L.A.S.Will you ……? 3
「起動試験を開始します」
「シンクロスタート」
「ボーダーライン、突破します」
「イヴマーク1、起動」
おおっと言う歓声が上がるが、マヤと日向の顔は渋かった。
それはある意味予想通りな、満足できる結果では無かったからだ。
「シンクロ率……、上がらないね?」
「原因は分かり過ぎるほど分かっているけど……」
「やはり彼かい?」
「そう」
二人はふぅっと息を吐いた。
「彼のエヴァに対する不信感こそが問題か」
「そんな!、あたしの調整して来たマーク1に不安があるっていうんですか!?」
二人に噛みついたのはエクレアである、チルドレンが跳ねっ返りなのはセカンドクラスの通例なのかもしれない。
「イヴに、ではないわ?」
「エヴァにだよ、同じものだからね?」
「そんな……、どうして」
エクレアには分からない、使徒を倒し世界を救ったエヴァンゲリオン。
それのどこに信頼が置けないというのだろうか?
「彼はシンジ君の友達だからねぇ……」
それは当時の事を知る者だけが口に出来る言葉であろう。
「シンジ……、サードチルドレンのことですか?」
「そうよ……」
エクレアは知らされている情報を総動員した。
「確か死んだって聞きましたけど……、その精神をクローンに写して」
「まあね……、君はサードインパクト以降に情報を貰ったから知らないだろうけど」
「トウジ君はずっとシンジ君の戦いを側で見て来たから」
「……使徒、強かったのは知っています」
自分があの場に居たとしたら?
数値的に見ても自分がその戦いを越えられたとは思えない、自身の力を過小に評価するつもりは無いが、例えば第五の使徒である。
零号機は盾を与えられたとは言え、最終的にATフィールドと自身の体を持って加粒子砲を受け止めた。
(あたしだったら……)
おそらくはATフィールドでの減殺が足りずに、数秒と保たず融解させられていただろう、蒸発かもしれない。
『機体の違い』で割り切ることが出来ていた、だが先日、ドイツ支部にて同系列であるはずのマーク2にエヴァを越えるATフィールドの展開をされてしまったのだ。
それは奇しくも『ATフィールドはパイロットとのシンクロによって変動するのもであり、その強度は機械的なシステムに左右されることは無い』という基礎理論を実証することとなってしまっていた。
すなわち、これは自身の力不足であると認める以外に無いのだ。
「トウジさんはフォースチルドレンなんでしょう?」
だがエクレアとエリスには大きな差があった、それはファーストクラスに対する羨望の違いでもある。
エリスはマーク2に対して過剰に固執を持っていた。
しかしそれに対して、エクレアはマーク1をただの『機体』として認識している。
イヴの能力は乗る者によって大きく異なる、なら、自分が作り上げて来た機体の素晴らしさを立証してもらいたい。
そう考えていたのだ。
「彼ほどの人なら、マーク1の性能を完全に引き出せるはずです」
それこそエヴァと同じレベルの能力を。
マヤにも無論、そのつもりがあった。
「イヴの力は貴方が一番良く理解しているものね……」
だからこその落胆なのだ。
「でも俺達はその力を持ってしてもぎりぎりの勝利を収める事しか出来なかった……」
それも当時十四歳の子供達に頼って、だ。
日向は目を閉じて昔を思い出した。
「……綾波レイはエヴァを操るために生み出された、アスカちゃんはエヴァに乗るよう定められて生きて来た、シンジ君に至っては……、ただシンクロできると言うだけで乗せられた」
「シンクロできると言うのは理由にならないのですか?」
最後の点が分からない、それは兵役や動員の制度が定められているアメリカと言う国との認識の違いでもあるのだが……
「君はイヴに触れて親しんで来たからそう言えるんだよ」
「そうね……、喧嘩にも縁の無かった子が突然連れて来られて、何も知らないまま、なんだか分からないものに乗せられて、使徒の前に放り出されて、生き死にを賭けた戦いを強要された……、それがシンジ君が初めてエヴァを知った時の出来事なのよ」
エクレアはマヤの表情に寒気を覚えた。
「そんなの……、無茶ですよ」
自分がそうであったなら?、その程度の想像力は持っていた。
チルドレンとして選抜された時、旧陸軍のカリキュラムに従って銃器の扱いを覚えさせられた。
その訓練には夜間のゲリラ戦を想定したものもあった。
思い出す恐怖、それを乗り越えられたのは自分に『銃』と言う力が与えられていたからだ。
だがもし『銃』を与えられていても『扱い方』すら教えてもらっていなかったとしたら?
自分はエヴァを知っていた、だからイヴのパイロットに、シクススに選ばれた事が嬉しかった。
『より強い力』によって身を守れると言う、恐怖心からの解放もあった。
だがこれが見た事も聞いた事も無いものだとしたら?
エクレアはマーク1に視線を送った。
初めてこれを見た時の驚き、それは『選ばれた』事への喜びに満たされていた。
しかしイヴが『世界を救うもの』だと知らなかったとして、エヴァも使徒も知らなかったとして、それでも『これ』に対して怖れを抱かずにいられただろうか?
この禍々しい顔に対して……
それにエクレアもまた本当の意味では使徒を知らなかった、記録で見ただけなのだから。
砲弾が当たれば痛いと感じる、それが加粒子砲であったなら?
いや、加粒子砲が来ると言う事さえ分からないのだ、だからこそ初号機は被弾している。
何の訓練も、情報も無しの実戦。
なまじ軍事訓練に慣れ親しんで来ただけに、無明に近い状態には寒気が走った。
「本当は恐かったんだよ、シンジ君は、乗りたくなかったんだ、サードインパクトの直前には自閉症に陥っていたよ、アスカちゃんも精神汚染を受けて崩壊していたしね?」
「エヴァは人に伝えられるほど英雄的な存在ではないのよ……、乗る人、関わって来た人、トウジ君の知っている人達は皆不幸になって……、死んでいった」
「そうですか……」
ミサト達の事なのだが、エクレアはその中にシンジも含まれているのだろうと想像した。
「言い方は悪いかもしれないけどね?、それを一通り見て、知って来たトウジ君は『こんなもので人を幸せに出来るのか?』って不信感が拭い切れないのさ」
「潜在的な意識程シンクロに影響するものは無いものね?、フォースチルドレンに伝えて、今日はここまでにしましょう」
最後の台詞はスタッフに向けてのものだった。
その頃、洋上では緊急のテストが実施されていた。
「どう?、アスカ、調子は」
いつもの通信用大型モニターに、今はエントリープラグ内のアスカとエリスが映し出されている。
コンテナ車は非常時には移動指揮所としても機能するように設計されている、それを利用して管制室として二機を繋いでいた。
『ちょっと違和感があるけど……』
弐号機輸送用タンカー、幌の下のプールには寝そべるように弐号機は浮かべられている。
「重いの?」
『逆、軽過ぎるのよ、反応が』
船の中なのでそう派手に動くことは出来ない、アスカはプールに浮かされたままの弐号機の右手だけを動かして確かめていた。
「一人だからじゃないの?、ずっと綾波と一緒だったからそう感じるんだよ」
『そうね?、そうかもしれないわ』
アスカはその説明に納得した。
『でもまさかまた一人で動かせるなんてねぇ?』
どこか声が弾んでいるのは、よほど嬉しいからなのだろう。
「よかったわね……」
シンジの隣にはレイが立っていた、が、声が少しすねている。
『なによあんた……、妬いてるの?』
アスカはくぐもった声で笑った、レイにすねられたのが初めてだったからかも知れない。
「いい……、その代わり、これからはずっと碇君の側に居られるから」
今は二人きりと言わんばかりに、レイはシンジに擦り寄った。
『ああー!、ずっこいわよ!?』
『レイ様!』
シンジは片耳を塞ぎながら一方的に伝えた。
「エリスの準備もいいね?、シュミレーション対戦、スタートするよ?」
『あ、ちょ、ちょっとぉ!?』
『待ちなさい、ダッシュ!』
両機のハーモニクスをカットしてシュミレーションモードを起動させる。
シンジは通信も切って、ふぅっと大きく息をついた。
「碇君……」
「ごめん……」
突然にシンジの顔からは笑みが消えていた。
「弐号機……、動いてくれたね?」
それが良いのか悪いのか分からないのだ。
「……あの子、弐号機の中でどんな夢を見てるんだろう?」
「さあ……」
「仕方が無いって分かってる、アスカの苦しみや喜びを感じてあの子が育ってくれればいいって……、でも」
「……嫌われたくないのね」
アスカに。
それがシンジには辛かった。
「分かってるんだ、他に方法は無かったって……」
「でもそれを教えたのはわたし……」
「わかってる……」
沈黙が訪れる。
(分かってるんだ……)
こんな自分の姿を見せてしまうのは、唯一救えるかもしれない方法を教えてくれたレイを苦しめる事になってしまう。
アスカのクローンの移植手術、その後の安定と調整はレイが行っていた。
むろん、アスカには内緒で。
「ほんとに、ごめん」
「碇君……」
アスカに似ているから救いたいのではない、引き戻された時から『償い』をすることに決めたのだ。
無制限、無償で。
だがそれはシンジが決めた事だ。
(そうだ、僕が決めた事なんだ……)
なのにレイに付き合わせてしまっている、その事が後悔となって跳ね返り出している。
(ねぇ……、アスカには、なんて話せばいいと思う?)
シンジが望んでいる答えは一つだ、だからその質問は飲み下して心に仕舞う。
(分かってる、これは僕の我が侭だ、僕が悪い、僕が綾波にやらせたんだ)
隠し通せるとは思っていない、アスカにはいずれ話さなければならないだろう。
だがレイが自分は悪くないと、それを望んでくれない限り、一人悪役となった所で逆に悲しませるだけの結果になってしまう。
「僕が悪いんだ……」
「碇君」
「これは使徒を作るのと同じことだよ……」
渚カヲルや、綾波レイと同じ……
「今度はアスカで……、作ってるって事なんだよね?」
シンジはレイに髪を撫で付けられて、目を閉じた。
「ごめん」
そのおかげか?、なんとか嗚咽を堪える事に成功する。
「碇君は……、悪くないわ?」
「みっともないとこ見せちゃったね?」
「いい、泣きたい時は、泣いていいのよ」
「綾波……」
抱き寄せられるままに、レイの胸に顔を埋める。
「ごめん」
「また、謝るのね……」
慈しむ様に、シンジの髪に顔を埋める。
「だって……、僕はまたやろうとしてる、二人にはあんなに迷惑を掛けたのに、あんな思いまでさせたって言うのに!、また……」
同じように、自分一人が悪役に収まろうとしてしまっている。
この事を知ればアスカは激怒するだろう。
レイを巻き込んでしまった事への後悔は尽きない。
レイがそそのかしたことは問題ではない。
それに乗り、決断したのは自分なのだ。
なによりも彼女が自分の苦しみと悲しみを取り払うために示唆してくれたと分かっている。
なのに、今だそれを割り切れない。
「僕は……、卑怯者だ」
「碇君」
「いつまでも……、変われないのかもしれない、ねえ?、僕は……」
父さんのようになれるかな?
レイはその一言に、シンジが何処へ向かおうとしているのかを思い知らされたような気がして、口付けを与えずにはいられなかった。
(性能的には同じって事なのね?)
その頃、アスカはバーチャルな街の中にいた。
弐号機の設定装備はパレットガン、それに対してエリスは速射型のポジトロンライフルである。
エヴァが使用していたものよりもさらに連射性能が上がっている、威力をしぼっているからかも知れないが、銃身の加熱具合もさほどではないようだ。
まあ、もちろん全てが数値上のできごとなのだが……
ちなみにエリスの乗るマーク2は、弐号機とはまた別の船にある。
「あたしに勝とうなんて百年早いのよ!」
ビルの谷間から山を狙う、敵であるエリスは山岳部で銃を構えていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。