L.A.S.Primary lady 7
「アレク、アレク!、くそっ」
一秒間に六万通りの暗号変換を行う通信機を叩き付ける。
アレクめ、聞いていないぞ!
ドイツ支部の発令所は本部ほど大きくは無い。
それでもシェルターとして機能するよう地下に建設されていたのだが、エヴァとイヴによる破壊の影響が及び始めていた。
「天井、落ちて来るんじゃないのか?」
ぱらぱらと降って来る埃に、誰もが不安の色を強くしている。
なぜ弐号機がここまで動ける!?
とっくに活動停止していてもおかしくは無い。
まさかS2機関か!?
しかし搭載の事実は無い。
そうだ、昨日の整備でも本部の仕様書となんら違いがないことは確認している……
だが実際にエヴァはイヴを蹴転がしていた。
「い、いや、嫌ぁ……」
エリスは無意味にインダクションレバーを前後させていた。
「こっちに来ないで!」
レバーはガチャガチャと壊れそうな音を立てている。
しかしイヴは動かない。
パニック状態に陥った思考が、イヴ全体のコントロールを乱している。
滑るだけの思考は形を取らない。
こ、こんな、こんなの……
間近に見るエヴァに戦慄を覚える。
本部地下施設は崩壊し、爆炎と黒煙がこもり出している。
その奥からのっそりと姿を表す弐号機は、パリでの神々しさをかなぐり捨て、その光る四つの瞳に禍々しさを湛えている。
悪魔。
魔物。
なんと呼ぼうと言葉が”それ”を正確に言い表すことは無い。
魂を締め付ける恐怖と重なることは無い。
そこに居るのは本能で恐れているもの、そのものだから。
機体の赤が黒くすすけ、仮面は熱風に歪んで見える。
地獄と共に歩む怪物。
「嫌ぁあああああああああ!」
イヴが右腕を上げる、常に供給されている大電力を利用して、火器として電磁ビームを内蔵しているのだ。
グン!
だが弐号機は予備動作も無しに、まるで腰から釣り上げられるように宙を舞ってそれをかわした。
シンジは急ぎ地下に下りるためのルートを探していた。
「シンジ!」
「アスカ!?」
すすと埃にまみれた白衣姿のアスカが壁によりかかっている。
「何があったの!?」
「わからないわ、急に侵食が始まって、それで……」
アスカはぐっとシンジの肩をつかんだ。
「シンジは逃げて」
「でも綾波が!」
「エヴァとイヴ相手になにをするの?、巻き込まれたいの!?」
「アスカ……」
シンジはうつ向き、体を震わせた。
「クローンのあんたに出来る事なんて無いのよ!、ここから逃げなさい!、遠くに」
「そう……」
「今必要なのは役に立つ人間なのよ!」
ぷっ……
ついにシンジは吹き出した。
「シンジ?」
「ご、ごめん……、よく出来た人形だね?」
「ど、どういう意味よ……」
しかしアスカの表情は言葉を裏切って青ざめている。
「ねぇ?、生き物とたんぱく質の塊との違いは何だと思う?」
「なによ、こんな時に……」
「いいから、答えてよ」
足元から震動が響くたびに、天井のひび割れも大きくなる。
しかしシンジは焦らなかった。
たんぱく質で人と同じ構造物を作り、心臓と言うポンプで血を巡らせた所でそれは人間として活動しない。
なら人とたんぱく質の差とは何か?
「答えは魂だよ」
「え?」
人間は普通、筋組織が摩擦で起こす静電気程度で活動する。
もちろんエヴァほどに巨大な生体部品ともなればそうはいかないが、双方に言えるのは物理的な可動においての話であり、ATフィールドのような魂や心の領域にはかかわりのない問題である。
たんぱく質の塊を生き物として成り立たせるためのエネルギー源、これに相当するのがS2機関だ。
エヴァにあれだけの大電力がいるのは、拘束具とコントロール機器ののためである。
コンピューターによる外部制御も含めたリミッター。
怪物を人の下僕にするための拘束装置。
S2機関さえあれば必要のなくなるもの。
しかしそれでは意味が無い、それ一体で一個の生物として成り立ってしまうからだ。
それでは使徒と同じになってしまう、新たな神の誕生、それでは意味が無いのだ。
人の制御下に置くことに意味があるのだから。
「君はエヴァと同じだね?」
「え……」
「かりそめに埋め込まれた魂で物真似をしている」
「な、なによ……」
「与えられた知識とコアで思い込んでも、君はアスカにはなれないよ」
「うるさい、うるさい!」
両耳を塞いで髪を振り乱す。
「あたしはアスカよ、あたしは!」
「違うよ、君は人形だ」
「人形じゃない!」
「じゃあ誰なの?」
「あたしは、あたしは!」
目から涙が溢れ出す。
「それでいいよ」
シンジは微笑んだ。
「君が君を忘れないのなら、君は自分を取り戻せるから」
シンジは軽く少女の肩を叩いた。
「じゃ、先を急ぐから……」
ドサ……
少女が倒れる。
シンジは走り去る。
次に所員が少女を見付けた時、彼女は鼻が低く目尻を垂れ下げた顔に変わっていた。
「!?」
電子の力は炎を掻き散らし、その向こうで爆発を招いた。
エヴァだと思ったのは炎の残映だった。
エヴァが、飛ぶの!?
常識を無視した動きに唖然とする。
ドゴォン!
「きゃああああああああ!」
激震に体が揺さぶられた、腰から下が固定されているとは言え、上半身は半ばフリーである。
ゴンゴンと何度か後頭部を打ち付け、呻くように見開いた目には覗き込むような弐号機の四つ目があった。
ごくり……
喉が鳴る。
あ、あ……
表情筋が引きつり悲鳴も出ない。
殺される……
弐号機のフェイスガードが開いた。
その奥の生の眼球が血走っている。
四つの目が彼女を見据えた。
嫌ぁああああああ!
のしかかっていた弐号機を蹴り飛ばす。
あ、ああ、あ!
目に入ったのは標準武装となるはずの剣。
あああああ!
夢中で手に取り、弐号機へ振り下ろす。
不意を突かれた形で尻餅を着いていた弐号機に避ける術は無い。
「綾波!」
それでも弐号機はかわした。
左肩の装甲が格納されたナイフごと壊れ飛んだが、弐号機自体には傷は無い。
『ダッシュ!』
エリスの思考がどす黒い障気に染まった。
スウィングするように振り回し、再度高々と振り上げる。
『死になさい!』
弐号機が焦ったように手を伸ばした。
剣はシンジを潰すかに見えた、しかしシンジは避けずに悠然と構えた。
いつかのカヲルのように、ポケットに手を入れて。
『!?』
シンジと目が合った瞬間、イヴはエリスに逆らった。
振り下ろしていた勢いを消すように、逆に持ち上げようと力を掛けた。
「え?、え?、え!?」
腕へ引きつったような痛みが走る。
「いっ……」
超重量の剣を勢いをつけ振り下ろし、それを途中で止めようとしたのだから当然だろう。
筋組織が限界を越えて断裂した痛みがフィードバックされたのだ。
「たい……」
どうしてよ、ねぇ!
剣先はシンジの直上で止まっていた。
自分を守ってくれるはずだったイヴに裏切られた。
その事実に涙を流す。
しかし現実にイヴは剣を止めている。
「ダッシュ!」
エリスは踏み潰そうとした。
シンジはポケットに手を入れたままだった。
まるでカヲルのように、涼やかに、冷静に。
黒いコートが熱の照り返しを受けて揺らいでいた。
グ、ウン……
イヴはエリスの意思を無視して直立した。
ゴワン……
剣が放り出され、たわんだ音を立てて転がる。
『どうして!』
スピーカーからの叫び。
エリスの声には、悲しみが滲んでいた。
「これで終わり?」
お粗末さを小馬鹿にする。
「これがサードチルドレンの力か?」
アレクはやや信じ難いと言った顔で前髪を掻き上げ呻いた。
こんなものなのかしらね……
真実を知っていると言うだけで、これほど愚かしく見えるとは思っていなかったのだ。
パパも同じか、あの頃のあたしと……
なにも知らなかった頃の自分。
加持さんはこんな風になりたくなかったのね……
だからスパイの道を選んだのかもしれない。
道化として踊っていることにさえ気付かずに死ぬ事を恐れて。
「さ、そろそろあたしを解放しない?、今なら血縁の特権で……」
「血縁?」
は、はは……っと、前髪を掻き上げ拾いおでこを見せながらアレクは笑った。
「わたしの娘はこの子だよ」
アレクはもう一人のアスカを抱きよせた。
その胸の中でアスカが妖艶な笑みを浮かべる。
気持ち悪い……
ファザコンの自分がこれほど汚らしく見えるとは思っても見なかった。
「さあ、アスカ……、行っておいで」
「はい、パパ……」
そのアスカは床に落ちていたシーツを拾い、まるでローブのように身に付けた。
『緊急事態です……』
静かに、穏やかにその放送は流れた。
『サードダッシュが乱心しました』
画面に移るのはアスカだ。
「お姉様!」
エリスもその放送を食い入るように見つめる。
『死は死として受け入れねばなりません、この当たり前の認識を持つに至らなかった、わたしの不徳のいたす所です』
ギ、グ……
弐号機の巨大な首が、シンジを見る。
シンジは館内放送として流れている声を聞き逃さぬよう、片手を上げて動きを制した。
『浄化の炎をもって、ダッシュを塵に返し、そして我が半身である巨人と、我を失いし女神に正気を……』
「綾波!、放送元は?」
ググッとエヴァの首が左右に振られる。
チュイン!
「うわっ!」
銃弾に焦って身を屈める。
「エリス!、無事かエリス!」
『おじ様!』
余裕が無いのか?、ヴァイセンを隠れた名で呼んでしまう。
「ダッシュを拘束しろ!、殺しても構わん、エリス、エヴァを抑えろ」
『はい!』
エリスはインダクションレバーを握り直した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。