Will you ……? 4

「綾波?」
 とろんとした目をして離れたレイであったが、シンジの声を聞いた瞬間に冷めてしまった。
 シンジが喜ぶどころか怪訝そうな顔をしていたからだ。
 そしてその事がレイに激情を起こさせた、『許せない』、と感情を沸き上がらせた。
(わたしに……、甘えてくれればいいのに)
 どうしてそうしてくれないのかと苛立ちが募る。
「あやな、む!」
 シンジは先ほど以上の力で唇を奪われた。
 深く深いキス、口の中に入り込んで来た舌による蹂躪に息が詰まる。
 レイはシンジの頬を手で挟んで押え付けた。
(綾波!)
 余りにも強い一方的な行ないに、つい抗っていたシンジであったが……
 しばらくして諦めたように、レイの腰に腕を回した。
(碇君……)
 それが嬉しくて、多少吸い付きを弱くする。
(……綾波)
 その分お互いに唇の柔らかさを感じる事が出来た。
 口の周りがべとべととして襟元に涎の染み広がり始める。
 だがそんな事は気にならなかった。
(碇君)
 胸を押し付けて、くすぐったい快感を得る。
「ぷあっ!、綾波っ」
「碇君……」
 抱き合ったままで、お互いに荒い息を吐く。
「あの、えっと……」
「なに?」
 と言いながら、レイには分かっていた。
(反応、してる……)
 太股でシンジの股間を弄ぶ。
「だって、こんなの……」
「まだ、駄目なの?」
 レイは懇願する目を作った、これまでに無いほど縋る目を。
「綾波……」
 シンジにはそれが捨てないでと訴えていると読み取った。
 レイが不満を募らせていることはわかっていた。
 仕草に信号が混ぜられていた、解消して欲しいと発しているのを受け取っていた。
 だが、これまではあえて無視して来ていた。
 それには多分に常にアスカが共に居た事がある。
 いくらなんでも、二人を同時に相手して三人で……、などと没入できるほどいやらしくもなれない。
 だが今は二人きりなのだ。
 更に言えば、レイを抑えさせるだけの力もない。
「わかったよ」
 はあっとシンジは息を吐いた。
(結局、情けないんだよなぁ……)
 強く出られないのだ。
 嫌われそうで。
 それとは相反するのだが、嫌われることは無いと分かっていた。
(だから嫌なんだけどさ?)
 求めれば求めただけ答えてくれるだろう、だがそれは『逆らうことは無い』と分かった上での勝手な振る舞いだ。
 卑怯過ぎる、余りにも。
 それなのに……、と、自分が許せなくなる、だからこれまでは『欲』に基づく感情を抑えて来ていた。
(でも……)
 それをレイにまで強制することは出来ない、彼女が堪えられないというのなら……
 だからシンジは、とても真摯な瞳をレイに向け……
 レイはそんなシンジの目に引き込まれてしまい、頬を桃色に上気させてしまっていた。


(どういう、つもりなのかしら?)
 エリスはアスカの行いに酷く戸惑っていた。
 この距離では余程の間違いが起こらない限り動く必要すら無い。
 パレットガンの様に反動が付きまとう銃での精密射撃は不可能である。
 さらに銃弾の速度も遅い、ATフィールドが貫かれるような事は絶対に無い。
 結論としてマーク2の周囲に着弾する弾がある程度で、実際には届く銃弾も少なかった。
「パレットガンの弾層は……」
 イヴに情報がある事を利用して確認する。
「そろそろ弾切れするはず」
 エリスはライフルを構え直した。
 実弾銃と違い、ポジトロンライフルはこの程度の距離で威力を減殺されはしないのだ。
「来る!」
 弐号機がビルの影から姿を見せた。
「お姉様、ごめんなさい!」
 続けて三発、アスカの回避行動を考慮して予測射撃を行なう、だが。
「嘘!?」
 弐号機のCGが壊れた、あっさりと。
「ATフィールドを展開しなかったの?、違う!」
 CGだけに判断がつかなかった、コンピューター側の処理が遅れただけだったのだ。
「残像!」
 ゆっくりとした動きからトップスピードに持ち上げたのだろう。
 エリスには不可能な動きだった。
 ハッとした時には目の前に弐号機の四つの目が押し迫っていた。


 見せ慣れたはずが恥ずかしいのか?、レイは背を向けたまま服を脱いで寝そべった。
「綾波……」
 シンジも同じように服を脱いで、ベッドの上に片膝を乗せる。
「碇君……」
 もう何年も待ち望んでいた、夢見ていたシンジの肉体がそこにある。
 その温もりが、直に、全身に触れて来る。
 隔てるものは何も無い。
 その感触にレイは酔った、股の間に痺れを感じた。
(ああ……)
 レイは足を組み合わせた。
 股をギュッと閉じて、こぼれ落ちようとする何かを堪えた。
 お尻に力を入れた分だけ腰が浮かび上がる。
(あっ!)
 するとお腹がシンジのモノに触れた、下腹部にとても高い熱が伝わって来る。
 レイは身を小さくしてしまっていた、両脇を締めて胸を隠し、顔は目を閉じて背けてしまっていた。
(だめ、拒絶していると思われる……)
 いつものシンジであればそうだろう、『やめよう』と傷ついた顔をして離れていってしまうだろう。
 やはり嫌いなんだね?、と……
 だがいま離れられてしまうのは……
 何とかしなければならない、だがその焦りがますますレイの体を固くする。
「綾波……」
 だがシンジはちゃんとレイの期待を感じ取っていた。
 圧し潰すように当てた胸板に、胸の高鳴りが伝わって来るからだ。
 もちろん紅潮した頬を見るだけでも分かるような事なのだが……
 だからシンジはそっと頬に手を添えた、触れた瞬間のビクリと言うレイの震えに、彼女の緊張を感じ取る。
 ゆっくり、おどおどとしながら開く瞼、その奥の揺れる瞳に微笑みかける。
 レイはシンジの優しげな目を見付けて……
 瞬間、弾けた。


 シンクロ率、ハーモニクスの高さはそのままエヴァとの同化率を差す。
 テーブルから落としたコップを救うために反射的に手が出る事がある。
 人間ですら、その行動には個人差に基づくタイムラグが存在している。
 目に映った情報を脳が受け取り、そして肉体に命令を下す。
 目がパイロットだとすれば、脳はエヴァに搭載されている人格移植OSだ。
 そして肉体、これがエヴァの素体に当たる。
「でぇええええええええい!」
 アスカは吠えた。
 予備動作すら無い状態から一瞬で音速を突破する。
 同化率の高いアスカであるからこそ、ゼロからトップスピードへ瞬時に持ち上げることができるのだ。
 エリスであれば『助走』が必要な所である。
「きゃああああああああああ!」
 エリスは悲鳴を上げた。
 突如目の前に現われた弐号機に脅えて
 咄嗟に腕を組み合わせて防御するのが精一杯だった、そこそこのシンクロ率しか維持できないエリスにとっては、スポーツ選手や武道家のように肉体を、イヴを行動させる事は出来ないのだ。
(出来た!)
 恐怖に凝り固まったエリスに対して、アスカは大きな喜びを感じていた。
 反応が軽い、今ならと言う考えでやって見た『一か八か』の賭けだった。
 知覚してからの動きには限界がある、それを越えるために認識から反射的な行動を行なえるよう体に条件反射を刻み込む。
 これが一般的な『訓練』である。
 イメージした通りに体を動かすためにはまた別の『特訓』が必要となる。
 無駄の無いパターンを何百回、何千回とくり返す事によって、無意識の領域にまで刻み込む。
 エヴァのシンクロはこれに似ていた。
 イメージした通りに動いてくれないもどかしい肉体に、シンクロと言う名前の動きのパターンをインプットする。
 だが今のアスカの動きは『人として』学習した動きでは無く、『エヴァなら』こう動けるはずと言うイメージ通りに行なったものだった。
 人としての枠を越えたのだ。
 その動きをエリスとイヴの目は追う事が出来なかった。
 ダッシュと同時にアスカはポジトロンライフルの第一射をくぐり抜けたのだ。
 二射、三射は無視した、エリスの性格から『予測射撃』を行なうだろうと読んだのだ。
 同じコースに二発目は来ない、読み通り、一発避ければその道は安全地帯となっていた。
「取ったぁ!」
 最短コースを全速力で駆け抜けて、アスカはナイフを振り上げていた。


「碇君!」
 それまでの恐怖がレイを突き動かしていた。
 腕をシンジの首に絡め、強く乳房を押し付ける。
「碇君っ、いかりくんっ、いかりくん!」
「わかってる、だから落ちついて、ね?」
 壊れたように叫ぶレイに、シンジは穏やかに話しかけた。
 恐い夢でも見た子供をあやすように。
 不意にポルノ小説のことが思い浮かんだ。
(僕しか居ないって状態に慣れたいのかもしれない、綾波も……)
 それを責める権利は自分には無い、自分とて逃げ続けているのだから。
(なら、僕は……)
 せめてレイの欲しがっているものを与えようと心を決める。
『碇君が満たしてくれる』
 レイの暴走が何処から来ているのか?
 飢えと乾きが癒される、その喜びが伝わって来る。
 だが一つだけ確かめておきたい事があった。
「綾波は……、僕のこと、好きなんだよ、ね?」
 それは唯一の免罪符を手に入れるための言葉であった。


「取ったぁ!」
 アスカはナイフを振り下ろした、しかし。
「嘘!?」
 偶然にも身を守ろうとして腕を組み合わせたイヴの手が、その刃先を払いのけたのだ。
「ちぃ!」
 アスカはその動きを偶然とは思わなかった、偶然だからと過小評価していては『以前』と同じになってしまう。
 シンジの実力を自らのプライドから正しく評価せずに僻んでばかりいた。
 結果は惨めになるだけだった。
「やるじゃない!」
 認めるのだ、認めてから屈伏させる。
 やる事は結局同じなのだが、そこに込められている感情には大きな差がある。
 なによりもアスカは楽しむ事が出来ていた。
「もう手加減しないわよ!」
 ならばと格闘戦を挑みにかかった、この時点でパニックに陥っていたエリスには……
「やぁあああああああああ!」
 悲鳴を上げる事しか出来なかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。