Will you ……? 1

「ロック外して!」
「わたし……、鉄砲なんて撃てません!」
「訓練で何度もやってるだろう!」
「でもその時には人なんて居なかったんですよ!?」
 暗転……
『アスカにはやらせておいて、自分は何もしないつもりか!』
 機体を引き裂き、蹴散らす弐号機。
 爆炎の中で悲鳴を上げる兵士達。
 楽に死ねずに呻きがあがる。
 熱風に晒されたひ弱な人体は、どろどろに溶けながらもかろうじて命を繋ぎ止めている。
 殺させておいて、あたし……
 バッ!
 シーツを剥ぎ取るように起き上がり、寝着の胸元を強く握る。
 張り裂けそうな鼓動にとても荒い息を吐く。
 もう何度も何度も、くり返し見た夢だった。
 前髪をうざったく掻き上げる。
 汗ではりついた髪が指に酷く絡み込む。
 横目に窓の外を見るがまだ暗い。
 ブラインドごしに浮き上がった横顔はマヤのものだ。
 逃げられない罪悪感が悪夢を見させる。
 史実とは違う、実際にはマヤが人殺しを拒否し、それからアスカが出撃している。
(……違うわね)
 そんなことは些細な問題でしかないのだ。
 逃げようとした自分が許せないから、都合の悪い順で記憶を組み替えてしまっている。
 誰かに裁いて欲しいと悲鳴を上げている、かつての碇シンジのように。
 あの誰も彼もが一つになった世界。
 そこへ旅立つ直前に迎えに来てくれた人のこと。
(でも、だめなのよ……)
 自分と他人との境目のない世界。
 そこには少年と少女が居た。
 二人は他人を拒絶していた。
 拒絶されたのは自分。
 そう仕向けたのも自分。
 それが分かった時、”マヤ”はマヤの形を取り戻していた。
 許せないから。
 人を苦しめた自分が。
『潔癖症はね、辛いわよ……』
「先輩……」
 シーツを手繰り寄せ、膝に顔を埋めて静かに泣く。
 マヤを責めているのは、マヤだった。


『ほんまかなわんで』
「なにがさ?」
 通信相手はまたしてもトウジである。
『そっちのごたごたでスタッフ取られてしもたやろ?、おかげでマーク1は放ったらかしや』
 ザァッと舳先が波をかき分ける。
 ここはカリブ海である、セカンドインパクト、及びサードインパクトに基づく日本支部崩壊の影響によって、パナマの地は完全に水没してしまっている。
「はは……、でももうすぐ帰れるから、我慢してよ」
『さよか』
 現在、シンジ達一行はネルフ太平洋艦隊の協力を受けて北赤道海流に乗り、一路、日本を目指していた。
「で、どうなの初めて見たマーク1の感想は?」
 にやにやとシンジ、既にイヴ・マーク1とそのテストパイロットでもあるシクススは本部に到着しているのだ。
『まあ……、どないや言われても困るけど……』
「気に入らない?」
『比べるもんがあらへんさかいなぁ』
 ラフなTシャツ姿で頭を掻く。
「じゃあ気になるところは?」
『ああ、そやったらこの……』
 手元に持っていたらしいパンフを開く。
『この『陸戦用』っちゅうのはなんや?』
『ああ、それはね?』
 会話に割り込んで来たのはマヤだ、三者間でのパーティーラインを使用している。
 マギのリンク回線を利用した盗聴対策済みの特別線だ。
『エヴァはもともと、汎用としての素体だったでしょ?』
 その遺伝子は人と似通ってはいても根本的に違っている。
 十八種の使徒がそうであったように、それぞれがそれぞれに完成された特殊な形態と機能を所持していた。
 エヴァについてもこれは言えるのだ。
 幼生体の段階から遺伝子を組み替え、その様な形になるよう設計されている。
 俗に量産機と呼ばれる機体に装備されていたグライダーは、追加装備では無く素体が持っていた生体機能の一部であった。
 翼を持つように遺伝子レベルで設計され、育てられたのである。
 弐号機に翼を付けた所でそれが機能しないのは、人間に鳥の翼を縫い付けるのと変わらないからだ。
『エヴァだとゲインを利用しても数分の行動が限界だったでしょ?』
 その様なものに空中用の機動力を持たせたとて意味は無い。
『でもイヴなら十数分から三十分は飛べるから』
 理論上は三百六十キロ圏内を横断可能なはずである。
『はぁ、ほんで陸戦用っちゅうんは……』
『空を飛ぶなら軽い方がいいわ?、でも地上で動かすのなら力のある方がいいでしょ?』
 力が、とは言えATフィールドは重力に対しても作用する。
 質量的な問題に対して、さほど差が出るわけではないのだが……
「トウジにピッタリだね?」
『なんやとう!』
「冗談だよ」
 シンジは並走して進んでいるはずのタンカーの中身を思い浮かべた。


 常夏の国となってしまった日本に流れ込む赤道海流。
 その真下の陽射しともなればバカンスにはもってこいなのだろう、が……
「油臭いったらないわねぇ?」
 そんなアスカの言葉が風に乗って聞こえたのか?、覗き見していた野郎共がお互い着替えて来いと覗きのスポットを奪い合う。
 艦隊唯一の空母上には一台のコンテナ車が固定されていた。
 もちろんアスカ達のための寝台車である。
 そのさらに上にデッキチェアを持ちだし、赤いビキニで日光浴を楽しんでいるのはチルドレンの女性陣だった。
「でも風で薄くなってますから」
 いいのかなぁ?、と思いつつも付き合っているといった風情のエリスである。
 批難できないのは相手が敬愛しているアスカだからだろう。
 エリスはレモン色のワンピースの水着を着用していたが、視線が気になるのかパーカーを羽織っていた。
「ったくもう、それにしてもあんた、未だに付き合いが悪いわね?」
「そう?」
 そう答えたのはレイだった。
 白いノースリーブのワンピースを着て、日傘の下で読書に励んでいる。
 頭に被った大きな帽子はいかなる仕掛けによるものか、潮風に煽られはしても飛ぶことは無い。
「ああもう、あっつーい!、シンジはどうしたのよ?」
「いいじゃないですかぁ、あんな奴ぅ」
 多少は物分かりが良くなったとはいえ、依然シンジに対しては好感を抱いていないようである。
「中、今、伊吹女史、鈴原君と話してる……」
 マヤは正式にネルフを辞任した。
 現在は客員として席を置いている、もちろんネルフ内での行動には制限があるようで存在していないのだが……
「まったくもう!、んな事やってる暇があったら、ホース持って来て水かけてよねぇ!?」
 ……それはわたしに対する嫌味?、と、レイは微妙なジト目を向けた。


『マーク1が陸専用……、ほならマーク2は空でっか?』
『マーク2は標準仕様と言った所ね?、エヴァ同様に外部オプションによって拡張して運用するって言うのがコンセプト』
 これは弐号機を作り上げたドイツ支部の、『正統派の流れ』を汲むと言うプライドが組み込まれた結果である。
「それじゃあ、マーク3は……」
『空、と言いたい所だけど海ね?』
『なんでですかぁ?』
『電源ケーブルの都合よ?、引きずって空に上がるより、つけて海に潜る方が楽だから』
 イヴ一体の建造費は莫大な数値に及ぶ、そのため安易なバージョンアップは望めない。
 運用の難しい空中戦型は、特に手直しを必要とされる。
 だからこそどの支部も開発を渋っていると言う現状があった。
「マーク3はマレーシアの所属でしたっけ?」
『マレーシア言うたら……、どこや?』
 どうやら地理には疎いらしい、仕方ないわねぇとマヤが地図を転送する。
『ここよ?』
『海や……、ないですか?』
「そ、海だよ、マレーシアはセカンドインパクトの影響で水没しちゃったんだ」
 南極蒸発によって増えた海水は、地軸に沿った回転が生み出す遠心力によって楕円形の歪みを生み出す。
 結果、赤道近辺の島国は軒並み消滅していた。
「マレーシアは難民船が寄り集まって出来た、人工島だけの国なんだよ」
『んなとこでイヴの開発かぁ、えらいもんやなぁ』
「そうだよねぇ……」
 これにはシンジも頷いた。
 人工島の中心が老朽化したタンカーや木造船で組み上がっているのは有名で、テレビでも特集が組まれ、よく報道されたりしている。
 外側に行くほど近代的になり、外郭部の『浮島』では燃料プラントなどが建造されていた。
 主な収入源は『漁業』に頼っている、セカンドインパクトの混乱期、高騰した食糧事情に乗って莫大な利益を上げ、それがサードインパクトによって再燃、現在も続いているのである。
「海って言ったら……、思い出すよねぇ?」
『あの空母やろ?、釣りみたいでかっこ悪かったなぁ』
「そうだね?」
 二人が笑ったのはアスカに聞かれたら、と考えたためだろう。
『っと、もうこんな時間や、ほなお先に失礼するで?』
「もう?」
『ヒカリが待っとるさかいにな?』
「洞木さん……、ネルフで働いてるんだって?」
『そや』
 何故だか照れを見せるトウジ。
『見舞いやなんやっちゅうて、よぉこっちに来とったさかいな?、食堂の飯がまずいっちゅうて気にしとったんや』
 それで遂に耐えきれなくなったらしい。
 そのまま学校をやめて就職してしまったのだ。
「どうせトウジがマズイマズイ言ってたんでしょ?」
『ちゃうわ!』
 当たりである、そこでヒカリは『チルドレン選抜候補』としてのコネを使って雇い入れてもらったのだ。
『ほなな!』
 ぶつんと切れる、それと同時にシンジとマヤは表情を引き締めた。
「マヤさん?」
『ええ、MAGIを通じて手術は行なったわ?』
「彼女は……」
『ぎりぎり、崩壊リミットの十五分前にオペは終了、今は眠っているけど……、起きるかどうかは』
「いいです、死にさえしなければ」
 手元のノートパソコンを起動する。
 そこに表示されたのは股間部の装甲を剥がされた弐号機と、あの死にかけていた魂のないアスカのクローンである。
 エヴァの指によって膣から直接子宮へと注入されていく様子が、秒間十五フレーム程度の映像で映されていた。
『理論上はシンジ君と言う名前の子宮膜に包まれた事になるけど、意識や意思、魂が生まれ出るかどうかは微妙と言った所ね?』
 魂のないエヴァにも『碇シンジのかけら』は人と同様に残されている。
 それはまたエヴァも人であるからだ。
(傲慢……、なのかな?)
 直接触れさせる事で心が生まれると考えるのは。
 胎児も夢を見るのだ、繋がっている母親から学びとる。
 それと同様の効果を期待していた。
『子宮の溶液にはね?、脳にある記憶の伝達物質と同じものが含まれているの』
「だから赤ちゃんは、そこから学んで夢を見るんですよね?」
 アスカのクローンの肉体が、かつてのレイの様に崩壊してしまうその前に。
 幾らレイに可能性を囁かれたからとは言え、決断を下したのはシンジだ。
「アスカが知ったら……、怒るでしょうね?」
『怒るだけじゃすまないわよ?、きっとね……』
 二人はお互いに、『汚れた者』であった『赤木リツコ』によく似た笑みを浮かべていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。