L.A.S.Primary lady 5
プログナイフに始まりソニックグレイヴ、スマッシュホークなどの近接戦闘兵器の使用法はどれも同じで、どれも同質の問題点を抱えていた。
つまりは単純な破壊力の欠如である。
パレットガンなどの中距離兵器ではATフィールドを破れず、長距離兵器ではポジトロンスナイパーライフルと言う無謀とも思えるほどの電力をもって、ようやく敵性体、すなわち使徒を殲滅する事に成功していた。
使徒を倒すのに必要なのは、鋭利な刃物ではなく圧倒的な質量なのだ。
「だからこうなるのは必然なのよねぇ?」
アスカはその剣を見上げた。
アスカが白衣を着、髪を束ねると少々”美”を損なうことになる。
今はさらに顔の歪みも手伝っていた。
一度は手にして振り回し、最後は槍の形で貫かれもした。
剣はあれと似た物だが、エヴァの特殊装甲用の材質で作り上げられた別物だ。
その重量はまさしくエヴァでなければ持ち上げられない。
「世界最先端の技術力を結集しても、結局最大の凶器は鈍器なのね……」
「お姉様!」
背後から抱きつく子。
「エリス……、あんたもうちょっとおしとやかに出来ないの?」
ぶぅっと頬を膨らませる。
「いいんです!、エリスが甘えられるのはお姉様だけなんですから……」
「エリス……」
重なるのは幼い頃の自分の姿。
加持さんもこんな感じだったのかしら?
お腹に頬擦りする少女の頭を、溜め息を吐きながら抱きしめる。
「あんたちょっと変よ?」
「そうですか?」
「……心配事でもあるの?」
エリスは「ここでは……」と気にして口ごもった。
「これも教育の賜物ですか?」
そんなアスカとエリスを盗み見ていたのはヴァイセンとアレクだ。
「人聞きの悪い」
くくっと笑うアレク。
二人の怪しい笑いが執務室の床を這う。
「わたしはただ、娘の素晴らしさを教えただけですよ、誇りだとね?」
「……計画については?」
「明日の起動試験の最中に」
「ではそれを楽しみにしよう」
陰惨な計画が動き始める。
その頃、シンジは寝台車で調理に勤しんでいた。
「……同じ物を食べるなって言ったってさ」
今日はチャーハンに蟹玉である。
「作ってるの、僕なんだよね?」
何処で狙われるか分からない以上、食物は出来る限り信頼のおける物を取る必要がある。
アスカとレイにとって、それは当然のごとくシンジの手料理となるわけだ。
「碇君……」
「綾波って、わぁ!、体拭いてよ!」
ぼたぼたと滴を滴らしながら歩き回る。
さすがに体にタオルを巻きつける様にはなっているのだが……
「変なとこだけアスカを真似するんだから……」
「牛乳……」
「はいはい」
コップに入れて渡すと、両手で持ってンクンクと飲み始める。
……そんなとこまで真似しなくたって。
腰に手を当てて飲まない分だけ完璧ではないが。
「シンジぃ、ご飯できたぁ?」
「あ、アスカお帰……、り」
シンジは振り返って固まった。
そこにパクパクと呆気に取られているエリスが居たからだ。
「あなたー!、なぜここにいるの!」
「なぜって……」
「ま、まさか、はっ!」
タオル一枚のレイに気がつく。
「ふ、不浄な……」
「不浄ではないわ……」
レイは心外なと言う顔をする。
「いま、お風呂に入った所だもの」
「そうではありません!」
地団駄を踏む。
「はいはい、レイ、着替えてらっしゃい」
「なぜ?」
「……シンジのシャツを着てもいいから」
「わかったわ……」
とことこと二階部分へ昇っていく。
エリスがクラッとしたのは、その白いお尻が下からはっきりと見えたからだ。
「な、なんてこと……」
「困るんだよねぇ?、綾波って昔っからああなんだから」
シンジはニコニコと調理に戻った。
「エリスさんも食べる?、カニ玉」
「結構です!」
「い・い・か・ら、食べてあげなさいよ」
「でもぉ……」
「そのバカ、料理ぐらいしか趣味が無いんだから」
「ほっといてよぉ……」
「はっ!、そう、そう言う事ですのね?」
エリスもその様子に合点がいったようだ。
「お優しいお姉様……、かわいそうな人形のためにあえて、その自己犠牲の精神、涙が溢れますぅ」
「そうそう、そう言う事」
「ちぇ、掃除も洗濯も出来ないくせにさ」
「うっさいわねぇ!、ばかシンジのくせにぃ」
ぶつぶつと言いながら服を脱ぎ始める。
「アスカも!着替えなら脱衣所でやってよね」
いつになく強気なシンジに、アスカは最後の一枚を頭から被せた。
いっただっきまぁっす!
「おいしい……」
エリスはつい漏らしてしまった言葉にはっとし、慌てて聞かれてないかきょろっとした。
「う……」
しっかりと聞いたシンジがニコニコと微笑んでいる。
「お代わりあるよ?」
「いりません!」
と言いつつも、今の分は食べるらしい。
フローリングの床にカーペットを敷き、テーブルを置いて食べている。
でも、凄いですわねぇ……
エリスは室内を見回した。
トレーラーの中とは思えない広さだ、下手なアパートよりも広いだろう。
「ここにお姉様とレイ様が……」
「あの、僕もなんだけど」
「うるさいですわねぇ……」
ギロッと睨む。
「エリス……」
アスカはレンゲを置いた……、とは言っても全部食べ切ったからなのだが。
「はいっ、お姉様!」
「あ、シンジお茶入れて」
「お姉様!」
「はいはい……、あんたどうしてそうシンジを目の敵にするわけ?」
「それは……」
「僕がアスカを取っちゃったから?」
キッとエリスは睨み付ける。
「人形の癖に!」
「そう、そうかもしれない」
「シンジ?」
黙々とお代わりのチャーハンを口に運びつつ、レイも横目にシンジを見る。
「でも嫌われる事も覚えなくちゃ、逃げてるだけじゃ人間にはなれないんだよ」
バン!
エリスはテーブルを叩いて立ち上がった。
「あたし、帰ります!」
「エリス!、シンジ!?」
「そっとしてあげようよ」
アスカの手首をつかんで引き止める。
「でも!」
「アスカ」
いつもよりトーンが落ちる。
「……あの子、アスカに似てるよね?」
「え?、ええ……」
「なら……、一番分かってあげられるのも、アスカでしょ?」
「そう、だけど……」
アスカはシンジをジッと見ているレイに気が付いた。
「なに?、レイ」
「碇君……、そう、そうなのね?」
意味不明な言葉にシンジは微笑む。
「なんなのよ、もう!」
この日、二人がそれに答えることは無かった。
鼻息も荒くエリスは本部司令室を目指していた。
あんな奴がサードチルドレンだなんて!
サードはある意味テストケースと言える。
死んでなおチルドレンとして選出された者は特別性を失わない。
その現われとして、死すら認めずにクローンとして再生されている。
少なくともそう見える、表層の事実は魂を解放させぬためなのだが。
なのに!
ネルフ本部はイヴのみを要求している。
エリスの所属はドイツ支部に固定されたままだ。
「どうして!」
わたしの方がよっぽど優秀なのに!
Mark2はサードチルドレン専用機となる予定である。
「わたしだってチルドレンなのに!」
アスカに続いてようやく正式登録されたドイツチルドレンだ。
しかしそれもサードインパクト以降のこと。
「あんな奴に、わたしのイヴは答えないわ!」
「これは荒れているね?」
「ヴァイセン司令!」
エリスはその腕に抱きつくように近寄った。
「はは、ご機嫌は……、よろしくないのかな?」
「あいつのせいです!」
「あいつ?」
「サードダッシュ!」
ぷうっと頬を膨らませる。
「そう怒るものではないよ?、サードはアスカですら追い付けなかった相手だからね?」
「でもあいつはクローンよ!、ねえ?、どうしてMark2なの!?」
「Mark1はフォース専用機になるそうだからねぇ……」
ムッとした顔をする、一瞬黙ったのは司令室の戸が開くのを待ったからだ。
「フォースもダッシュも嫌い、シクススはもっと嫌い!」
中に入ってから、一層大きな声で吐き捨てた。
一度の実戦もなく起動実験のみで戦線を離脱したフォースチルドレン。
サードチルドレンのクローンとは言え、エヴァ運用のための訓練すら受けた事のないダッシュ。
そしてサードインパクト以降、初めて適格者認定を受けたシクスス。
「あたしは、なに?」
何のためのチルドレンなの?
ただのテストパイロットなの?
そのために選ばれ、努力を積み重ねて来たのか?
「そんなの嫌!」
絶対に嫌だと心が叫ぶ。
「そう悲観する事は無い」
「おじ様!」
司令、とは口にしない。
「本部も君の力を認めれば考え直すよ」
「はい!」
エリスはヴァイセンを屈ませると、その頬にキスをする。
「じゃあおじ様!、お休みなさい」
「ああ、お休み……」
エリスを送り出すと同時に、その垂れ下がった目尻が急に釣り上がった。
「そう……、魂は常に一つしか産まれん、だが環境と教育、育成によって自我はどうにでも変えられる」
ニマッと嫌らしい笑みを浮かべる。
「君はその事をよく教えてくれたよ」
ペロリと長い舌で唇を舐める。
その目は窓の外にある、チルドレン専用の寝台車両に向けられていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。