The Dwarfish World 4

 結局、あたしってなんだったのよ……
 シンジにとうとう逃げ切られた。
 まだあの暴走から一時間しか経っていないにも関らず、アスカは憔悴し切っていた。


 アスカはレイにこう教えていた。
 シンジはレイの持つ影に脅えていると。
 それが誰の影かが、問題なのだろう。
 そして彼女はこうしている。
 にもかかわらず、ここにいる。
 シンジに膝枕をし、慈愛に満ちた表情を浮かべ……
 母そのものの顔で、脅えた子供を撫で付けている。
 そう、脅え。
 結局はレイを巻き込んでしまった。
 レイは人だった、間違いなく。
 たとえ使徒という名前でも、彼女は人間に違いなかった。
 でも、僕が殺した!
 ここにいるのはレイの姿をしたユイを模した存在だ。
 シンジの母であろうとするただの人形だ。
 僕が壊したんだ!
 わかっていながら、巻き込んだ。
 どうせなら。
 そう思った、ただレイには弐号機の起動さえしてもらえれば良かっただけなのに。
 その意味は失われた。
 初号機があれば、少なくともこの先「二人」は生きていけたはずなのに。
 生きているんだから、か……
 生きてさえいれば何処だって……
 自分も口にしてみたかった。
 二人にそう言ってあげたくなった。
 だけどもう言えない。
 その資格を失った。
 レイを見る。
 卑屈な顔で。
 彼女は微笑む。
 慈愛を湛えて。
 再びあなたが望めば……
 他人の恐怖が……
 始まる。
 そう、綾波レイは他人だから。
 母ではないのだから。
 代わりにはなっても。
 母ではないから。
 だからシンジは拒絶した。


 ガシュ!
 エントリープラグが排出された。
「レイの保護を最優先に!」
 マヤが叫ぶ。
 いくらアクセスしても接続できなかったのに!
「ファースト!」
 アスカも走った。
「レイ!」
 引きずり出された彼女は……
「泣いてるの?」
 両手で顔を覆い、その場にへたり込んでいる。
「わたし、わた、し……」
 教えてもらったのに。
 セカンドに。
 アスカに。
 母になってしまったら。
 綾波レイである事をやめてしまえば。
 壊れると。
 シンジは。
 その通りだった。
 シンジに繋がりを断たれてしまった。
 レイは絆を失った。


 それからのことは日課となった。
 母に「恨んでない、愛してる」そう囁いて心を繋いだ。
 それからレイに、「あんたに「綾波レイ」に戻ってもらわないと都合が悪いのよ!」、そう言ってとある可能性を吹き込んだ。
 毎日、少しでも目を離せば脅えようとする二人をはげまし続けた。
 あたしだって泣きたいのに!
 だが今は泣けなかった。
 まだ逆転するチャンスがあったから。
 そしてその鍵を握るのが、他ならぬ自分自身であったから。


「概要はわかるわ?、でもコアはもう……」
 マヤはそう言って諭そうとする。
「……これは可能性の問題よ、マヤ」
 あれから二年が経っている。
「人間が、シンジが十八番目の使徒であり、そして弐号機と融合した以上、シンジはS機関を備えていたはずよ」
「ええ……」
「そして第十七使徒を見て分かる通り、使徒は「自殺」はできないのよね?」
「……弐号機がアクセスするためのゲートになるというのは、ね?、でも」
 ちらりとアスカを窺い見る。
「あなたを失うわけにはいかないわ?」
「死にゃしないわよ」
「危険性が高過ぎるのよ」
 レイが心神喪失に陥っている以上、まるで救いの神子を求めるように訪れる人達を、アスカが一人でさばいていた。
「でもだめ、これ以上は待てないわ?、あの子のためにもやらなきゃいけないんだから……」
 アスカは妹のような少女のことを思いやる。
 人形から脱し、人としての脆さを身に付けたあの子のことを。
 しかしマヤも引こうとはしない。
「失敗が精神汚染を意味するとしても?」
 アスカの存在は、まさしく地球の希望と言っても良いのだ。
 皆それほどまでに疲れ果て、何かにすがろうともがいている。
「確率が低過ぎるわ?」
 それはアスカの計画だった。
 シンジがコアである以上、A10神経を介しての接続は可能である。
 そしてその可能性があるのは、もはやレイではなくアスカなのだ。
「確率?、はっ!、あたしは大丈夫よ!」
 強がってはみても、賭けの要素は確かに高い。
 シンジと肉体的な接触をしたアスカには、少なくともシンジの血や体液が混ざり込んでいる。
 局部の毛細血管の破裂、裂傷がそれに当たるだろう。
 そしてシンジは、アスカに何かを渇望していた。
 保護される事を望んでいた。
「あいつは……、帰って来るわよ」
 接続した後、母は子を取り込もうとした。
 それが精神汚染の正体だ。
 我が子を愛するあまりの錯乱。
 だが違う。
 これは違う。
 求めるのはエヴァであるシンジだ。
 それを包み込むのはアスカだ。
 だからあいつは帰って来る。
 あたしの所に!
 そのために、アスカは二年もの時を賭けていた。


「シュミュレーションプラグ挿入」
「模擬体を通して弐号機にアクセス」
「アスカ、行くわよ!」
 アスカは自分を鼓舞し、勢いを付けた。


 そこはとても暗い暗い世界だった。
 ザシュ、ザシュ、ザシュ……
 何かを突き刺す音がする。
 ザシュ、ザシュ、ザシュ……
「何の音?」
 アスカは辺りを見回した。
「シンジ!」
 裸体のシンジの背中が見えた。
 うずくまり、必死に手を動かしている。
 ゆっくりと背後から覗き見る。
「!?」
 アスカは息を飲んだ。
 目に見えない不可視の何か。
 それを握り、シンジは右手を貫いている。
 ザシュ、ザシュ、ザシュ……
 手の甲の、中指と人差し指から手の甲の半ばまでがぼろぼろになってしまっていた。
 千切れた肉片が漂っている。
 血管がぷらぷらと揺れていた。
「嫌……、嫌ぁ!」
 アスカが叫ぶ、だがシンジはやめない。
「この手が悪いんだ……、この手が」
 そうぶつぶつと呟いている。
「汚したんだ……、アスカも、綾波も、みんなを」
 弱っているアスカに欲情して。
 劣情を催して。
「最低だ、僕って……」
 バン!
 右手が弾ける。
「こんなのがあるからいけないんだ……」
 ズッ!
 股間にそれを突き刺すシンジ。
「でも一番悪いのは……」
 僕の心だ。
 バン!
 シンジの中で何かが弾けた。
 胸と背中、両側へ内側から爆発する。
「シ……、ンジ」
 倒れ伏す。
「嫌ああああああああああああああああああああ!」
 駆け寄り抱き起こす。
「ひっ!」
 目が無かった、つぶれていた。
「……おかしいな、アスカが見える」
 遠くで呟き。
 そこにもシンジが立っていた。
「シンジ!」
「ごめ……、ごめんよ、もう嫌らしい目で見ないから」
 シンジは自分で目玉をえぐり出した。
「やめてえええええええええええええ!」
 シンジは両耳をパンと叩いた。
 トロ……
 血が流れ出る。
 鼓膜が破れたのだ。
「僕が悪いんだ……、僕が」
 生まれて来たから。
 シンジは目に見えない杭を持つ。
 ドッ!
 そして胸を突き刺した。
 あはは……
 はは……
 ははは……
 不意にシンジの笑いがアスカを包んだ。
「ひぃ!?」
 空をシンジが覆っていた。
 楽しそうな笑顔を浮かべたシンジの姿。
「や、あ……」
 足元でもシンジの笑っている姿があった。
 学校で、家で、ミサトの、レイの、アスカの前で微笑んでいるシンジの姿が。
 あの楽しかったころのシンジがいた。
 バッ!
 血がぶちまけられた。
 真っ赤に染まり、その映像が溶けるように崩れていく。
「シンジ!」
 アスカはそれを食い止めようと這いつくばった。
「なんでよ!」
 だがそこには固いガラスのような板があって、映像に触れる事が出来ないのだ。
「なんで……、あ、ああ……」
 アスカは恐怖に声を無くした。
「内罰的ぃ!」
「あんた誰でも良いんじゃない!」
「側に来ないで」
「あんたとだけは、絶対に嫌」


 嫌あああああああああああああああああああああ!


 それはアスカに対するATフィールドそのものだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。