Primary lady 1

「あ、トウジ?、久しぶり」
『何が久しぶりやぁ!』
 四十インチを越えるモニターで怒鳴られる度迫力。
 トウジの後ろにはヒカリが居て、苦笑しながら押さえている。
「お前のせいでどんな苦労しとると思とんじゃー!」
 シンジはニコニコと笑みを絶やさない。
「なんだよもぉ、ちょっとからかっただけじゃないかぁ」
 第三新東京市立六分儀学園。
 そこは小学校から大学院までのカリキュラムが存在し、その全てが試験による進学制で、もちろん飛び級も可能となっている。
 市立でありながらその運営はネルフによって行われており、その生徒は全てエヴァパイロット候補生だという特殊な学校でもあった。
『どあほが!、お前のせいでなぁ!』
 くぅっと涙を堪える。
 そんなに酷いことしたっけなぁ?
 シンジはちょっとだけ振り返る。
「なんだよもぉ……、ただ最近、トウジと綾波って仲良いなぁって言っただけじゃないか……」
 ね?、委員長っと目で合図する。
『うん……、鈴原、あたしと出かけても綾波、綾波ってうるさいし』
『なに言うんや!』
「わたし、ジャージ嫌いなのに」
『あ、綾波ぃ!』
 ガーンとショックを受けるトウジ。
 ちなみにトウジ達がいるのは日本。
 シンジ達はドイツへ移動している最中だ。
 チルドレン専用の居住コンテナトラックは、時速六十キロで走っているとは思えないほど安定していて、微震動も感じさせない。
「まあしょうがないよ、世界に三人しかいないチルドレン、その内の二人が同級生なんだからさ」
「それや!」
「なに?」
「なんでお前が抜けとんのや!」
「え?、だって僕……」
「碇君は死んでしまったの、可哀想な碇君、わたしと添い遂げる事もなく天に召されてしまったのね……」
「だぁれがあんたとくっついたのよ!」
 こつんとおつむを叩くアスカ。
「あんたまだシンジにしてもらってないじゃない」
『あ、アスカ!』
「ん、なぁに?」
 ごしごしっと頭を拭う。
 風呂上がり、ノーブラのタンクトップに下はショーツ一枚と言うはしたなさだ。
「ああこれ?、寒いからってエアコンかけ過ぎちゃって……」
『そうじゃなくて!、鈴原も見てるのよ!?』
「いいじゃん、ネルフの健康診断とか一緒にやってんだし、いまさら、ねぇ?」
 軽くトウジにウインクする。
『ふ、ふけつよ……』
「そっかぁ、だから最近、委員長にくっつかれても赤くならなくなったんだね?」
『シンジぃ!』
『嫌あああああああああ!』
 アスカはシンジの背に抱きつきつつクスクス笑う。
「ほんと飽きないわねぇ?」
「綾波の時もあんな感じだったな……」
 ヒカリに脳天踵落としを食らっているトウジがいる。
 レイだけは落ちついて、通信機のボリュームを2メモリほど小さくした。


 一月前。
 シンジはトウジに殴り倒されていた。
「痛……」
 切れた口に顔をしかめる。
 ネルフ上層階の会議室。
「アホがぁ!、なに考えとんのや、お前は!」
 それでもシンジは笑っている。
「でも謝るつもりは無いよ?」
「わかっとる!、むかつくんやったら殴り返してええ」
「しないよ」
「ほんま、もうちょっと考えぇよ」
 トウジはシンジの手を引いて起こした。
 しかし追及はまだ終わらない。
「次はあたしの番ね?」
「あ、アスカ……」
 バン!
 いつものパシン!、ではなく、さらに強い衝撃だった。
 首がもげるかと思うほど回転する。
 そのままシンジはキリキリと回ってぶっ倒れた。
 ようやく映ったのは味気ない天井。
「歪んだ天井だ……」
 まだくらくらしているらしい。
「碇君……」
「綾波」
「悪いのはわたし、碇君をだましたわたし……」
 それでもシンジのした事が許せないのか?、レイは唇を尖らせていた。


 一時間前。
「胸糞悪いのぉ……」
 アスカ、レイの訪問を受けたトウジは、シンジのしたことに怒っていた。
「シンジの力って、そう便利なものじゃないのよ……」
 特A級の機密事項として分類されたそれは、今はマヤによって管理研究されている。
「人は死を恐れ、恐怖を抱くわ……」
「絶望の淵に立たされた時にこそ、みんな何かに縋り付くのよ」
「そのための儀式……」
「だからて……」
「わかってるわよ、でも憎まれ役を買う必要もあるの、それができるのは……」
 シンジとは言わない。
 でも自分はなれない。
 あたし達は希望なのよ……
 人が愛されると夢を抱くための。
「んなやり方しとったら、あいつ死んでまうで?」
「シンジが自分で決めて、やり始めた事だもの……」
「それに……、わたし達には、なにも……」
「なにも?、なにもなんや?」
「言ってくれないのよ!」
 ブスッくれて頬杖を突く。
 ネルフと学校のほぼ中間点にある喫茶店だ。
 アスカの正面にトウジ。
 隣のレイ。
 憤慨を含んだ、奇妙な沈黙に彩られている。
「んで、聞いたんか?」
「だぁめぇよ、でも前とは違うのよ」
「なにがや?」
「碇君……、甘えてくれるもの」
「はぁ?」
 意味が分からないとキョトンとする。
「辛くなったらじゃれついて来るのよ!、そりゃ慰めてあげるけど……」
「何が辛いのか話してくれなければ、わたし達には何も出来ないわ」
 はぁっとトウジは溜め息を吐く。
「しょうのないやっちゃなぁ?」
 原因を語らないから、慰めようが無いのだ。
 ただ甘えを受け入れてあげるしかない。
「お前らはどうなんや?」
「そりゃ、嬉しいけど……」
「けどなんや?」
 にぃっとアスカは笑みを浮かべた。
「それで、さ?」
「やっぱりか」
 またも溜め息。
「急に呼びだしおって、なんかあると思たわ」
「うっさいわねぇ……、ヒカリにバラしちゃうわよぉ?」
「な、なにがや!」
「あんたシンジに頼んで、病院にやらしい本持ち込んだでしょ?」
 真っ赤になって、トウジは口をパクパクとさせる。
「あんたバカぁ?、シンジに頼んだらバレるに決まってるじゃん!」
「なんでや!」
「本屋に行くって言って、妙にびくびくしながら帰って来る事があったのよねぇ?」
「それも、何度も……」
 揃ってユニゾンし、ニヤリと笑う。
「それで、ね?」
「わぁったわ、で?、わしは何をすればええんや?」
「べぇっつにぃ?、そろそろシンジ、来ると思うんだけどねぇ?」
 アスカは楽しそうに窓の外を見た。


 確かにシンジは急いでいた。
 アスカのバイクを無断借用して。
 全く何考えてるんだか……
 尾行が着いている事には気がついていた。
 始まりは電話だった。
『フォースチルドレンを預かった』
 変声機で作った声に、大きな動揺を受けてしまう。
 トウジ!
 奇跡のチルドレン。
 碇シンジが某高校で見せた肉体の崩壊と再生、セカンドチルドレンのATフィールドの中和、ファーストチルドレンのATフィールド展開能力と、『覚醒』したチルドレンは、不可思議な能力を扱えると噂が立っていた。
 そこにフォースの『肉体再生』である。
 噂は信憑性を伴って駆け巡った。
 だからって、トウジが狙われるなんて!
「……僕にどうしろって言うんですか?」
 自然と冷たい声になってしまう。
 まるでかつての、ネルフ司令のように。
『H102で待つ』
 H102……、って病院じゃないか!
 病院内の何処かに監禁されていると言う事だろうか?
「わかりました」
 シンジは電話を切ると寝室に向かった。
 第三新東京市のあのマンション。
 シンジのための箱庭。
 その一室にはダブルよりもさらに大きい特大ウォーターベッドが据え置かれている。
 もちろんアスカの強い要望によるものだ。
「トウジ……」
 収納タンスを開くと、隠しもしないで銃火器が並べられている。
 その内の幾つかを取って弾を装填する。
 戻って来てからシンジはマコトに頼んで訓練を受けていた。
 もちろん素人の域は出ないのだが、人一倍憎まれることの多いシンジだからこそ、その申請は認められていた。
 トウジ……
 そして今はバイクを走らせていた。
 何でも無い交差点を曲がる。
 勢い込むように倒し込み過ぎて後輪が滑った。
 焦り過ぎたようにも見える。
 横倒しになり、勝手にバイクは滑っていく。
 シンジも一緒に投げ出された。
 着けていた車が停まり、中からマコトが駆け出して来る。
「シンジ君!」
 駆け寄る、が、返事が無い。
「早く医療班を!、ん?」
 シンジ君!?
 マコトは誰にも気付かれないように、シンジの手が袖を引っ張っているのに気がついた。


 アスカは青い顔をして車を走らせていた。
 車は強化プラスチック製の特殊ボディーで流線型。
 色は青。
 トップの運転席を、やや後方で挟み込むように座席が二つ並んでいる。
 それがアスカの開発設計した「NT−1」だ。
「見えたわよ!」
 ネルフ本部。
 アスカはスティックを一層倒し込んだ。
 加速するNT−1。
 NT−1の操作はハンドルではなく、スティック桿にて行われる。
 後ろに座っているのはトウジとレイだ。
 二人の顔が青いのは、シンジを心配する余りと、アスカの運転に対する不安とのもの。
 碇君……、わたしも、そっちへ行くから。
 少々気の早いレイだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。