Primary lady 8

「ドイツ支部の様子は分かったのか!」
 マコトは焦りを抑えきれずに叫んでいた。
「ダッシュの謀反、ファーストチルドレンを洗脳、誘導して弐号機にて破壊活動を行っている模様!」
「そんなはずはない!」
「MAGIが侵食を受けています!」
「なに!?」
「ドイツとユーロ連合からのクラッキングです!、本部のコントロールを目指している模様」
「マヤ!」
「……ノルン起動、MAGIはフェンリルにモードを変更」
「これでドイツとヨーロッパの真意ははっきりとしたな」
「アスカの言う通り、備えあれば、ね?」
 徐々にノルンが二台のMAGIタイプを支配下に置き始める。
 同型であるMAGIをハッキングするためには、その全力を傾けるしかない。
 ドイツとユーロ連合には、現在自衛のための余力は無いのだ。
 そこへそれ以上の能力を持つコンピューターに横槍を入れられた。
 攻撃から防御へと移行したドイツ支部のMAGIに、本部のMAGIが食らいつく。
 ハッキングやクラッキングではなく、プログラムを食い潰すために、消去するために……


「エリス、どうした!」
『起動できない!?、MAGIが……、MAGIがバックアップしてくれないの!』
「なんだと!?」
「綾波、あいつだ!」
 ドォオオオン……
 シンジの叫びに呼応して、エヴァの左腕が下ろされた。
「ひ、ひぃ!?」
 ヴァイセンを指の間に挟むように、その手のひらが下ろされている。
 へたりこむヴァイセンの股間に染みが広がった。
「アスカはどこですか!」
「し、知らん!」
『そうよ!、あなたのような逆賊に……』
「もう一度サードインパクトを起こしますよ!」
 シンジの叫びがその場の空気を凍てつかせた。


「な、に?」
 その叫びにアレクは後ずさった。
「サード、インパクトだと?」
 ゆっくりと、怖々とアスカに振り返る。
「今更なによ?」
 アスカは鼻で笑った。
「ファーストの正体、知ってるんでしょう?」
 ゾクリと背筋を駆け昇る悪寒。
「そしてコアであるサードチルドレン……」
「だがあれはクローンだ!」
「肉体は関係無いのよ、問題は本質である魂なんだから」
「たま、しい……」
「そこのお人形さんは満たしてくれたのかしら?」
 バシン!
 アレクはアスカの頬を叩いた。


「サード……、インパクト?」
 ヴァイセンと、それに続いた工作兵も動きを止めた。
「フォースインパクトと言った方が正しいですね?」
「でたらめだ!」
「じゃあ……、証拠を見せますよ、綾波!」
 弐号機が立ち上がる。
 シンジを右手に乗せ、イヴの胸元に差し出す。
『レイ様っ、正気になって!』
 だが弐号機は聞かない、イヴも言うことを聞こうとしない。
 イヴの胸元の装甲が内側から押し広げられた。
「コア!?」
 シンジが手を添えると、水面のように波紋が揺れる。
「やっぱり……」
 コアの異質を感じる。
 エリスに対するシンジのおかしな態度の原因がこれだった。
 イヴのコアは、僕をベーシックにしていない……
 他人から作る以上、神経接続の鍵となるのは同じ魂の連なりだ。
 ガフの部屋、L.C.L.の世界と言う無意識領域の下にある繋がりでは希薄過ぎるが、現在の人類には「碇シンジ」と言う名の希望と救いが宿っている。
 だからこそそれがもっと表層的な繋がりになる。
 基本的にイヴとのシンクロはシンジの癒しを受けると言うことなのだ。
 コアに宿っているのは、自分が欲してやまない、求めているものなのだから。
 なのにシンジと相性が合わないというのはおかしい。
(そう、むしろ碇君に惹かれていく……)
 焦がれ、それを与えてくれた人だから。
 イヴを通す事で感覚的にそれを知るはずのチルドレンが、何故だかシンジを拒絶した。
 それはコアが魂の中にいるシンジよりも、外郭を成す他人を重視して調整されているからだ。
「こんな事だと思ったよ、綾波!」
 弐号機が頷く。
「イヴのATフィールドは消えてるよね?、本部との回線復帰ができてるならこのデータを送って」
 まだイヴの外部スピーカーからは、エリスの悲鳴に近い金切り声が上がっている。
 シンジは悲しげに目を伏せると、次にヴァイセンを睨み付けた。
「アスカは何処に居ますか?」
 転がっていた剣を弐号機は拾い上げる。
「教えてくれますよね?」
 ゴガゴ……
 剣先が床をこする。
 ヴァイセンはへたり込みながら首を縦に振った。


「誰のものでも無い、心も体も、わたしのものだ!」
 アレクは狂ったようにむしゃぶりつく。
 この……
 アスカははだけられた胸元に口惜しさを感じた。
 口元に当たる頭から、臭い整髪剤の匂いがする。
 胸の膨らみに口付けの痕が刻まれる。
「わたしのものだ!」
 シャツのボタンが飛び、ブラが引きちぎられた。
 痛っ……
 背中で壊れたホックに顔をしかめる。
 胸の突起に吸い付くアレク。
 アスカは少しだけシンジを恨んだ。
 あんまり我慢させるから……
 欲求不満だから多少感じてしまう。
 現実から意識を逸らせようとして、アスカはたたずむ人形を見た。
 冷たい目で身動きの出来ないアスカと、それを犯すアレクを見ている。
「バカね……」
「なに?」
 アレクは反応があった事に喜んだ、が……
「結局、あんたもママと同じね……」
 バシ!
 再びアレクの手の甲が頬を叩いた。
「わたしはお前を愛して!」
「欲しいのはお人形さんでしょう?」
 逆らわず、言うことだけを聞く。
「裏切らない、傷つけない」
 お人形が。
「欲しいくせに……」
「アスカぁ!」
 ゴガァン!
 アレクの怒声は轟音にかき消えた。
「な……」
 背後で天井が崩れていた。
 貫いたのは何かの鉄板だろうか?、しかしアスカはその正体を知っている。
 イヴの剣だ。
 まったく……
 アスカは溜め息を吐いた。
「遅いのよ……」
 剣がズッズッと引き抜かれる。
 ガガガズガ!
 今度は指が差し込まれた、下に居る人間のことなど考えぬように、左右に広く押し広げられる。
 天井が崩れ、割れ、開かれていく。
「レイ!」
 弐号機が首を伸ばして覗き込む。
 顔の左四分の一だけが覗き込んで来た。
「ひ、ぃ……」
 フェイスガードは開いたままだ、間近に見たエヴァの眼球に情けない悲鳴を上げてアレクは後ずさった。
 立つ事も出来ずに腰を抜かしたままで。
 ゴ、ゴゴ……
 無理矢理差し込んでいた顔を引き抜いたために天井がまた崩れた。
「ひゃあ!」
 アレクは両腕で身を庇ったが、そうはできないアスカは目をつむって顔を逸らせるので精一杯だ。
 けほ、こほっと咳が出る。
「まったく……、加減ってもんを知らないのかしら?」
「捕まる方が悪いんじゃないか」
 いつもの悪態が心地良い。
「なによ!、あたしが悪いっての!?」
 苦笑しながらシンジが降りて来る、弐号機の指先の関節に手をかけて。
「アスカ、大丈夫……、じゃないよね?」
「そう思うんだったら助けなさいよ!」
 シンジは苦笑いをしながら近寄ったが、どうしていいのか少し悩んだ。
「アスカ、これ……」
「なによ?」
「どうやって外すのかな?」
 あんたバカぁ!?っと叫びかけるのを何とか堪える。
 方法がわからないのはアスカも同じだからだ。
「それにしても……」
 天井から差し込む灯に部屋を見渡す。
「また広い場所に……」
 シンジは知らない事だが、ここはネルフ職員を緊急避難させるための最深部シェルターだ、その広さは野球ドームにも匹敵する。
「あれ?」
 シンジは倒れている女性に気がついた。
「あ、だめ、シンジ!」
 しかしシンジは慌てて駆け寄っていた。


「お姉様!」
 エリスはエントリープラグから降りるためのワイヤーを使って降下した。
 侵入口は弐号機の手が差し込まれている亀裂だ。
 凄い……
 何層貫かれたのか分からない、なにしろ身長六十メートルのエヴァが上半身をねじ込んで覗き込むような地下だ。
 そしてエリスは見た。
 裸身の倒れ伏したアスカとシンジを。
 エリスは跳び下りるなり銃口を向ける。
「お姉様の仇!」
 ぐったりとしているアスカは、まさしく死んでいるようにしか見えない。
 銃弾が放たれる、シンジはとっさに目を閉じた。
 ドッ……
 腕に倒れ込んだ来たのは、柔らかい肌。
「あ……」
 エリスは驚きの表情を見せた。
 アスカが両手を広げて庇ったからだ。
「アスカ!」
 シンジはそのアスカを抱きしめる。
「シンジ!、その子を助けなさいよっ」
 え!?
 エリスはもう一人のアスカを見付ける。
 そんなどうして!?
 酷い混乱に陥る。
「ダメだ!、この子、魂が無いよ!」
「なんでよ!、ちゃんと生きてるじゃない」
「息をしてるだけなんだよ、これじゃあ……」
 状況はわからない、だがどうやらあのアスカは死ぬらしい。
「嫌……」
 それも自分の手にかかって。
「嫌ぁああああああああ!」
 崩れ落ちるエリス、だが構っている暇は無い。
「僕が悪いんだ……」
 シンジは唇を噛んだ。
 とっさに身を庇おうとして、その感情に人形が反応していた。
 人造の肉体と、かりそめの魂であるコアを埋め込まれた人形。
 人造人間、エヴァンゲリオン。
 シンクロし、操ってしまった。
 違う、この子は……
 その技術は。
 カヲル君と同じなんだ……
 あるいは綾波レイとも。
 人工の使徒であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。