Will you ……? 2

「あんたなに読んでんの?」
 チェアに揺れるシンジを背後から抱きしめ、その手元を覗き込む。
 ふわりとした髪の香りにお日様の匂いを感じて、シンジは目尻を下げて本を渡した。
「なにこれ?」
「……ポルノ小説」
「はぁ!?、あんたねぇ……」
 情けない……、と顔を被う。
「もっと良いものあるでしょう?」
 ほらっと胸を寄せて上げて誘うように横目を向ける……
 水着のままなので効果は抜群……
「別に興奮したくて読んでるわけじゃないんだけどな……」
 苦笑、シンジはアスカのそれがからかいだと分かっていた。
「じゃあなによぉ?」
 ちょっと不満が混ざるのは、少しは期待したからだろう。
「うん……、よくある話なんだけどさ……」
 話の筋はこうだった。
 ある日、男が歓楽街を歩いていると、昔別れた女を見付けた。
 彼女は雪だるま式に膨れ上がった借金の形に働かされていた。
 男は見かねて彼女を助けようとした、が、女は酷く反発した。
『あんただって毎日しようって言い寄って来てたじゃない』
 彼女は彼がお客以下だと叫ぶのだ。
『あたしはしたいって言ってくれる人としてるだけよ、貴方だってそうだったでしょう?』
 男は何も言い返せない。
『あたしは嫌、ここから出してもらっても、それは貴方の奴隷に変わるってだけのことじゃない』
 行く場所のない彼女は、彼に依存して生きるしかなくなるからだ。
 彼に囲われるのと、ここで気ままに生きるのと……
『娼婦から奴隷に落とされる分だけ惨めだわ!』
 毎日初対面の男と交わった揚げ句に金回りがいいからと避妊もしない。
 病気を移される事もあるが、それを差し引けるだけの現金は手に入る。
 子供も出来、もう既に何度か堕ろしている、母乳も出たままになっている。
 それでも彼女は誰かの僕になるよりは、余程自由で居られると言う。
 男は何も言えず、何をすればいいのかも分からずに、ただ女が犯されるのを想像してもやもやとする。
「って話だよ」
「ふうん……」
 アスカは秀麗な眉をしかめた。
「あんたそういうのが趣味なの?」
「違うって……、興奮したいだけならアスカや綾波でも眺めるよ」
「あ、あんたねぇ……」
 あまりにもストレートな物言いに、いつもは積極的なアスカの方が赤面した。
「そういうこと、良く真顔で言えるわね?」
「そう?、まあ……、それよりさ、この主人公の事なんだけど……」
 シンジは本を受け取り返した。
「自分に重ねてみたの?」
「違うよ……、ただ知りたかったんだ」
「なにを?」
 シンジの指が表紙を撫でる。
「女の人はこれで良いと思ってる、男の人はそれじゃいけないって思ってる……、ねぇ?、この人は結局どうするのかな?」
「あんたバカぁ?、そんなの決まってるじゃない」
 アスカは自信ありげに抱きついた。
「そんなの、惨めな自分を護魔化したくて慣れちゃってるだけじゃない……、だぁかぁらぁ、本当の幸せってものを教えてあげればそれでいいのよ」
「うん……」
 アスカもようやく気が付いた。
 主人公は自分。
 シンジが重ねていた相手は、娼婦になった女の子の方だったのだと。
「ほんと……、そんな人が側に居てくれるといいよね?」
 シンジはまるで縋るように、首に回された腕に手をかけていた。


「ヒカリぃ」
 食堂でパフェを突いている少女に軽く手を挙げる。
「トウジ!、どうしたの?、遅かったじゃない」
「すまん、イヴを見に行っとって遅なってしもたんや……、ヒカリの飯、食えんかったわ」
 食堂のシフトは夕方から夜間に掛けてを選んで働いていた。
「いいわよ……、って言いたい所だけど、そうね?」
 トウジが登校している間は家の用事を片付けている、それはトウジとなるべく居たいと言う計算の結果でもある。
「あたしもまだなの、何処かに連れていってくれる?」
「ほならどっか寄ってこかぁ……」
 現在、二人は同居していた。
 二人の妹と、保護者代わりのヒカリの姉もだ。
 互いの両親は……、行方不明のままとなっていた。


「イヴっちゅう奴は、ほんまに……」
 シンジ達との通信を切ったトウジは、ケイジに寄って機体を眺めていた。
「何か気に入らないかな?」
「日向はん」
 気さくに話しかけて来たのは現最高責任者である。
 規律が厳しくなったとは言え、こういった部分に昔の姿が見え隠れしていた。
「なんでこないな色にしとるんですか?」
 トウジは目を細めて見上げた、冷却液の中は見ない、液体の色と混ざっておかしな色をしているからだ。
 全体がグリーン系の迷彩で彩られている。
「ま、向こうの軍人さんのする事だからな?」
 塗り変えてやろうか?、そんな目を日向は作る。
「ほんま、軍人さんのやることっちゅうんは分かりまへんわ」
「そうかい?」
「こんなでかいもん隠し様あらへんやないですか」
 身長六十メートル前後の巨人が、一体何に紛れて隠れようというのだろう?
「ま、ATフィールドを使えば電波観測機器の類は役に立たなくなるからさ、そうなればあと頼れるのは目視だけだからな?」
「それもバックアップ部隊がおったらバレバレですやん」
「はは……」
 もう笑うしか無い、日向にして見ればアメリカ支部の機嫌も窺わなければならないのだ、なるべくならこのまま使用して欲しいと言う願いがある。
 多少の手入れなら文句は言われないだろうが、陸軍のトレードマーク的な配色に『ケチ』をつけるのは甚だまずい。
 それに……、と、日向は紹介するつもりで連れて来ていた少女に悪い気がしてしまっていた。
 身長はトウジよりも頭一つ低い、見上げて来る瞳は青だが肌の色はまるでそれを引き立てているような黒だった。
 天然のパーマがかかった髪はとても短く刈り上げられている。
「誰でっか?」
 トウジは半ば分かっている質問をした。
「ああ、マーク1のテストパイロットでアメリカ支部から来た……」
「エクレア・エンドリューです」
 びしっとした敬礼に、慌ててトウジもそれに習った。
「鈴原トウジや」
 同時にいま言った事を聞かれたのかと居心地が悪くなる。
「……随分と、マーク1がお気に召さないようですね?」
「気に入らんわけやあらへんのやけど……」
 ポリポリと頭を掻いて、悪気は無いと言葉を濁す。
「いいんです、イヴ……、エヴァは元々、市街地での拠点防衛を主眼に置いた兵器ですから、……って、こんなこと、ファーストクラスのチルドレンであるトウジさんには言うまでもありませんでしたね?」
 トウジはさらに頭を掻いた。
「まあ……、そないに堅苦しゅう見んといてぇな」
 余りいい気がしないのは、それが間違いのない買いかぶりであるからだろう。
 トウジは自分に付いて回っている『フォースチルドレン』と言う名前に値するほど、何かを学んでいるわけではない。
 また自分でもそれほど実力があるとは思っていない、なによりも『エヴァ』ですら操ったことがないのに、なにを比較に胸を張れと言うのだろうか?
 そう言う点では、シクスス以下のセカンドクラス同様、ただのパイロット候補なのである。
「そやけどシクススて黒人さんやったんやなぁ」
 トウジはふぅんっと、話題を変えるつもりで振った。
「……肌が黒くてはいけませんか?」
 だがそれはエクレアの何かに触れてしまったようである。
 眉間に皺が寄せられる。
「わたしは黒人ですがわたしのしている仕事には誇りを持っております!」
「ちょ、ちょっと待ってぇな……」
「許してやってくれよ、彼も悪気は無かったんだ」
 慌てて割り込む日向。
「すまん……、わし、黒人さんて初めて見たもんやから……、悪かったこの通りや」
 思いっきり頭を下げる、その態度には憤っていたエクレアの方が驚いた。
「そんな!、わたしの早とちりです、頭を上げて下さい」
「そう言うわけにはいかん!、無神経な事いうたわしが悪いんや」
「そんなぁ……」
 エクレアは困り顔で日向に縋った。
 トウジは直立した姿勢から九十度以上頭を下げている、これ以上は無い平謝りである。
 これを上回るとすれば土下座だけであろうが……、このままではそこまで突入してしまいそうな勢いだ。
「ほら、今度は彼女が困ってるぞ?」
 日向は助け船を出すことにした。
(フォースに土下座をさせたチルドレン、か)
 それはそれで語り草にはなるだろうが、本部ではともかく支部では冗談として見過ごしはしないだろう。
「別にどっちが悪いって事も無いさ、トウジ君は見たままを言って、エクレアは考え過ぎた、それだけの行き違いだろう?」
「ほんま……、許してくれるんか?」
「フォースチルドレンである方が軽々しく頭を下げないで下さい」
 何処かほっとした様子である、が……
「フォース、か……」
 トウジはその言葉に馴染めない自分を感じていた。


「どうしたの?」
「ん、ああ……」
 トウジは浮かない生返事を返した。
 電動車は操作が簡略化されているので、その分、免許の取得年齢も十六歳からと実に低い。
 これには二輪車よりも安全だと言う認識が手伝っていた。
「エクレアを怒らせてしもてなぁ」
「エクレア?」
「シクススや」
 トウジはハンドルを握っているにも関わらず、ちらりと横目を送ってから今日あった出来事をヒカリに語った。
「そりゃ怒るわよ……」
 呆れるヒカリに苦笑する。
「そやなぁ……」
 ヒカリもまた溜め息を吐いた。
「それで?」
 分かるのだ、濃い付き合いが歯に引っ掛かっている物に気付かせる。
「それだけじゃないんでしょ?」
「かなわんなぁ」
 トウジは笑いながら頭を掻いた。
「イヴがなぁ……」
「そんなに嫌なの?」
 トウジは複雑な表情をした。
「わしかて男や……、あないなもん渡されたら興奮するで」
「ああ……」
「わかるやろ?、そやけどわしらはシンジ等を見て来とる」
 だから素直に喜べなくて当惑している。
 対向車のエンジン音が、会話の空いた間を埋めて行った。
「エヴァンゲリオンがなかったら世界は滅んどった……」
 考えをまとめるように切り出すトウジ。
「そやけど見てみいな、ほんまにこれが幸せやっちゅうんか?」
 世界に蔓延している死病。
 シンジ達はそのために奔走している。
「わしかて人を救う手伝いをするっちゅうんには賛成や、そやけど……、ハルカや、シンジをあないにしてしもたエヴァがどうにも許せへんのや」
「ハルカちゃん……、よくなったんでしょ?」
「シンジのおかげや」
 やはり顔色は優れない。
「損やで……、あないな力」
「うん……」
 シンジはトウジの妹に対しても、トウジの時と同様に傷つけ、嫌われると言う手法を選んでいた。
「なんで嫌われなあかんのや?、わしはシンジを知っとる、そやから信じたる事も出来る」
「ハルカちゃんは?」
「あかん、本気で嫌っとるわ」
「そっか……」
 ヒカリですらシンジの人の神経を逆なでするような物言いにはムッとする事があった。
 それが必要なのだと頭では分かっていても、だ。
「エクレア……、な?、わしのこと、フォースや言うて尊敬しとるんや」
「いいんじゃない?」
 女の子かしら?、とヒカリは勘繰った。
「可愛い子?」
「なんや、妬いとるんか?」
「いいじゃない!、どうなの?」
 ちらちらと表情を盗み取るヒカリの態度に、トウジは苦笑交じりで口元を緩めた。
「髪はちりちりで短いわ、ほんまの外人って言うんはあんなんなんやろうなぁ」
「なにそれぇ?」
 きょとんとする。
「ほれ、アスカは外人っちゅう感じと違ごたやろ?」
「そうかしら?」
 日本人離れした体形、青い瞳、金色の髪。
「まあ日本人と違ごて奇麗やけど……」
「奇麗?」
「ああ……、ヒカリより奇麗や」
「トウジ……」
 ギュッと拳を握り込む。
 それを知ってか知らずかトウジは続ける。
「でもな、あれはテレビで女見た時と同じ感じなんや、なんやこう」
 右手をワキワキとさせる。
「奇麗とか可愛い言うたら、アスカや綾波になるんやろうけどな?、わしにはヒカリなんや」
「え……」
 落ち込んでいたのだが、急な告白に赤くなった。
「あ、あたし!?」
「ヒカリでないとあかんのや……、なんでやろなぁ?」
 本気で分かっていないのだろう、それ以上の言葉を期待したヒカリは、少し残念そうにシートに腰を落ち着けた。
「でもそれって……」
 顔に集中した血を頭に回す。
「アスカが碇君だって言うのと同じじゃないの?」
 こういう時にレイを引き合い出さないのは付き合いの深さの違いなのだろう。
「そやなぁ……、わしはヒカリでないとあかん、考えられん……、アスカも、綾波も、シンジでないとあかんやろなぁ?」
「うん……」
 ヒカリはようやく仲良く暮らし始めた三人のことに顔をほころばせた。
「そやけど」
 しかしヒカリと違い、トウジはそれを喜んでいない。
「シンジはどないなんや?」
「え……」
「シンジ……、変わってしもたで」
 嫌われるための言葉を吐き、立場を作る姿に胸が痛くなってくる。
「あないになってしもて……、今はええで、アスカや綾波がおる、シンジも甘えとる」
「うん……」
「けどな?、二人がシンジから離れたらどないになると思う?」
「え……、どう、って」
 何を心配しているのかが分からずに困惑する。
「二人がおらんようになっても、シンジ、変わらんで」
 それはトウジの持っている確信だった。
「変わらない?」
「そや」
 訝しそうにトウジを見つめる。
「あれは前と同じや、第二東京やったか?、向こうでいじけとったんと変わっとらんで、周りにどないに思われようと構わん、自分が楽になれる様にしとるだけや」
「あんなに……、辛いのに?」
「辛いのはアスカと綾波を泣かしてしもたら、やろ?」
 あ、っとヒカリは小さく漏らした。
「二人に頑張っとるとこを見せて安心させとる、そうやって殻かぶっとったらホンマの自分は見られんで済む、傷つけられんで済むんや」
「そ、っか……」
 本当の自分を押し隠している点では何も変わっていないのだ。
 あるいは諦めている、と言い換えてもいい、諦める態勢を用意してしまっているとも……
「二人は気ぃつくで……、シンジから離れた後にな?、結局、自分らはシンジの思っとった通りにしてしもたんやな、自分らは見捨ててしもたんや、あいつを信じきってやらんかった、それに気が付いた時にあの二人……、また壊れてしまうんとちゃうか?」
 ヒカリは何も言えなかった、強く否定することが出来なかった。
 シンジへの甘えが何処に向かうのか想像できなかったからだ。
 リアルに思い浮かべたのは、昔のアスカに立ち戻ってしまう事だった。
 一人で生きようとしていたアスカ、切れてしまう程に弦を張り詰めさせていたあの頃に。
 レイについてもだ、周囲に絶望しての無気力感、関心の薄かったあの態度。
 それはシンジも含めた三人が、再び壊れてしまう事を意味している。
「わしは、それが恐いんや……」
 重々しく語ったトウジに、ヒカリは少々の感慨を抱いてしまった。
(この人は、もう……)
 こういう風に人のことになると気が回るから……
 その優しさにとても惹かれてしまうのだ。
(でも)
 ちょっとは自分のことにも気を回して欲しいと、ヒカリは溜め息を吐くのであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。