Primary lady 3

「ここがドイツ支部か……」
 と言っても施設内である。
「なんだかどこも変わんないね?」
 あったりまえでしょ!っと叩かれる。
「研究機関なんだからウケ取ってどうするのよ?」
「そうじゃないけどさぁ……」
 本部との違いは高層ビルではなく、五階建の平坦な建物である事だろう。
 もっとドイツらしい風景とかさ……
 当然地下にはエヴァの格納庫、シェルター、実験施設などが存在する。
 窓の外を見渡しても、アスファルトで固められた道路と申しわけ程度に飢えられた街路樹が見えるだけだ。
「どうぞ」
 案内役の女性が道を開けた。
 正面にあるのは重厚なドアだ。
 アスカの顔から表情が消える、戦闘体勢に入ったのだろう。
 レイは昔のように存在感を薄れさせた。
 ATフィールドの応用かなぁ?
 シンジはそんな事を考えながら、ぼうっと後を着いて入っていった。


「お帰り、アスカ君」
「お久しぶりです」
 表面上は平静を保っていたが、アスカは内心動揺していた。
 無理をしていた少女時代。
 その時と同じ男がそこにいたからだ。
 ……てっきり帰って来てないと思ったのに。
 何故そう思ったのかは分からなかったが、死んだものだと思い込んでいた。
「あのアスカ君がこうも素敵になるとはね?」
「恐縮です、ヴァイセン司令」
 社交辞令にもめげずにヴァイセンは近寄る。
 手を差し出して、握手を求めるかと思えばそのままの気安さで腰に手を回した。
 このロリコンが……
 アスカは内心で吐き捨てる。
 ドイツで唯一のパイロットだった時分から、なにかと触って来る男だった。
 あのままだったら、きっと……
 襲われていたかもしれない、そう思うと身震いしてしまう。
「さあ、レイさんも」
 存在感が無くて気がつかなかったのか?、彼は取り繕うようにレイに声を掛ける。
「それと……」
 そこで眉をひそめた。
 彼がレイに気がついたのは、どうしようかと悩んでいるシンジが居たからだ。
「何を考えて、あなた達は……」
 侮蔑の表情。
「サードチルドレン」
 の……
「クローンか」
 シンジの存在は、そう言う事になっていた。


 ガンガンガンガンガン!
「なぁによあのスケベ!、変態、反吐が出るわ!」
 いつかのミサトよろしく、ロッカーの破壊活動に勤しむアスカ。
「……早く仕事を終わらせましょう」
「そうね!」
 レイが怒っているのは、シンジに対する態度に怒りを募らせたからだ。
「シンジ!、あたし達は会議に行って来るけど、あんたは……」
「僕は外を散歩してるよ」
「マーカー、持ってるわね?」
 シンジは『心配症だなぁ』と思いながら、ネルフのIDカードを見せた。
 これは衛星とリンクしていて、常に居場所をチェックしている。
「いい?、いじめられたらちゃんと言いなさいよ?」
「大丈夫だよ……」
「碇君……」
 レイはシンジの体を抱きしめた。
「ダッチワイフ……、性処理の道具、今度使わせて」
 なに勘違いしてるんだろうなぁ……
 シンジは困った感じを、乾いた笑いで表した。


 アメリカ、ネルフ新第二支部。
 ネバダの広大な大地に、そのほとんどを実験と称した戦闘訓練場として存在している。
「予定位置に着きました」
 モスグリーンのエヴァが一体、度重なる演習によって原型を失った大地に直立していた。
 肩には米国所属を意味する星がマーキングされている。
「しかし効率の悪い兵器ですな?」
 アメリカ支部はアメリカ国防総省を取り込み、その性質を軍気質に近い物にしてしまっている。
「そう思うか?」
「あれ一体で空母がまるまるフルセットで揃えられます、N兵器込みで」
「都市制圧のために使用するには、か?」
 外部電源無しでは、ゲインを利用しても数分の運用が限界であったエヴァに対し、この新しいエヴァは内部電源で三十分もの可動を実現している。
「しかしそれでも、実戦闘で運用するにはバックアップの電源部隊が不可欠、さらにはそれを守る歩兵大隊と、あまりにも非効率です」
「N兵器の直撃ですら耐えるとしてもかね?」
「初号機の記録ですか?、あんなものはでたらめですよ」
 それに電源部隊が全滅してしまえばそれまでだ。
「本部の連中が優位性を高めるために流した偽データですよ」
「……改竄の跡は見られなかったそうだが」
「あまりにも整合性の取れたデータほど怪しい物はありません、それにEVEのATフィールドで測定した結果では、耐えはしても甚大な被害を被ると出ています」
「EVEは、な……」
 司令官らしき男は、その野外テントからイヴと呼ばれるエヴァを見た。
 同型でありながら装甲を削られたその姿は、より線の細い印象を見せている。
 ……ATフィールドはパイロットとのシンクロによって変動する、その強度は機械的なシステムに左右されることは無いというのが、その基礎理論だったはずだ。
 ではなぜイヴはエヴァに遠く及ばないのか?
「まったく……、パイロットの教育もできないようでは……」
 こいつは……
 ちらりと自分とはあまりに違う副官を見た。
 彼の言う教育とは、民間人を兵士に仕立て上げるような洗脳教育を指しているのだ。
 しかし洗脳は自我を殺してしまう。
(守るべき自分を持たない者ではイヴにシンクロできん)
 兵器として扱うには、そのジレンマの甲斐性が問題だった。
 戦闘訓練を行い強さを極めれば極めるほどに、チルドレンは自己防衛能力を持ってしまいエヴァンゲリオンの保護本能を疎ましく感じるようになる。
 自分はもう大人なのだ、その感情が保護母性を拒絶する。
「上からの命令に従うよう飼育できないとは、戦力として役に立ちませんよ」
 忠誠心を植え込むためには、それこそ幼年期からの教育となってしてしまう。
「タイムスケールと効率から言えば、な……」
 その上、適格者としての資格、コアとの相性まで問われるのだ。
(確かに戦闘機や戦車を操るパイロットであれば大量生産は効くか……)
 少なくとも数千人を育成して、出るかでないかわからないチルドレンを待つよりは遥かに良い。
「日本ではスクールが開かれたな?」
「それですよ!、それこそ本部が独裁を開始する初準備を……」
 バカが……
 司令はその短絡的な思考を軽蔑した。
 チルドレンたる資格は、内面的な思想よりも、精神的な強弱に左右される。
 しかしそれは不幸である事を差し示すのだ。
 渇望する虚無感と、与えられぬ愛情。
 心を満たしてくれるべき対象への焦がれ。
 そこから救い出すためのスクールだと言うのに……
 軍がネルフに吸収された事の意味を、彼は正確に把握していた。


「これがイヴ……」
 レイの眉根をしかめた呟き。
「アメリカ支部のMark1、まあうちのMark2に比べればおもちゃも同然ですがね?」
 ドイツ支部のE計画担当責任者はミヅチと言った。
 所詮本部の人事からあぶれた人間なのね……
 鼻息も荒く胸を張る男に大袈裟なほど落胆する。
 見ているのは米国から届いた三日前の映像だ。
 戦闘機10、戦闘爆撃機3、戦闘ヘリ20、戦車大隊4。
 これだけの戦力を相手に、確かにイヴは勝利していた、が……
「これ、なに?」
「は?」
「あんたバカぁ?、こんなもんかって言ってるのよ!」
 レイとアスカは侮蔑を浮かべる。
「こんなものとは?」
 急ぎ仕様書をぺらぺらとめくる。
「戦闘用ではありませんから、反応速度は……」
 その程度の内容、頭に入ってないの?
 アスカはさらに目を細め、人から見ても分かるように見下した。
「そう言う問題じゃないわよ」
 イヴの装甲には幾つかの着弾の跡が見受けられる。
「ATフィールドも張れないなんて」
「いえ、展開は……」
「指向性のフィールドってなによ?」
 ATフィールドは常にイヴの前面に展開されているのだ。
「それは……、エヴァではありませんから」
「ATフィールドについての研究報告、読んでるんでしょうねぇ?」
 それすらも怪しいと踏む。
「これじゃあ物が飛んで来たからって手で庇ってるのと同じじゃない……」
 飛来物を受け止めるように、ATフィールドは一方向に展開されていた。
 故に使徒やエヴァの様に、集中砲火に対して防御できないでいたのだ。
 第三使徒などは全方位からの砲火を浴びても無傷で通した。
 装甲を薄くしたのはATフィールドを持つからだ。
 なのにこのエヴァ、”イヴ”はその根拠を満たしていない。
「現物は?」
「それはケイジに……」
「レイ、そっちを確認しましょう」
 くり返されていた映像が消え、会議室に灯が灯される。
「……乗るの?」
「それはしないわ」
 ちらりと、今だにやにやとしている司令を見る。
「何を仕掛けてるかわかんないもの」
 アスカは警戒心を強め始めた。


 ダッチワイフ、か……
 シンジは寒さも気にせずに建物の周りを歩いていた。
 このようなダッチワイフを作りはべらせて、何を考えて……
 司令の侮辱に心を凍らせたのはアスカとレイであった。
 そうしなければ殺していたかもしれなかった、司令を。
 あれ?、なんだろう……
 黒塗りの車が数台入り込んで来た。
 立ち止まり、かつてのカヲルのように構える、ポケットに手を入れて。
 車は何故だかシンジの側に来て停まった。
 バタン!
 運転手が戸を開く、降りて来たのは長身に金髪の男性。
「サードダッシュのシンジ君だね?」
 男の方が切り出した。
「あ、えっと……」
「ドイツ語、話せるかな?」
「はい、一応は……」
「娘に習ったのか?」
「娘……、って、え?」
 シンジはそこで、ようやく相手が誰だかに気がついた。


 アスカとレイの訪問にケイジは沸き返った、が、アスカの渋い顔が元に戻ることは無かった。
 アンビリカルブリッジの下、ハシゴ車の上でコアに触れていたレイが下りて来た。
「あなたの言葉通りよ……」
「やっぱりね?」
 アスカは頷き、Mark2を見上げる。
 ロールアウト前のMark2は、テスト用を示すオレンジで塗装されている。
「あ、あの、やはりとは……」
 びくびくと脅えるミヅチ。
「コアの調整が不完全って事よ」
「そんな!、しかしデータ通りに……」
「エヴァはね、人の魂が宿るのよ?、パイロットに対する保護本能がA10神経接続の鍵になるの」
「……イヴには制約が多過ぎる」
「人のエゴに従うよう自我を潰すなんて」
 守ろうとする感情がエヴァには必要なのだ。
 だがこの機体は、パイロットの身を守りたいと願う心に反応するよう調整されている。
「……ほんとにここが弐号機を造ったドイツ支部なの?」
 余りにもデータが生かされていない。
 パン・パン・パン・パン・パン……
 やけに乾いた拍手だった。
「相変わらずの完璧主義だな?」
「ぱ、パパ!?」
 レイは目を細めた。
 アスカの父、アレクの後ろに、困った表情でシンジが着いて来ていたからだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。