L.A.S.Primary lady 2
アスカ達は何故か誘導されて移動した会議室で、「や!」っと手を挙げるシンジにへなへなと崩れ落ちた。
「あんた……」
「碇君……」
「お、お前事故ったんとちゃうんか!?」
シンジは笑顔のままで腕を見せる。
擦り剥いた痕。
「シンジ!」
「ちょっとね……、でもこけたのはワザとだから」
「はぁ!?」
「バレてたんだよ、全部ね?」
マコトが苦笑しながら割って入る。
「バレて……、ってなんで!」
「今時変声機もないよね?、それにうちの電話は色んな所に盗聴されてるんだよ?」
あっとアスカは声を上げた。
「あんた……」
「そ、保安部に録音したデータをもらって分析処理かけたらすぐに日向さんだってわかったよ」
シンジの部屋のコンピューターは衛星回線を通してMAGIと直結している。
正確には新しく改修されたMAGIと、だが。
「こ、このどあほが!」
そしてトウジは殴りかかった。
「あの時にね?、死んだってことにして貰ったんだ」
呆れ返っているトウジがいる。
『お前なぁ……』
「たぁいへんだったのよぉ?」
笑いを堪えているのか?、アスカの頬が引きつっている。
「サードチルドレン死亡!、でしょ?」
「そうそう、それでいろんなとこの諜報部が大慌てになって……」
情報の真偽を求めて、ネルフは支部、その他からも問い合わせとハッキングを受けた。
「ぷっ」
取り繕っていたアスカだが、向こう側の二人に吹き出した。
ヒカリを宥めるために、トウジが膝の上に抱いたからだ。
「……ほんと、レイにそっくりよね?」
「なに?」
「あんたよくシンジにだっこされてるじゃない?」
「なにを言うのよ……」
ぽっと赤くなる。
「そうそう、だからトウジって綾波の扱いもうまいんだよね?」
「だぁ!、お前がんなこと言うから!!」
チルドレン同士のゴシップ的な関係に学校では大騒ぎになっていた。
サードチルドレン、碇シンジの死亡。
この二年間で収拾、修復されたネルフの秘匿情報と機密のいくつか。
それらと共に、一つの計画書が知れ渡っていた。
『ゴルゴダ』
そう名付けられた一連の計画書だった。
多少欠けてはいたが、大まかには「サードチルドレンをスケープゴートにする」という内容が伺い知れた。
この計画についての追及は行われたが、もちろん計画の立案、実行者は碇シンジである。
本人が望んだ以上、その苦しみをどの程度和らげたのかが問題になった。
碇シンジの葬儀には、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーが列席した。
もちろん中継もされた。
二人は無表情に近かった。
全てを知っていながらサードチルドレンに負を背負わせるしか無かった実情。
その罪悪感を抱えたままで、人に救いの手を差し伸べていたという現実。
(これがチルドレン……)
最善のために自己を犠牲にした子供達。
その印象ばかりが先行する。
しかし……
(鼻につく、吐きそう……、これが防虫剤の匂いなのね……)
(あ〜、もぉ、足が太くなっちゃうじゃない!、後でシンジに揉ませてやる……)
当のチルドレン達と言えば、考えていたのはこんなことである。
シンジ本人に至っては自室で寝こけていた。
これほどの騒ぎ、知らなかったトウジの方が異常なのだ。
サードチルドレンは死亡した。
それが全世界共通の真実となった。
(ほんとにこれでよかったのかしら?)
アスカは他人に思考を読まれないよう表情を消していた。
アスカの耳には、あの世界でのシンジの言葉が張り付いていた。
君達は思ったんでしょ?
顔は作ればいい。
名前も変えればいい。
なら、僕が僕である必要は無いんだね?
(サードインパクトを起こしたのはシンジじゃないわよ……)
起こしたのはゼーレだ。
シンジはその中核とされただけだ、さらにシンジでなければ世界の再生もあり得なかった。
(なのにシンジはいらなくなったわけ?)
いらないと判断したのがシンジ自身である以上、口には出せない。
まったく、いっつも勝手に決めちゃうんだから……
悪役になった時も、弐号機と融合した時も、そして今回も。
ふぅっとアスカは溜め息を吐いた。
「ほんとにバカよね?」
上の階を見る、レイとシンジが眠っているはずだ。
アスカは書類をチェックしていた。
レイはこういった事には向いていないから、必然的にアスカの範囲となってしまったのだ。
「エヴァ、量産計画ね……」
それが今回のパリでの救済活動の裏に隠された、もう一つのお仕事だった。
「こんな計画まであるの!?」
アスカは手渡された計画書に唖然とする。
パリへの旅立ちを前に、突然マヤと共に訪れたかと思えば、日向はそんなプランを公開したのだ。
「マヤ!、あんたまだ……」
「ごめん、それは僕が頼んだんだよ」
「シンジ!?」
アスカほど表には出さないが、レイも眉間に皺を寄せている。
「これは復讐だからね?」
「ふく……、なんですって?」
「マヤさんに対する復讐だよ」
余り似つかわしくないセリフに言葉を失う。
「……シンジ君」
「なんですか?」
マヤの呼び掛けに、シンジはにこにこと答える。
「あなたは……、わたしに何を望むの?」
「なにも」
「なにも!?」
「”計画”に信憑性を持たせる、そのためにマヤさんの名前が必要なんです」
「でもそれは……」
「エヴァについてはマヤさんでなくてもいい……、けど、僕の”存在”についてはマヤさんが必要なんですよ」
サードチルドレンの魂の消滅は、補完世界の破綻を意味する。
「必要?、必要なのは名前でしょ?」
「違いますよ……」
魂が解放されてはならないのだ、サードチルドレンに限っては。
シンジ?
碇君?
笑みが消え、寂しげな影が浮かんでいる。
「マヤさんだけですよ、……僕がどうして欲しかったのか分かってくれたのは」
「シンジ君!?」
マヤははっとする。
「僕は……、確かに戻って来ました、こうやって自分を見せる事も出来るようになりました、でもまだダメなんです」
「あなた……」
「マヤさんは……、本当は知っているんでしょう?」
「……もう、いいわ」
「ほんとうはどうすればいいのか?、でも出来ないんですよね?」
「もういい!」
「だって僕とマヤさんは、同じ……」
「もういいのよ!」
う、うっく、く……
マヤは口元を押さえて嗚咽を漏らした。
「わた、しは……」
「二人ともマヤちゃんとは色々とあっただろうけど……」
マコトはアスカとレイに語りかけた。
「マヤちゃんは誰よりもシンジ君に自分を重ねていた……」
マヤの側に座り直し、優しくその肩を抱き寄せる。
「だからってシンジに!」
「アスカ……」
「でも!」
シンジは微笑み、目でよく見ろとアスカを諭す。
しぶりながらアスカはマヤとマコトを見た。
あ……
柔らかい雰囲気。
「……そうなのね」
「え?」
レイの呟きが耳に触った。
「……碇君と同じ」
「あ!」
シンジ、レイ、アスカ……
寄り添う姿が、空気が似ている。
「マヤちゃんについては僕に任せてくれるね?」
「お願いします」
シンジが頭を下げると、少しの迷い……、と言うよりは焦りを見せて、アスカも「わかったわよ」っとぶっきらぼうにそっぽを向いた。
自分一人、物分かりが悪いように思えたからだ。
「でもまだ許したわけじゃないからね!、マヤのこれからの態度次第よ」
ありがとう……
それはマヤでは無くてマコトが答えた。
人の内側にはシンジの心が棲み付いている。
「アスカ、まだ起きてるの?」
アスカは苦笑しながら振り返った。
「寝てていいわよ?」
「いいよ、なにか飲む?」
「じゃあカプチーノ入れて」
「わかった」
とは言ってもお湯を注ぐだけのインスタントだが。
「なに読んでるの?」
「これよ」
機密も何もなく、シンジに見せる。
「ああ、コアの複製?」
「ええ……」
あまり良い印象を持っていないらしく、アスカは酷く嫌悪して見せる。
「アスカは嫌なの?」
「……必要なのは認めるけどね?」
死を待つだけの他人をエヴァに吸収させる。
それがコアの作成。
その元はシンジやネルフの手の及ばなかった犠牲者達なのだが、その事実は伏せられることになっていた。
この救済活動は、より良質なコアを確保するためのものなのだ。
他人の魂であってもシンクロできるのは、その中にシンジが巣食っているからだ。
そしてチルドレンとは、補完されないままにいる、補完を望んでいる子供達を指す。
「アスカが気にすることは無いよ」
「でも!」
シンジはアスカの前にしゃがみ込んだ。
「誰も悪くない、悪いのはこんな方法を選んだ僕だ」
「シンジ……」
手のひらに重ねられた温もりに胸が痛くなる。
「それでもエヴァは必要なんだよ……」
世界で唯一存在しているエヴァ。
しかしサードチルドレンの情報流出と共に、少なからずエヴァの機密も漏れていた。
隠し通せない以上、管理する他無いのだ。
サードチルドレンが補完に用いたのは、誰もが持っている寂しさをを埋める思いやりだった。
そのコアと、その思いを必要としているチルドレン、この二点が繋がって始めて新しいエヴァは起動可能となる。
「成功すれば、弐号機にも搭載されるのよね?」
「うん、綾波に無理させなくてすむし……」
「あたしだって、シンジとを感じられる方がいいわよ」
お互いに笑みが浮かぶ。
「明日にはドイツ支部か……」
「とりあえずパパね?」
「僕の顔見せのことも忘れないでよ?」
「わかってるわよ、『ダッシュ』」
シンジはその呼び名に、苦笑交じりの笑みを返した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。