Symphony no.9 and... 4

 少女が動かなくなった。
 それと同時に黒い悪魔が立ち上がった。
 悪魔と入れ代わりにネルフの医療班が少女の骸とおぼしきものを取り囲んで運んでいく。
 誰も少年には気がついていない。
 まるで見えていないかの様に動いている。
 だからその一部始終を見ていた少女同様の者たちは、シンジを本物の悪魔だと信じ込んだ。
 死を待つものにだけ見えるのだと思い込んで。


「あのバカ……、ほんとに大丈夫かしら?」
 撤去作業を終えた二人は、次の仕事のためにエヴァを降りた。
「信じる事ね……」
 レイは冷たい。
 ぶるっと寒さに一つ震えて、アスカは移動寝台車両に飛び込んだ。


 車両は大型のトレーラーで、その内部は中二階、レイとアスカのための専用車両となっている。
 外装はエヴァと同じ特殊装甲を用いられ、その重量は生半可な衝撃では微動だにしない。
「レモンティー入れとくから、先にシャワー浴びなさいよ」
 寒さのためかL.C.Lがやけに張り付く。
「わかったわ……」
 寝台車両とは言え、中は下手なホテルより豪華な造りになっている。
 しかしそこにしつらえられている家具は簡素なものだ。
 質素ではない、落ちついた雰囲気のものを選んでいる。
 彼女らを求める余り、凶行に走る人間がいないとは限らない。
 我が神に。
 そう考える人間はいるのだ。
「その代表格がパパってのは情けないけど……」
 口をゆすぎ、血の味をココアで護魔化す。
 レイが出て来るのを待ってアスカはシャワーボックスへ入った。
「ロシアではわたし達のための洗脳施設が見つかったらしいの……」
 タオルも巻き付けないでエアコンの送風に乾燥を任せる。
「自分達のことだけ見てて欲しいなんて贅沢よ」
「……そのわがままを口にしていたでしょ?」
 レイは二階に一つだけある特大のベッドに腰かけた。
「ま、ね……」
 それがあのシンジを作ったとも言える。
 ひたすら脅えていたシンジを、だから強くは言えない。
 レイは入れ違いに消えたアスカの裸体を思い起こした。
 ……変わらないのね。
 自分の胸を見て静かに落ち込む。
「なぁに暗くなってんのよ?」
 アスカは濡れたままぺたぺたと階段を上がった。
 さすがにレイの様にはいかず、タオルで髪を拭いている。
「半年でちょっとは大きくなったんでしょ?」
 惜し気も無く身体を晒すアスカに溜め息ひとつ。
「なぁによぉ?」
 押し倒す。
「やめて!」
 うつぶせに脇を締めるレイ。
「い〜じゃないの、計ってあげるって言ってんのよ!」
「昨日も同じことした」
「昨日のことなんて忘れたわよ!」
 その脇に手を差し込む。
「ん、あん!」
「ん〜、ちゃんとシンジに揉んで貰ってるの?」
「……あなたに育ててもらってる気がする」
「……そ、そうなの?」
「「あ……」」
 呆然としているシンジが居る。
「ごめん……、あの、見るつもりは無かったんだけどさ……」
 きゃあああああああああああああああああ!
 乙女らしい悲鳴は逃げる空間を見付けられないままに反響して鼓膜を打った。


「もう!、入って来るならインターホンで一言入れなさいよ!」
 このトレーラーに入るためのカードキーは、レイ、アスカ、それにシンジだけが持っている。
「なんだよもぉ……、仕事サボって遊んでたのはそっちじゃないかぁ……」
 ベッドの端に腰掛ける。
 アスカはその前に椅子を動かした。
 レイはと言えば……
「碇君に誤解された……」
 ベッドの一番隅で小さくなっている。
「エヴァが待機体勢に入ったから、保護した人達のケアを頼みに来たんだよ」
 口を尖らせてすねる。
「だぁかぁら、こうやってそれらしく着替えてんでしょ?」
 唇をついばまれるシンジ、頬にまだ濡れている髪がかする。
 一瞬絡み合った不安げな瞳をシンジは見逃さない。
「大丈夫だよ……、ネルフだって護衛を付けてくれてるし」
「あんたの力が特別だってのは分かるわよ?、でもATフィールドが張れるほど特別でも無いんだから……」
 操るための感覚は今でも覚えている。
「ん〜、やっぱりこれのせいなのかなぁ……」
 二人に返してもらった温もりを確かめる。
 胸に手を当てて、目を閉じて。
「人を拒絶できないんだよね?、それに追い詰められていないからかもしれない」
 どうしても物理的な高みにまでそれを強める事ができないのだ。
「せめてレイの手が空いてからじゃダメなの?」
 レイならばシンジ以外の全てを拒絶できる。
「……待てないよ、そんなの」
 自分の名前が出たからか、レイはおどおどと顔を上げた。
「碇君……」
「なんでもないよ」
 シンジは立ち上がるとレイの前に立った。
「ん……」
 サイドの髪に手を差し込んで顔を向けさせる。
「頑張ってね?」
 キスをする。
 終わりと共に漏れてしまう吐息。
「碇君……」
 もっととおねだりを混ぜた瞳を向けるが、シンジは未練を少しも感じさせないでそれを無視した。
「じゃあ、僕はもう一回りして来るから」
「ええ……」
 行こうとするシンジの前に、アスカが自然に立ちふさがる。
「いってらっしゃい」
「アスカも……、頑張ってね?」
 こちらにもキス。
 ただしレイよりも少し荒々しくなったのは、アスカがシンジの首に腕を回したからなのだが。
「ずるい……」
 シンジを見送りながらレイは呟く。
「あんたはまだ足りてないのよ」
 勉強が。
「……次はわたしもそうする」
「できたらね?」
 舌を出す。
「さっ!、もう一仕事片付けるわよ」
「ええ……」
 二人は揃いのシャツに袖を通した。


「はっ!」
 目を開く。
 真っ白な天井が混乱を持ち込む。
「あ、や、あ!」
 慌てて逃げようとしてベッドから落ちる。
「きゃん!」
 可愛らしい声を上げて、痛みに我に帰った。
「あ、れ?」
 病室だった。
 彼女はシンジが死なないと言って気を失わせた少女だ。
 え、え?
 慌ててもがいて起き上がろうとして、それができないで不安に陥る。
 自分の身体のことを思い出したから。
 あ……
 原因は身体を拘束するように巻き付いてしまっていたシーツだった。
 バカみたい……
 赤くなってシーツを取る。
「え?」
 手がある事に驚く。
「嘘……」
 腕が動く。
 指も動く。
 ああ……
 身体を抱きしめる。
 温もりがある。
 足も無事、起き上がれる。
「あたし……」
 身体が震える。
「もう、いいのね?」
「え!?」
 入り口に人が立っていた。
「……ここはネルフの医療車両の中よ」
「あ、あ!」
 奇跡が起きたのだと瞬時に理解できた。
 そこに立っていたのが青い髪に赤い瞳の少女だったからだ。
 実年齢よりも発育不良の身体が、より歳若く見せている。
「身体は、動くのね?」
「あ……、はい!」
 慌てて向き直る。
 怒りに任せ、狂気に取り付かれても焦がれていた、元気な身体。
「よかったわね」
 ややぶっきらぼうに言い放って女神の一人は背を向ける。
 良かったって……、言ってもらっちゃった。
 にへらと顔が緩んでしまう。
 ぽうっと惚けたように立ち尽くした少女は、ベッドに戻れと注意されるまで身をくねらせていた。


 シンジの「癒しの奇跡」は与えられた者とそうでない者とに分かれていた。
 天は自らを助くる者だけを助くる。
 シンジは始めから他人を当てにしている人間を救わなかった。
 正しくは救えなかった。
「助けてください、助けて!」
 女性がすがり付いている。
 シンジのコートをつかみ、涙を流す。
 そのお腹からは尾が伸びて、その先ではまだぬめっている子供が繋がっていた。
 ただし息はしていないが。
「……ごめん」
 引きずり回したのだろう、頭蓋骨が正常な形に収まらないまま、子供は擦り傷だらけになっていた。
「僕には、なにもできないから」
「そんな……」
「助けてやって下さい!」
「人間じゃないわ!」
 罵る声は受け止める。
 耳を塞ぐわけにはいかない。
 ……これも、僕のもたらした事だから。
 だからひたすら耐える他ない。
 ATフィールドとアンチATフィールド。
 僕に出来るのは……
 その使い方をほんの少しだけ伝える事だ。
 でも……
 愚痴は言えない。
 償いでも無い。
 これは当たり前の行為だから。
 僕の勝手に着き合わせてるんだ……、僕がしなくてどうするんだよ?
 偽善よりもタチが悪い。
 シンジのそれは強迫観念に近かった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。