Primary lady 4

「なにを考えてるわけ?」
 アスカ、レイ、シンジ、それにアレク。
 けっして美味しいとは言えない食堂で、四人は一つの卓に着いている。
 シンジを真ん中に右をアスカ、左をレイ。
 アスカの正面をアレクが陣取っていた。
 まずい……
 好物のはずのカレーに不満を見せるレイ。
 シンジはそれを見てから、「本部に比べればね?」と考えた。
「なにを……、ではないだろう?」
「ドイツに帰れってわけ?」
「サードは死んだ、死んだ人間は帰って来ない……」
「あんたは生きてる人間だって見捨てたでしょうが」
 アレクは口の端をわずかに歪める。
「だからクローンに代わりを求めるのか?」
「悪い?」
「人は弱い……、誰かに見てもらわなければ生きてはいけない」
「まあね……」
 一瞬キョウコのことを教えようかと思ったが、アスカはやめた。
「幻に目を向け、過去に縛られるのは……」
「はっきり言いましょうか?」
 代わりにアスカはアレクを見据えた。
「利用するのも、されるのももう嫌なの」
「父親にそう言うのか?」
「じゃあどうしてドイツにこだわるのよ?」
「補完された世界で、埋め合わせることができない心は……」
「心?、知ってるのよ?、あの人、帰ってこなかったんでしょ?」
 いつでも母親をやめられると口にした女。
 彼女は向こう側の世界にとどまったのだ。
「ママ、あの女、次はあたしってわけ?」
「自惚れだな……」
「な!」
「だがそれも当たり前なのだろうが……、わたし一人ではなく、ドイツ国民の総意だよ」
 ギュッと唇を引き結び、アスカは顔を伏せて目をそらす。
「皆がドイツへの帰還を願っている」
「でもそれなら、世界中の人達がアスカを待ってると思うんですけど」
 アスカはシンジの言葉に顔を上げた。
 アレクの視線は、忌ま忌ましげに動いている。
「君のオリジナルのために、アスカは……」
 牽制を入れようとしたのだが、「おーほっほっほ」っと、やけに高飛車な笑いに遮られた。
「こ、この声は……」
 アスカの顔が青くなる。
「アスカお姉様!」
「エリス!?」
 がたんっと音を立てて立ち上がる。
 その腰めがけて少女が一人突貫した。
 抱きつき、ぐりぐりと下腹に顔をすりよせる。
「あ、アスカ、誰?」
 エリスと呼ばれた少女は、キッとキツイ目をシンジに向けた。
「誰、ですって?」
「う、うん……」
 十二・三歳程度の女の子で、くりくりカールのもみ上げと、優美さを感じさせるウェーブのかかった髪が印象的だった。
「わたしを知らないとおっしゃるの!?」
「あ、し、シンジ、この子はエリス、セヴンスよ?」
「セヴンス!?」
 奇麗ではあるだろうが、惜しむらくはまだそばかすが消えていなかった。
 エリスは敵意を剥き出しにしてシンジを睨む。
「あなた、なぜここにいらっしゃるの?」
「え?」
「ここは世界再建の要!、あなたのような劣等亜種の居ていい場所ではありませんのよ?」
「エリス!」
「やぁんお姉様ぁ、怒っちゃ嫌ですぅ」
 くるくると態度が変わる。
「アスカとエリスちゃんって……」
「そう、そうなのね?」
 赤くなったシンジにレイが呟く。
「だからわたしにも襲いかかるのね……」
「アスカ!」
「なに勘違いしてんのよぉ!」
 父親にいいわけする。
「見苦しいぞ!、まさかサードがファーストとの関係を隠す盾だったとは……」
「んなわけないでしょう!?」
「素敵……、世界の柱たるお二人の甘美な関係……」
 そのうっとりとした表情に、さすがのレイも鳥肌を立てる。
「碇君……」
「なに?」
「明日から、アスカとは別のベッドで寝ましょう……」
「……そうする?」
「だぁ!、あんた達ねえ!」
「嫌ぁあああああああ!」
 よろよろとエリスが後ずさった。
「あ、あなた!」
「僕?」
 きょとんとシンジ。
「い、今、ベッドがどうとか……」
「ああ、一緒に寝てるけど……」
「シンジの腕が枕なのよねぇ?」
「なんだとぉ!?」
 これにはアレクも激怒した。
「世界の御柱とまで称されるのがチルドレンだ、わかっているのか!」
「だって?」
「僕に言わないでよぉ……、ほら、僕ってダッチワイフだから」
 少し根に持っているらしい。
 が、これは逆効果だった。
「「だ、ダッチワイフ!?」」
「え?」
「それって、お姉様が、こ、こんな奴と!?」
 よろよろとよろめく。
「だめです!、お姉様!!」
「なんでよ?」
「そこまで堕落したというのか!」
「いいじゃない、あたしだってしたいんだから」
「アスカ!」
「お姉様!、チルドレンをなんとお考えなのですか!」
 あれ?
 気がつけばレイのカレーの隣に、パスタの皿が並んでいる。
「綾波、それ……」
「パスタの方がいいから……」
 いやそうじゃなくて……
 いつ買って来たんだろう?、と訝しむ。
「カレーはもういいの?」
「不味いもの」
「だめだよ残しちゃ」
「じゃあ、食べて」
「はいはい……、って、え?」
 声が止まっているのにようやく気がつく。
「あ、あ、あ、あなた!」
「はい?」
「レイ様が口をお付けになったものに手を出すなんて!」
「……え?、だめ、なの?」
「当たり前です!」
 胸を張って指を突きつける。
「わたくし達エリートとあなたが同じものを食するだけでも我慢なりませんのに!」
 エリートかぁ……
 その意味を考える。
「特にファーストクラスのお姉様方の、か、カレーを!」
 カレーって……
 大汗が流れる。
 ファースト、セカンド、サード、フォース……、フィフスもだろうか?
 サードインパクト前のチルドレンは、みなファーストクラスと括られている。
 チルドレンはエヴァとシンクロできる、が、真に覚醒したチルドレンは『特殊能力』を開花させると信じられている。
 それはもう信仰に近く、だからこそチルドレンはエリートとされていた。
 そう考えると、この子も無駄な努力してるんだなぁ……
 人間がどう頑張った所で、使徒のようにはなれないのだから。
「チルドレン足る者、常に華麗に、美しく!、ひとつの汚点も許されませんのよ?」
 アスカは優秀な成績を納め、十四までには大学を卒業している。
「わたくしも直に卒業いたしますわ!」
「へぇ?、あんたまだ十二だっけ?、凄いじゃない」
「お姉様に近付きたくてぇ☆」
「……綾波、学校落第してたよね?」
「ええ」
 うっとエリスが唸ると同時に、空気が白けて風が吹く。
「ま、まあレイ様には?、世界に愛を振りまくと言う大切なお仕事が……」
「……わたしの愛は碇君のためだけにあるもの」
「あ、僕じゃなくてサードにね?」
「……あなたも碇君だもの」
「あああ、綾波!?」
「そこぉ!、なにラブラブフィールド展開しようとしてますの!」
「あ、ごめん……」
 これにはうんうんとアスカも頷く。
「わかりましたらそのカレーをよこしなさい!」
 カレーになにか思い入れでもあるのかなぁ?
 がふがふと食べる姿があさましさを感じさせる。
「でも十二歳でエヴァのパイロットって、凄いね?」
「あんたバカぁ?、あたしが選ばれた時はもっと小さかったわよ」
「そうよ!、世界人類の女王たるお姉様とあなたのオリジナルとを一緒にしないで!」
 その連携は一緒にシンジをなじっているように見え、だからアレクは満足げに頷く。
「それにエヴァではなくイヴだ」
「そうです!、エヴァンゲリオンの後継機種、そしてこれこそが未来を見守る本当の意味での聖母ですのよ!?」
 おわかり?、っと指差す姿が誰かに似ている。
「……アスカのコピー」
「あっ!、そっか」
 ぴくっとまきまきカールも反応を見せる。
「何てことを言いますの!、わたくしなどをお姉様と同視するとは!」
(でも嬉しそうだね?)
(ええ……)
(……絶対誤解してない?)
(妄想)
(本当のアスカを知らないみたいだね?)
「なにこそこそしてらっしゃるんですか!」
「え?」
「あんたらねぇ」
 アスカもぴくぴくと引きつっている。
「あ、でもさ……」
 ちらっとレイを見る。
「嫌らしい目つき……、最低ですわね?」
「嫌らしいのね、碇君」
 ぽっと頬を染めてみる。
「あ、いや……、現実を知らないって、残酷って言うか、むしろ幸福って言うか……」
「あんたなに言ってんのよぉ!」
 アスカはバンッと後頭部を叩いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。