Primary lady 6

 その日は世界に散らばるネルフ関連施設が、ドイツからの公開実験を待ちわびていた。
 一時的に仕事の手を止める者が増大したが、それ以上に忙しい者たちも居た。
「セキュリティの方は?」
「情報漏れが多いですねぇ……」
 マコトはふぅっと溜め息を吐く。
 シンジのためとは言え、修復途中であったMAGIのハッキングを解禁した事に原因がある。
 その後に改善されたとはいえ、その際にばらまかれた潜伏型のウイルスなども驚異なのだ。
 これがノルンの初の実戦になるとはね……
 ノルンシステムはマギの後継システムである。
 運命、存在、必然と言う三つの要素を組み入れたコンピュターだが、その思考ルーチンはレイとアスカが公開されているのみで、残りの一人が誰のものをベーシックに組み込まれたのか?、そこが非公開となっていた。
「MAGIが落ちると同時にノルンを起動、伊吹博士、準備を」
「……まるで臨戦体勢ね?」
「チルドレンの内、さん……、いや二人があの地にいる、準備はするだけ無駄にならないよ」
 二人としたのは、表向きのことがあるからだ。
 ……他にもなにかありそうね?
 マヤはそれ以上に訝しむ。
「ドイツ支部より入電、エヴァサードシリーズ、イヴ弐号機起動!、なんだ!?」
 ビーーーー!っと非常警告音が鳴り響いた。
「状況は!」
「強度のATフィールドによりドイツ支部との回線が途絶え……、いえ、回復しました」
「セカンドチルドレン、ロスト!」
「動いたのか……」
 嫌な予感が当たった事に、マコトは渋面で呟いた。


『停止信号プラグ排出終了』
 はぁ……
 エリスは緊張で弛緩した体を和らげるように息を吐いた。
『エントリープラグ挿入』
『プラグ固定終了』
『第一次接続開始』
『エントリープラグ、注水』
 慣れ親しんだ水が上がって来る。
『主電源接続』
『全回路動力伝達』
 何度も聞いた通信内容を聞き流しながら、舌を血の味に麻痺させる。
『第二次コンタクトに入ります、A10神経接続異常なし』
『思考形態はドイツ語を基礎原則としてフィックス』
『初期コンタクト問題なし』
『双方向回線開きます』
『シンクロ率34.1%』
『ハーモニクス誤差収束』
 うっ!
 エリスは前屈みに体を折った。
 これ、なに?、この感じ!
 頭に直接入って来る。
「これ、サード、ダッシュ!」
 フォオオオオオオオオオン!
 ケージにイヴの咆哮が轟いた。


「うわぁ!」
 最初に来たのは、立てないほどの激震だった。
 ATフィールド!?
「アスカ、綾波……」
 実験場に居るはずの二人を心配する。
 シンジはいつもの黒コートをつかむと、慌ててトラックから飛び下りたが……
「サードダッシュ!」
 ジャキッと銃口が向けられた。
「……これはどういうことですか?」
 十数人からなる、完全武装の保安部員達。
 真っ黒の耐弾耐刃仕様のベストに、個性を隠すかのようなヘルメット。
 隊長とおぼしき男が無言で無線機を取り出し、スイッチを入れた。
『嫌ぁあああ!、ダッシュ!、何をするの!、あたしに触れないで、あたしを犯さないで、嫌あああああああああああ!』
「エリス!?」
 その悲鳴に、かつてのアスカの姿が重なる。
 青空に時折金色のヴェールがかかっている。
「ダッシュ、君を重要参考人として拘束する、なお我々には発砲の許可も与えられている」
「……僕がATフィールドを展開する可能性は?」
 男は無言で無線機と銃を入れ替えた。
 ……張れないことは分かってるってことか。
「わかりましたよ……」
 シンジは両手を軽く上げた。


「う……、何が」
「お目覚めかい?」
 真っ暗な部屋の中でアスカは目を覚ました。
「パパ!?」
「サードダッシュによる反乱が起きてね?、君には一時避難してもらったよ」
「サード……、シンジが!?」
「所詮はクローンだな」
「嘘よ!」
「信じたい気持ちは分かるさ」
 アスカは立ち上がろうとして動けない事に気がついた。
「なによこれ!」
 両手両足が椅子に固定されている。
 肘掛けと足に手錠で。
「いい加減、真実に気がつく時だよ」
「なにがよ!」
「サードは死んだんだよ、アスカが追っているのは幻にすぎない」
「死んでない、あいつは死んでない!」
 女というのは……
 ほくそ笑む。
 感情的になる分、操りやすい。
「パパを嫌うのは構わないが、彼も同じさ」
「バカにしないで!」
「それもまた真実だよ、アスカが逆らえない事を知っていて利用している、それがダッシュだ」
 なっ!?
 アスカは一瞬、何をされたのか分からなかった。
 一瞬にして視界を塞いだ父の顔。
 それに押し当てられた荒れた唇の感触。
「な、なに?」
「すまなかったね?」
「なに、よ……」
「わたしが愛情を向けなかったから、お前は壊れた」
 こいつ!?
 アスカは感情が高ぶるのを感じた。
 しかしそれと同時に、分離した思考が動き始める。
「これからはわたしが愛してあげるよ?、アスカ……」
 パパ……、パパもなのね?
 キスされたと言う怒りの感情の他に、冷静に分析を開始した自分が産まれた。
 アスカにすがり、救いを求める者たちと同じ。
 別にあたしでなくてもいいくせに。
 母と、代わりの女。
 二人のどちらからも求めたものを手に入れられなかった男がここに居る。
 でもね?、もう遅いのよ……
 欲しかった父の愛。
 もっと早ければ揺らいでいたかもしれない。
 でも……
 今はシンジが居るから。
「何を……、する気?」
 アレクはその問いかけに、嬉しそうにリモコンを取り出した。


 しかしシンジが連行されることは無かった。
 ゴガァン!
 大地が割れ、アスファルトが吹き上がる。
『サードダッシュ!』
 天を突くように腕が伸び上がり、次いで適当な建物に手を掛ける。
 ずるり……
 イヴが這い出した。
 地下施設より天井を破壊し、のっそりと姿を見せたのだ。
 イヴの目がシンジを捉える。
『なぜあなたがそこに居るの!』
 アスカの隣に。
『あなたがいなければ、お姉様だって!』
 大地がイヴの重量に引きずられるように陥没していく。
 正確には地面の表層となっているアスファルトだけが滑ったのだ、イヴの重量に。
『死になさいよぉおおおお!』
 振り上げられる拳、しかしそれが振り下ろされるよりも早く弐号機が滑り込んだ。


 見せられた携帯テレビの映像に息を飲んだ。
「弐号機……、レイ!?」
「これでいい」
「え!?」
 アスカはアレクの狂気に恐れを抱いた。
「わかるかアスカ?、弐号機は君が居なくても起動する!、これの意味が」
 しまった!?
 言葉を無くし、青ざめる。
「わたしとてネルフ発足時代からの人間だよ、コアの事ぐらいは知っているさ」
「それがわかってて……、ママを!」
「だが弐号機はアスカでなくとも動く事を証明してしまった!」
 こいつ……、やっぱり。
 歯を噛み締める。
「あんた……」
「システムの解明は後ですればいい、電源も無しに起動する事には驚いたが、それもレコーダーを解析すれば分かる事だよ」
 アレクはもう一度アスカに顔を寄せた。
「わかるだろ?、アスカ……」
 腕が拘束されている肘掛けに手を置く。
「それよりも重要なのは……」
 耳元で息を吹き掛ける。
「アスカが本部にいる必要は無いってことだ」
「やめて!」
「アスカはここで、女王のように振る舞えばいい」
「嫌よ!」
 耳の裏を舐められ体をよじる。
 悔しい!
 ゾクリと来る感覚を抑えられなかった。
「嫌ぁ!」
 膝、スカートの中に侵入しようと腿を撫でる手に鳥肌を立てる。
「おいで?」
「ひっ!?」
 明るくなった室内。
 野球場ほどもある巨大な空間。
「あ、あた、し……」
「そうさ」
 全裸のアスカが立っていた、近寄る時に裸足の足音がぺたぺたと鳴る。
「どうだ?、君にはおよばないが、なかなかの作品だろう?」
 狂ってる。
 そう感じた。
 そのアスカは表情こそ豊かだが、目の輝きが曇ったまま変わらないのだ。
 そんなアスカの胸に顔を埋め、アレクは乳房を揉み始める。
 アスカに比べれば均整が取れているとは言い難い肢体は、成長の段階で磨きをかけて来たアスカとの差、そのものだろう。
「あんたは……、あんたって!」
「今、もう一人ダッシュの元に向かっているよ」
「!?」
「驚くことは無いさ、本部はサードの代わりにクローンを持ち出したのだろう?」
 アレクは膝をつき、下腹部、恥毛に頬擦りを始めた。
「ならばセカンドのバックアップが存在したとして、誰が責められる?」
 シンジ、助けて!
 泣きそうになるのを何とか堪える。
「アスカ……、君にはわたし達のためのアスカになってもらうよ?」
「嫌……」
「あまり酷いことはしたくない……、でもサードのように君を縛る辛い記憶は、むしろ無い方がいいからね?」
「嫌!」
「心を書き換えた君は、弐号機とシンクロできなくなるだろうが、それも問題無いさ……」
 映像には、地下の実験施設内で格闘し続ける両機が映っている。
 弐号機はアスカでなくても動くのなら。
「アスカの後継者が引き継ぐよ、そのためのエリスだ」
「エリス!?」
 自分に似た少女。
 自己を確立するために生きている子。
「アスカに似ているだろう?、アスカと同じように育てたからね?」
 アスカは目で射殺そうとした。
「Komm in Holle!、地獄に落ちなさい、命じるわ」
「すぐにわたしを愛してくれるようになるよ、一度本部に手渡すが、アスカはきっと自分の意志でここへ戻る」
 アレクは少々早い勝利の笑みを浮かべていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。