Your self Your heart 1

 あなたの心は、誰のもの?

 一人では生きられないあなた。
 満たされる事のない飢えにも似た乾き。
 その人達を……
 人達に想いを……
 喜びを。
 癒してくれたのは。
 見せてくれたのは……
 それは誰?

「嫌ぁ!、……ぁあ」
 暗闇の中でしゃがみ込む。
 シンジの姿が闇に飲まれる。
「君も同じだな」
 加持の声。
「一人は嫌なくせに……」
「他人との共存よりも、自己の確立を望むのね?」
 後をリツコの声が繋いだ。
 そしてミサト。
「そうやって泣きわめいて、みっともないとこ晒して……」
「そして悪くないと叫ぶのね?」
「愚問だな」
 加持は言う。
「本当は分かっていたはずだ」
 シンジに与えられた部屋の空虚さに。
 あのマンションの、あまりにも広過ぎる最上階に。
「あの部屋の寂しさに」
「だから埋めようとしたんでしょ?」
 アスカの持ち込む、様々なアイテム。
「それは悪い事じゃないわ?、でもね……」
 ミサトの声が憂いを帯びる。
「どうして……、ちゃんと『餌』を与えてあげなかったの?」
 なによそれ!
 叫びたい、だが声は音とならずに消えてしまう。
 何処までも闇だけがアスカを包んでいる。
「あれは箱庭だな……」
「檻よ」
「飼い殺しね?、ま、人に飼われないと生きてはいけないペットもいるんだから」
「ああ、悪くはないさ……」
 違う違う違う!
 あたしは、そんなつもりじゃ……
「でも、見ていたくなかったんでしょ?」
「辛そうなシンちゃんを」
「捨てられた子猫を拾うのと同じさ……」
「ちゃんと面倒見るって言ったくせに」
「面倒になって、責任を放棄して……」
「そして泣くのね?、……死んでいるのを見付けて」
 だってあいつは人間じゃない!
 自分で考えて……
 自分で生きられる!
「そう……、じゃああなたにも見せてあげようかしら?」
「ああ」
「不安……、と言う物をね?」
 はっ!
 背後に気配を感じて振り返る。
「シンっ、……ジ」
 ……っ、……!、……!?
 ギシギシと鳴るパイプベッド。
 すえた匂いと、鼻をつく埃。
 はがれた壁から伝わる冷気は、二人の生み出す熱によって弾かれている。
「シンジ……」
 シンジは立っていた。
 立って、ベッドの上の二人を眺めていた。
 うつろな目に写るのは青い髪の少女。
 両腕を頭の上に伸ばし、押さえつけられている。
 覆い被さる男は、髭の濃い男……
 ……っ、……!、……!?
 呻きが漏れている。
 はっ、ふっっと、荒い鼻息が耳につく。
 彼女の耳元に転がっているのは赤い眼鏡。
 愛も囁かず、また口付けも、愛撫すらもない。
 ただ腰に突き刺し、突き上げている。
 レイもレイで、特に表情を崩すことなく耐えていた。
 だが頬は月光の中でも分かるほどに上気している。
 受け入れているのだ、快楽を。
「レイ……」
 男の口から名前が漏れる。
 レイの目が優しさを湛える。
 それは彼だけが知っている女のものだ。
 レイに懐かしい人の面影が浮かんだ瞬間、男は腰を突き上げた。
「くぅっ!」
 痛いのか?、なんなのか……
 レイはくの字にのけぞった。
「あ、か……」
 口から漏れる息。
 ビクン、ビクンと小刻みに弾ける体。
「違う……、違うわよ、こんなの嘘よ!」
 アスカは叫んだ。
「だってあいつ……」
 知らなかった。
「こんなの知るわけ……」
 だから悶えていた。
 はっとする。
「これって!?」
 シンジを見る。
 シンジは顔をそらして歩き出す。
 不安?
 シンジの!?
 シンジの正面で壁がよじれる。
 ちりぢりになって消えていく。
 その先に在るのは……
「街?」
 雑踏の中。
 シンジは誰かを見ている。
「誰?、あたし!?」
 アスカと加持が腕を組んで歩いていた。
 二人は何処かの路地裏へと消えて行く。
「……やめ、て、やめて……、おねがい、やめてぇ!」
 これがシンジの不安ならば。
 この先の展開は考えるまでもないだろう。
 人が並んでようやく歩ける程度の裏道。
 人気の無い、料理店の裏口の前。
 加持がアスカにキスをしている。
 そのまま右手が胸をつかむ。
 だがすぐに脇から腰、そしてスカートの中へと消えていく。
「こんなのしたこと無いわよ!」
 感情を失ったまま、シンジは路地の入り口からその光景を眺めている。
 アスカは叫び、シンジを揺すった。
「お願いだから、考えないで!」
 涙が流れる。
 行為は終わらない。
 あん、あんっ、あん!
 普段よりも高い声。
 アスカはドアに押し付けられていた。
 立ったままで、加持に足を絡めている。
(加持さんだったら、いつでも……)
 だらしのない顔。
 緩んだ口元。
 溢れる涎を、加持がキスのついでに舐め取っていく。
(いつでもオッケーよ)
「ん、んくっ、はぁ!」
 アスカはさらに嬌声を上げた。
 その瞳はこの先にある恍惚だけを求めている。
「こんなのあたしじゃない!」
「ああん!」
 アスカの絶叫と享楽の声が交錯する。
 シンジが踵を返した。
 アスカは顔を伏せ、手で被い、泣いている。
 雌のアスカは闇へと消えた。
 だが耳にこびりついた声は消えない。
 シンジは歩く。
 足元がアスファルトから鋼鉄へと変化した。
 アンビリカルブリッジ。
「アスカ、ユーアー、ナンバーワン!」
 ミサトが大声ではしゃいでいる。
「どう?、サードチルドレン、これが実力の差って奴よ!」
 高らかな宣言。
 懐かしい口調に、アスカは涙目のままで顔を上げる。
 シンジは力無く弐号機に向かって微笑んでいた。
 シンジの背後にはレイが居る。
「……初号機には、あたしが乗るから」
 まるでシンジを見ていない。
 レイは歩み去って行く。
 その先に待っているのは……
 司令?
 微笑んでいた。
 レイを待ち、歩幅を合わせて消えて行く。
「これであんたは用済みよ」
 エントリープラグから出て来たアスカは、シンジを嘲るように見下した。
「あんたはもう、お払い箱」
 いつかの宣言。
 聞いた事のある台詞。
 やめてぇ!
 アスカの叫び。
 あの時は何も考えていなかった。
 でも今は分かる、どれ程胸をえぐるのか。
 だからやめて!
 もう言わないから。
 絶対にこんなこと言わないから。
 だからお願い!
 考えないで!!
 ブリッジの端で、シンジは仰向けに倒れ込む。
 靴の踵はブリッジの角を越えていた。
 待って、やめて、お願い!
 手を伸ばす、届かない、すり抜ける。
 シンジはうすら笑いを浮かべたままで……
 そのまま、姿がかき消えた。

 ダン!

 いやああああああああああああああああ!
 やけに大きくケイジに響く。
 アスカは下を見れずに崩れ落ちた。
 見る勇気など何処にも無かった。
 そこに壊れた彼が居るはずだから。
「いや、いや、嫌ぁあああああああああああああ!」
 でもこれがアスカの望んでた事じゃないか……
 声はアスカを非難した。
 ずっといなくなれって、僕に言ってた。
「そんなの昔の!」
 泣き叫ぶ。
「あんたに居てもらいたいのよ!」
 今は?
「そうよ!」
 でも信じられない。
「なんでよ!」
 ずっと、いらないって、言ってたじゃないか……
 シーンはまた次へと描き変えられた。
 アスカの前にシンジがいる。
「シンジ……、シンジぃ」
 泣きながら膝を起こす。
 だが壁に遮られて近付けない。
「シンジぃ……」
 金色の壁に爪を立てて泣きじゃくる。
 その表面に浮かぶ映像。
 ねぇ、キスしようか?
 気持ち悪い……
 わたしに逃げてるだけじゃない……
 嫌。
 アスカのして来た、数々の拒絶。
「シンジ、ごめん、ごめんなさい!」
「いいんだ、もう」
 不意に壁が消える。
「シンジぃ!」
 よろけるアスカをシンジは不自然なほどに優しく抱きしめる。
「願って、アスカ……」
 首にすがり付き、アスカは言う。
「何も要らない!」
「ぼくもいらないの?」
「シンジがいればもういいのよ!」
「ほんとにそれで?」
 しゃくりあげる。
 アスカはいっそう、しがみつく。
「なら、お母さんもいらないんだね?」
 ビクン!
 アスカの体は大きく跳ねた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。