L.A.S.Your self Your heart 5
「アスカは……、僕を信じられる?」
アスカは小さく首を振る。
「僕は……、アスカを、信じられる?」
答えはやはり、無言のノー。
「綾波は、僕を……、信じられるの?」
レイもまた横へと首を振る。
「そう……」
軽い失望と落胆に見舞われる。
だがしかし絶望は感じない。
「碇君」
「なに?」
「……信じるって、なに?」
「……便利な言葉ね?」
「言葉だけならね?」
「だってそうじゃない……」
「アスカ」
「「だから、安心させて欲しいのに……」」
二人の頬擦りと共に、シンジの顎に指も這う。
シンジは勘違いしているようだけど……
「あたしは抱かれるのが好き」
それは性的に”感じる”からではなく……
「シンジを身近に”感じる”から」
一人の存在を、直接に感じられるから、一人ではない自分を確認できるから……
「でもシンジは違うの?」
率直な疑問。
「この気持ちは、なに?」
悶える心。
「わたしは、何を望んでいるの?」
それすらも得られない。
答えが欲しい。
「碇君と一つになりたい?」
それが差す行為とは?
「繋がる、こと?」
抱かれるということ。
「それは汚れること?」
あるいは満たされるということ。
「あなたは、何を望むの?」
こんなにも狂おしいのに。
「自信なんて、何も無いんだ……」
何も無いから。
「だから僕には無理なんだよ」
満たしてあげられるものを持っていないから。
「あげられるものなんて何も無いのに……」
なら自分のすることは……
ただ汚すだけの愚かしい行為。
「でも見付けられるなら……」
上げられるものが何かあるなら。
「上げたかったんだ……」
例えそれが心でも。
「僕には、他に何があるの?」
自分だけがそれを知らない。
「ほんとにバカね……」
彼女は呆れる。
「それでいいの?」
あの子は疑う。
「嫌だ嫌だ嫌だ!」
ほんとは、ほんとは!
「誰か僕に優しくしてよぉ……」
二人はシンジを抱きしめる。
「優しくしてたじゃない……」
シンジは泣く。
「優しくしてよね?」
シンジは頷く。
「優しさの定義なんてどこにもないのよ……」
だから嬉しいと言葉にするの。
「笑顔と共に」
直接心を切り分けなくとも。
「繋がる事で、与えられる」
それはアスカに抱かれた事でまどろめた様に。
教えてもらった行為だから。
「ありがとう……」
僕にも出来る事を教えてくれて。
こんな僕の心を求めてくれて。
僕のした事を認めてくれて。
「ありがとう」
シンジは嗚咽と共に、感謝した。
「シュミレーションプラグ、イグジットされます!」
人の動きが慌ただしくなる。
「生命反応無し!」
「弐号機のプラグに生体反応……、三つです!」
ふむ……、とマコトが現われた。
「……これで君の計画は破綻したね?」
マヤは肩を落としていた。
「そうね……」
「あの計画を進行する」
「勝手にして……」
力無くマヤは退室していく。
「……後任、考えなきゃいけないな?」
マコトはその背にかける言葉を見付けられなかった。
「はっ!」
鋭く息を吐く。
見慣れない天井を凝視する。
「……知らない、天井?」
窓と思われる光源を辿る。
「アスカ」
なぜかごく当たり前に人の気配を感じる。
「綾波」
左右のベッドに並んでいた。
二年の月日が二人に女性らしさを与えている。
シーツの隆起が女性の体を現わしていた。
「戻って……、来ちゃったのか」
シンジはどっと力を抜いた。
「サードチルドレンが帰還したそうだな」
日向司令を中心に、ネルフトップによる会合が行われている。
「罪人は処刑されねばならない」
「なにもより以上の憂き目に逢わせる必要はあるまい?」
「連れ戻したこと自体が間違いなのでは……」
マコトは心の中で冷笑する。
人を思うか?
彼は彼らの心の内を正確に理解していた。
人を思いやる心は、贖罪よりも許しを与えようとする。
しかしそれに逆らわなければ、不満を持つ人々を押さえ込む事が出来ない。
「……これをご覧ください」
「これは?」
日向の側に立つ秘書が説明する。
「精神波長……、とでも申しましょうか?」
「それはわかっている、この不可解な波の正体だよ」
人の心が生み出す波。
しかし本来一つであるはずのそれに、明かに他人のものと思われる波長が重なっている。
「それがサードインパクトの正体です」
場がざわめいた。
「バカな!、これでは……」
「人の心は」
「そうです」
かつてのゲンドウのように眼鏡を持ち上げる。
「人は人により満たされた」
他人の中に別の人間の心が棲む。
「これを成したのはファーストチルドレンだろう!」
「いいえ、資料にある通り、それはサードチルドレンの波長です」
エヴァ搭乗時代の資料も添付されている。
「バカな……」
「そんなことが……」
「綾波レイ、その正体については今更語るべくもないことでしょう」
一同はぐっと奥歯を噛み締める。
「だが彼女の存在そのものが碇シンジの上に成り立っていると……」
「ありえん仮定だ!」
「しかし碇シンジ、彼の死がもたらすものは、このようにデータとして提供できるものです」
MAGIの死滅による大混乱期。
この二年を乗り切れたのは、どこか人々の心に余裕があったからに他ならない。
「補完計画は今だに進行しているのですよ」
どよめいた。
「彼の心はかけらとなって、あらゆる人々に潜んでいる」
「彼の……、死は」
「その温もりを失う事に繋がります」
「ならば隔離すればよい!」
「それをファースト、セカンドチルドレンが認めますか?」
「しかし……」
「いずれ彼は死ぬのですよ?、寿命によって」
「だがな?」
「それともファーストチルドレンを断罪しますか?」
「なんだと!?」
「MAGIの破壊、この世界滅亡へのプログラムを起動したのは彼女です」
「だ、だがMAGIによる世界独裁状態は、やがて破綻が来ると計算されていた」
「さよう、この時期に起こったのはむしろ幸運であろう」
「対処は容易かった、セカンドインパクト、あれに比べれば被害も目をつむれる程度だよ」
「だが、人は死にました」
水を打ったように静まり返る。
「……そして、セカンドはサードを再び目覚めさせました」
具体的な物ではない、なにかしら抽象的な物に追い詰められている様な重苦しさが支配する。
「かつて……、はりつけにされながらも神にも等しき存在として認識された聖者がおりました」
「……しかし彼は生きている」
「死した後も有効になるよう、神格化しようと言うのか?」
「崇めるよう仕向けて」
「ファースト、セカンド、サードチルドレン……、これは新しきシナリオで補える事です」
「無理がある」
「MAGIに寄生していた使徒の反乱、使徒を倒すために命を投げ出したサードチルドレン」
「ばかな!、偽証せよと言うのか!?」
「事実の隠蔽は今に始まった事ではありませんよ」
眼鏡は光を反射し、その奥にある瞳から考えを読ませないようにしてしまっている。
「……サードについての処遇は?」
「先程の話を公開します、人類の父としての地位を確立、これにはマスメディアが有効でしょう」
「それでは伝説や神話では無く、ゴシップだ」
「そうですよ」
「愚劣な」
「彼の人類の敵としての少年期は、そのまま武器としても使えます」
マコトは肯定する。
「ファースト、セカンドが女神として認識されているのであれば、人の身でありながら己の全てを投げ出した殉教者は、より多くの感動を持って受け入れられる事でしょう」
バカバカしいと言えば、あまりにも下らない三文劇。
しかしそれでもやるしかない……
「それは彼女らとの相乗効果により、より長く人の心を打つでしょう」
マヤがリツコの影を追い続けていたように、マコトもまたミサトの嘆きを理解していた。
(何も知らなかった子供に僕達の常識を押し付けて殺し合いをさせていた)
その常識が非常識である事に気がついたのは、実際にシンジが泣き叫びながら戦い出してからであった。
その上、人柱?、人身御供?
救われないなんて、そんなのないですよね?、葛城さん……
閉会を告げると同時に、みなそれぞれに重い足を引きずっていく。
マコトは眼鏡を外して、目元を揉みほぐす様にマッサージをし始めた。
「今度のプログラムは……、彼らに負担をかけないよ、絶対にね?」
それがマコトの償いであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。