L.A.S.Your self Your heart 4
「大変です!」
「弐号機の起動シーケンスが始まっています!」
「……こんな時に、どういう事なの!」
マヤがオペレーターの手元を覗く。
「レイ!?」
挿入されるエントリープラグ。
お願い、碇君……
気付いて!
レイは祈るように、L.C.L.へと溺れていった。
これは……
シンジはアスカの腕の中で、懐かしいものを感じ取った。
「僕……、なの?」
「……そうよ?」
アスカの胸が、ほのかに赤く光っている。
温かいや……
それは自分が捨てた温もり。
人を信じる。
好きだと言う言葉そのもの。
「ほら……」
アスカの穏やかな声に誘われて、シンジも同じ方向へと顔を上げた。
「……綾波」
「碇君……」
エヴァとは違う、白色の翼が舞い散った。
サードインパクトの直後。
人の発した命の炎は、また人の形へと収束した。
あるいは燃え尽きる人達も大勢居たが。
「……まだ、生きてる」
その中でレイもまた目を覚ました。
巨大な自分の姿をした骸が転がっている。
「リリス……」
目を細める。
それは自分の本体のはず。
「なのに、なぜ?」
疑問は尽きない。
「わたしは、誰?」
何者?
その疑問への答えが得られないままに、レイはネルフによって回収された。
黒服の男に挟まれ、装甲車のような車で連れ戻された。
とは言っても、そこは日本の何処かだった。
旧箱根、第三新東京市はそれを中心とした巨大なクレーターに変わり果てていた。
日本を南北に分断するほどのクレーターだった。
「どうぞ」
居心地の悪さを感じる。
なに?
やけに『うやうやしい』
連行されている様な状態であるのに、逆に警護を受けているように感じる。
なぜ?
守られる理由が無い、それだけで不安は募る。
人ではないからかも知れない、これからまた実験漬けにされるのかもしれない。
そんな、今まで感じた事のない不安に苛まれる。
不安?
気付いた事に愕然とする。
「レイちゃん!」
だがそうはならなかった。
会議室に集められていたのは、ネルフ上層部の主立った面々だった。
立ち上がったのは日向だ。
「無事だったんだね!?」
だがレイは彼を見ずに、その奥の少年を注視する。
小動物が脅えるように、部屋の隅に座り込んでいる。
そこだけ空気が重くなっていた。
その逆、対角線に位置する場所にアスカは居た。
包帯を捲かれ、心神喪失状態に陥っている。
「彼女……、エヴァとの戦闘でのフィードバックが影響してね」
ぼうっと惚けたように両手足を放り出している。
「肉体的な損傷は治ったはずなんだけど、精神の方が……」
だが悪い方向へ向いている様には見えない。
シンジを見つめている、頬が紅潮しているのは気のせいだろうか?
痙攣をくり返しながら右手を持ち上げる。
びくん、びくんと引きつる腕を持ち上げ、見ている方が痛くなる様な緩慢な動作で、胸元に手を当てて息を吐く。
は、ぁ……
それは吐息だった。
だが誰もその行為に疑問符を抱かない。
……わたしと、同じなのね。
レイも感じていた。
胸の奥がどこかしら熱い。
知らないはずなのに、これを知ってる……
いいえ、覚えている?
わたし、の、記憶?
それは主に二人目の記憶。
温もり、だった。
ネルフ職員は歓待を受けた。
サードインパクトは、レイのイメージを多くの人に焼き付けていた。
「ま、あんたのおまけってのは我慢できないけどね……」
アスカは冷やかすように口にしたが……
「正当な評価って奴なのよね」
どこか満足したものを持っていた。
その余裕が胸の奥に生まれた温もりから来ていることは疑いようが無い。
人……
レイはその間も悩んでいた。
人々が押し寄せる。
泣き付く。
すがる。
だから抱きしめた。
温もりで包んであげようと。
その隣で……
シンジが涙をこぼしていた。
碇君……
ようやくその理由を知った。
この温もりは……
誰がくれたものなのか?
押し寄せる人達は温もりを求めていた。
それは碇君の無くしたもの……
わずかながらに温もりを手に入れた人達は、さらなる心を求めていた。
それは碇君にはないものだもの……
だからシンジは恐れていた。
そしてアスカとレイから向けられた好意。
それもまたシンジ自身の心だった。
渚カヲルを殺す事で……
絶望し。
無くし。
壊したはずの。
心だった。
だから恐れた。
好きだと言う人に対しても。
殺人を犯せる自分の心を。
嫌悪して。
自分の心が分からないんだ。
だから信じられないんだ。
僕は僕が嫌いだから。
「でも、わたしは好きと感じたもの……」
レイの言葉が降り注ぐ。
戸惑うシンジを見た後で、アスカは小さく微笑んだ。
「アスカ?」
離れるアスカに惜しげに漏らす。
アスカはレイと同じ仕草で、左の胸に手を当てた。
「「あ……」」
艶のある声とは逆に、二人の表情には陰が落ちる。
去来した不安に顔が歪む。
それでも二人は、取り出した赤い光を差し出した。
それはまるで、コアのようで……
「もう、いいの」
アスカは微笑む。
「幸せが何処にあるのか、知らないけどね?」
レイも同じように微笑んだ。
「でもこの寂しさは……、嬉しい事だから」
二人は同時に、シンジに抱きつく。
「埋めてもらえる喜びがあるから」
二人の光が、同時にシンジの胸へと押し込まれていく。
「ほんとにいいの?」
全身へ広がる温もりが、凍り付いていた四肢に感覚を取り戻させる。
ぶるっとシンジは、その暖かさに温もりにも似た安堵感を覚え、身震いした。
涙が溢れる。
感じる。
アスカとレイの心も感じる。
「アスカ……、綾波?」
二人は小刻みに震え出していた。
失われていく体温を取り戻すべく、シンジへと強くしがみつく。
「辛い……、ううん、寂しいのね?、こんなに寂しい事だったのね?」
何かが感じられないと言う事が。
「寂しい?、いいえ、恐いのね……」
レイは守ってもらえるようにしがみついた。
二人は喪失感に震えていた。
数年ぶりに訪れた虚無感に苛まれる。
以前の不安定な心に戻っただけだというのに。
壊れる寸前にまで追い込まれてしまった。
「それでも……、いいの?」
シンジは二人を感じていた。
再び取り戻した温もりはシンジだけのものではなかった。
「あんたが無くしたものよりは少ないわよ……」
二人の中で育まれた感情が、シンジの中に染みていく。
「わたしには、わたしの心があるから……」
「そうよ、寂しさになんて負けないわよ」
シンジは二人を抱き返した。
「でもここを出れば……、またATフィールドによって切り離されてしまうんだよ?」
もっと絶望的な不安に襲われる。
この温もりは伝わらなくなる。
「他人の恐怖は知ってるじゃないか」
三人ともが、それに晒されて生きて来たから。
誰よりも知っているはずなのに。
「だからなのよ……」
アスカの口付け。
そしてレイも口付ける。
「耐えることは、出来るもの……」
「ありがとう……」
シンジはぎこちなく微笑んだ。
「幸せに……、なれるかな?」
「あんた次第よ」
「ええ……」
「よかった」
三人を穏やかな空気が包み込む。
「目に見えないものが恐いんだ……」
「好きって言葉の意味も曖昧だもんね?」
「でも失った時の悲しみは本物だもの」
だからこそ一緒に居てもらいたい。
いつも側に居てもらいたい。
その気持ちは、きっと本当のものだと思うから。
アスカの姿が破れ、変わって十四歳のアスカが現われた。
シンジの形が崩れ、ドロドロの中からあの頃のシンジが姿を見せる。
レイの表情が無機質になって、昔の容姿に縮み始めた。
「やり直したいなんて、贅沢よ」
アスカの言葉。
「死んで生まれ変わるなんて嫌なんだ」
例えそれで幸せになれても。
「ここに生きてきたわたしたちは」
「「「不幸だから」」」
今生きている自分達が。
「どんなにもがいても」
「幸せになりたいんだ」
「笑えば、良いと思う……」
そうだね?
そうよ。
ええ……
「「「だから、もう心を縛ることはない……」」」
三人の心が、等分に別たれ、切り離される。
ああ……
シンジは口から、歓喜が漏れた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。