしょ?、シンジ君を悪者にするってね?」
 だからアスカの見送りは許可できない。
「なんでよ!、なんで……」
 そんなの隠れて送ればいいだけじゃない!
 アスカの脳裏に一つの引っ掛かりを思い出す。
 ……まさかこの間の?
 もてはやされる中、シンジ一人が泣いていた。
 誰か僕に優しくしてよ……
 皆が微笑んでいた。
 優しかった。
 なのにシンジは泣いていた。
 だからなのね……
 その時はそれで納得していた。


 シンジにとってはそれこそが最後の賭けだったのかもしれない。
 マコトは十二分に優しかった。
 なによりも身寄りの無くなったシンジを引き取ってくれていたのだから。
 だがシンジはずっと座り込んでいた。
 立ち上がろうともしなかった。
 なによりも……
「みんなシンジ君に会いたがってたぞ?」
 その一言に脅えていた。
 理由は何となく分かっていた。
 それはマコトの出した結論だから。


「補完計画の破綻?」
「ええ……」
 それはマヤとの非公式な会話。
「人の望んだ補完は成ったわ?、だけど帰って来なかった人達が居る」
「ああ」
「その人達の愛を望んだ者はどうなるの?、どうすればいいの?」
「あ……」
「誰かが飢えを癒してくれるか、あるいは……」
「感情の、暴走……」
「誰かを求めるでしょうね?、代償を」
 凶行の対象として。
「じゃあ……」
「シンジ君の提案は、こちらにとってもありがたいわ?」
「でも!」
「誰の望みや願いとも合致する……、そうね、そうなのよね……」
 まるで言い聞かせているような言葉だった。
 補完のなった世界での黒い感情は、それに相対すること自体、多大な苦痛を強いられる。
 誰もが優しいから。
 辛い事からは目を背けたいのだ。
 マヤちゃん……
 だがマヤはその感情を受け入れた。
 それは真実を知りながら、贖罪ではなく称賛を与えられてしまった彼女に共通してしまう想いだったから。


 そしてシンジは捨てられた。
 ああ、やっぱりか。
 そう思った。
 その時はそう思うので精一杯だった。
 綾波とアスカが反対してくれた。
 幸せそうな顔をして。
 当然だよな。
 幸せなんだから。
 さも当たり前の様に。
 人を庇うんだ……
 幸せだから。
 守れるから。
 余裕があるから。
 僕を庇うんだ。
 あんたは良くやったじゃない。
 そう言ってくれた。
 よかったね?、幸せになれてさ。
 第二東京と第三新東京市。
 それがシンジの許容できる距離になっていた。
 最初は第三新東京市より離してもらえなかったから。
 なんとか第二東京で我慢していた。
 次にそれは、アスカ、レイと暮らせるぎりぎりの距離になっていた。
 二人と離れないですむ、だがあの街に対する恐怖と折り合いを付けられる、ぎりぎりの境界線。
 いやだ、やりたくないと思っていたのに、才能があるからとやらされた。
 周りは自分に出来る事をやれ、しっかり蹴りを付けろと言うけれど、すべて押し付けられたものだった。
 関った責任があるから?
 押し付けたくせに……
 その責任は取ってくれなかった。
 全部自分で蹴りをつけろと……
 だから死ねなかった。
 一生許さないと言われたから。
「死にたかったんだ……」
 暗闇の中、ベッドで呟く。
 一生許さないから!
 ミサトに激昂された。
 死んだ後まで許さないと叱られた。
 だから今は死ねない。
 死んだ先にも安らぎは無いから。
「でも辛いんだ……」
 人を信じ切れない自分が。
 第三新東京市はやはり恐い。
 チルドレンである事を求められても、何も出来ない。
 レイの抱擁、アスカの応援。
 シンジにはなにもできなかった。
 誰の言葉にも答えられなかった。
 群集はアスカやレイと同じ物をシンジに求める。
 僕には何も無いんだ。
 そんなシンジの心境を誰も知らない。
 見抜けない。
 それはシンジに対する断罪と同じだ。
 誰か僕に優しくしてよ……
 なにもない、何も出来ないシンジ。
 強要。
 それは責めているのと同じだった。
 誰か僕に……
 なにもしない、何も求めない。
 それこそがシンジの求める優しさだった。


「シンジぃ!」
 MAGIの混乱はこんな所にまで波及している。
 マンションのセキュリティは一切が死んでいた。
 当然ドアロックも死んでいる。
 作業工場のICにまで使徒は食い込んでいた。
 当然そこで生産されているチップも然りだ。
 復旧のためには工場を動かす他無い。
 だがその工場そのものもコンピューターによって管理されている。
 世界でもっとも進んだ街だけに、その被害は計り知れない。
 もっとも使徒に慣らされていたためか?、特に混乱は起こらなかった。
「シンジ?」
 部屋が暗い。
 一人にしたのは失敗だったかしら?
 漠然とした不安が過る。
「バカな事してなきゃ良いんだけど」
 後ろに控えたレイは、恐がるように背に隠れている。
 アスカが何をしようというのか分からない。
 だが自分のことを考えてくれているため止められない。
 狭間でレイは脅えていた、これからのことに。
「碇君……」
 だがそうも言っていられなくなった。
 人の気配がしないからだ。
「どこに、いるの?」
 シンジは既に逃げ出していた。


 嫌われたくないんだ。
 傷つけるのは嫌なんだ。
 辛いから。
 傷ついた顔は見たくないんだよ。
 恐いから。
 どうしてそんな事も分かってくれないの?
 僕と居るだけで嫌な事を言われて……
 婚約?
 ちょうどいいじゃないか。
 これで幸せになれるよ。
 僕さえ居なければ。
 きっと忘れられるよ。
 この一年、思い出しもしなかったんだから。
 シンジはお墓をじっと見ていた。
 この街に戻って来て、最初に外出した場所に来ていた。
「シンジ君」
「……日向さん」
 過酷な付き合いが日向の顔に深みを増していた。
「いいのか?」
「これはネルフの総意なんでしょ?」
「そうだが……、状況が変わった」
「状況?」
「そうだ、MAGIが死んだ」
「え……」
「MAGIだよ、死んだんだ」
 死んだ?
 MAGIが……
 言葉のニュアンスに戸惑ってしまう。
「その結果あらゆる交通機関が麻痺した、復旧には数年が見られている」
「数年……」
「その間、アスカちゃんを送還する手だては無い」
「そんな……」
「それに世界的な恐慌だ、二人には……、恐らく」
 マコトの言いたいことは分かった。
 この先、皆は心の支えを求めるだろう。
 それはいままでの様に、当たり前に……
「これまで以上に、だ」
「なら……、僕が負担に」
「いや、君が居なくなった場合、メンタルな部分でのケアは誰にも出来ない、それほど傷つく」
「……買い被りですよ、だって僕には」
「そんな価値は無い、か?」
 ひゅうっと、空しい風が吹く。
 目の前の棒には名前が刻まれていた。
 葛城ミサト、と。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。