Your self Your heart 3

 これはあり得たかもしれない可能性。
「現存するN爆弾を使用してサルベージを行います」
「そんな!、それじゃあシンジ君は!?」
「初号機の回収が最優先よ」
 嫌ああああああああああああああああああああああああ!
 引き裂かれる影。
 残ったのは両手足がひしゃげ、焼けただれ、吐き気を催す焼けた肉の匂いを巻き散らす焦げた肉塊。
 背にあったはずの部品もとろけている。
 エントリープラグは……、溶けて、斜めに曲がっていた。
 嫌あ!

 参号機に襲いかかる初号機が居る。
「僕がトウジを殺したんだ!」
「何で殺したのよ!」
 泣き叫ぶヒカリ。
「ごめん……」
「謝ってすむ問題!?、鈴原も、妹さんも殺したくせに!」
 許して……、ねえ?、許してよ。
「嫌よ」
 もう嫌だ、死にたい。
 エヴァ冷却水に死体が沈む。

「負けてらんないのよ、このあたしは!」
 使徒を食い殺す初号機の姿。
「シンジが居ればいいんでしょ!」
「シンジ君は死んだわ」
「嘘!?」
「エヴァに取り込まれてね……、これからはアスカに頼らなきゃいけないから、よろしくね?」

 死ねばいいって祈ってたくせに。
 海を泳ぐ使徒を相手に、誰のはげましに答えたのだろう?
 マグマの中で、諦めた自分を救ってくれたのは誰だっただろう?
「何よ!、あたしの時には助けに来てくれなかったくせに……」
 どうしてそんな事が言えたのよ?
 借りを返せなかったから?
 隣に並べなかったから?
 先を歩けなかったから?
 ちょっと待ちなさいよ、ばかシンジ!
 だが彼は先を歩く。
 待ってよねえ、待って!
 それは焦燥。
 置いていかれた自分は、その他大勢の中に埋没していく。
 特別では無くなっていく。
 長い道のり。
 先頭にまるで追いつけない。
 嫌ぁ!
 自分である特別性が薄れていく事への恐怖。
 続くのは綾波レイの自爆。
 初めて好きと言ってくれた人の首をもいだ罪。
「使徒なら仕方が無いじゃない!」
「なら綾波も殺せるの?」
 ぐっと言葉に詰まってしまう。
 自分一人を望んでいたのは自分。
 常に一人である事を望んでいた。
 あたし!
 そのくせ、嬉しかった。
 マグマに飛び込んで来てくれたシンジが。
(ほんとにバカね……)
 肝心な時に頼ろうとしていた。
(あたしの時には……)
 そのくせ存在を認めるよりも、よほど彼の死を切望していた。
 あんたなんて嫌い。
「信じられる事なんて何一つ無いんだ」
 ふいにシンジが宣告する。
「こんな事は無かったって、言ったよね?」
 加持との関係。
「でもアスカは望んでた」
 綾波レイも。
「見てもらいたかったんでしょ?」
 側に居る人に。
 加持リョウジに。
 碇ゲンドウに。
「でも見てもらえなかったんだよね?」
 その瞳は、いつも向こう側の誰かに向けられていた。
「知ってたんでしょ?」
 そのことを。
「だから二人とも僕だったんだ」
 手短で、いつも側に居て……
 傷つけないようにびくびくしてばかり居たから。
 大きく傷つけられることはないと踏めたから。
「僕だったんだ……」
 ねえ、キスしようか?
 碇君と一つになりたい……
「でもそれは父さんや、加持さんと同じで!」
 僕を通して、二人を見ていた。
「それなのに、何を信じろって言うのさ!」
 僕に二人の代わりを望んでたくせに。
 父さんと加持さんが満たしてくれないからって苛着いて!
「自分こそ、本当は誰でも良かったくせに!」
 僕が誰でもいいくせに。
 だから嫌って。
「あっちに行ってよ」
 僕を嫌って。
「もうここへこないで」
 お願いだから。
「僕を傷つけないで」
 さよなら。
嫌よ!
 アスカは心の内側をわしづかむ。
「あんた何も分かってない!」
 自分の心を分かっていない。
「あんたいつもそうだったじゃない!」
 少しずつ、少しずつ……
「あたしに泣いてすがって」
 確認して。
「恐くないって、信じようとして」
 それが出来ないで。
「苦しんで……」
「だから僕は……」
「そんな自分が嫌い?、違う、そうじゃない!」
「なんでアスカにそんな事が分かるのさ!」
「だって見たもの!」
 穏やかな寝顔を。
 安らいだ素顔を。
「あんたほんとは分かってるくせに!」
 何処に自分の願いがあるのかを。
「それを認めないあんたなんて……」
 大っ嫌い!
 言葉がシンジの胸へと突き刺さる。
 ほら痛いんでしょう?
 アスカ……
 拒絶されると、辛いでしょう?
 だから、僕は……
 あたしだって……、あんたに嫌われたくないのよ。
 アスカ……
 だから壊して、あんたの心を。
「あんたの心を、解放しなさい」
 あたしが、教えてあげるから。
「他にも待ってる奴が居るんだからね?」
 アスカはシンジを抱きしめた。


 シンジが消え、捨てられてから数週間。
 綾波レイは心を殺してしまっていた。
 なのに……
 何故、泣くの?
 涙が、出るの?
 わからない。
 これは、なに?
 真っ白な病室で、レイはじっと窓の外を眺めていた。
(起きたんだね?)
 それは幻。
(綾波の好きな紅茶、用意したんだ)
 微笑みと、えもいわれぬ香り。
 なに……、笑ってるの?
 シンジは微笑みを絶やさない。
(綾波が……、嬉しそうにしてくれたから)
 それは幻聴。
(僕を、見てくれたから)
「碇君……」
 嬉しそうに笑う。
 壊れた人形は夢を見る。
 欲しかった全てを夢に見る。
 だが夢は現実によって打ち壊された。
「シンジは……、必ず連れ戻すわ」
 その言葉を聞いた瞬間、夢の寒々しさは空々しさと共に霧散する。
 嫌……
 消えてしまう。
 不安。
 掻き抱いてとどめようと、とどまろうとあがき、もがく。
 夢でもいいのに。
 幸せだから。
 だが幻は波のように指のすき間を抜けて逃げていく。
 碇君……
 思い出してしまった。
 夢には無かった温もりを。
 笑えば……、良いと思うよ?
 温かさはふくれ上がり、とても大きな存在となる。
 碇君。
 胸元をギュッとつかむ。
 本物には抗えない。
 いかりくん。
 現実だけが持つ甘美な誘惑。
 それは命を賭すほど価値のあるもの。
 これは、碇君?
 空虚な心を埋めてくれる、とても穏やかで、優しい存在。
 碇君の心……
 自分の中で息づく他人。
 急な理解。
 碇君がくれた……
 最初の心。
 胸に膨らんだ温もりの正体を、綾波レイは理解した。


 そして今のレイが居る。
 弐号機をじっと見上げるレイが居る。
 行くのかい?
 内なる声に、レイは頷く。
 僕達は希望でしかない……、でも嬉しいと感じ、悲しいと暮れる君の心は羨ましいよ……
「これは、碇君がくれたものだから……」
 だから返すのかい?
 コクリと頷く。
 それをすれば、君は人ではなくなるかもしれない。
 温かさを感じるから、寂しさを知る。
 失ったものの大きさに、君の心は壊れてしまうかもしれない。
 いいや、君は綾波レイに戻るかもしれない。
 あの何も感じず、心を閉ざしていた頃の君に。
 レイはゆっくりと、だがしっかりと首を横へ振った。
「寂しさは……、埋めてもらえる」
 寂しさも悲しみも、怒りも喜びも君の心だからね?
「返すの、返して……」
 そして返してもらうんだね?
 二人目が心に目覚めたように。
 三人目も手に入れられたから。
「今度は……、抱きしめて貰うの」
 満たして貰う方法は、他に幾らでもあるのだから。
「わたしの、想いは」
 不滅だから。
 レイの足が前へと動いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。