Will you ……? 5

 弐号機に取り込まれていた二年という歳月は、シンジとレイに決定的な差を与えていた。
 それは体格のことである。
「綾波……」
 レイに比べると背が足りない。
 シンジはレイの頬を撫で付けながら見下ろした。
 成長した者と止まっていた者。
 その差が現われ、こうして寝そべればシンジに酷く実感を与えた。
(なのに……)
 半身を起こして見下ろせば、ずっと小さく見えるのだ。
 レイの姿が。
(なんでかな?)
 華奢だから?
 軽いから?
 違うのだ。
(小さいんだ)
 心が、心の器が、大きさが。
 魂が、脅えて、縮こまって。
(こんなに弱かったんだ……)
「碇君……」
 縋るような瞳は、たった一つの絆だけを求めている。
 表情を取り戻したレイはさらに儚さを増していた。
 優等生ではない、脆さが浮き彫りになっている。
「綾波……」
 ギシッとベッドが軋んだ。
 レイの隣に手を突いて身を乗り出す。
「……愛」
「え?」
「して、くれるの?」
 シンジは動揺してキスの寸前で固まった。


「マズイかも……、アスカちゃん、ムキになったんじゃ?」
 日本本部、日向はマギの衛星回線を通して送られて来るシュミレーション情報を見ていた。
「彼女はそれぐらい分かっているさ、ほら、ちゃんと関節が決まる寸前で離してやってるだろ?」
 軽口を叩いている相手は新人の女性オペレーターである。
「エヴァはここまで動けるものなんだって教えてあげてるんだよ」
「……いたぶってるのと、変わらないと思いますけど」
 彼女はヘッドフォンから聞こえる悲鳴に嫌ぁな汗を流していた。
 先程から「きゃー」だのなんだのと、エリスの泣き叫ぶ声が聞こえっぱなしになっているのだ。
 ついでにアスカの卑屈な笑いも聞こえるような?
「はは……、まあ、柔軟な使用方法を身に付けるには必要な訓練さ」
「そうですか?、……柔軟って?」
 何気なく答えたのだが、不思議に思ったのだろう、問い直す。
「エヴァは人の形をしているだけの物だからね?、当然人と同じように扱えても、それだけじゃあ駄目なんだ」
「エヴァとしての運用、操縦法があるということですか?」
「うん……、これだけはアスカちゃんでないと指南できないからね?」
「え?、でもファーストチルドレンが」
「向いてないんだよ……、物を教えるのは」
 日向は困ったもんだと、後頭部を掻きむしった。


(愛って何?)
 わからない。
 シンジはだから動きを止めた。
「碇君……」
 不安そうな呟きに素直に答える。
「……わからない」
 でも不思議と迷いも消えていた。
「……僕にも、愛ってなにか、まだわからないんだ」
 だから素直な想いだけを伝えようとする。
「でも」
 不安の色が濃くなるレイに、シンジは苦笑を浮かべて話を続ける。
 そっとレイの頬に手を添えて。
「僕は、見付けたいんだと思う」
 その呟きに、いちるの望みを見つけるレイ。
 シンジはゆっくりと唇を引き寄せた。
 力は入れていなくとも、その動きに合わせるかの様にレイの顎は上向いた。
「あやな……」
 み。
 触れ合う唇。
 シンジはレイの下唇を挟むようについばんだ。
 まだ触れ合うだけ。
(綾波の香りがする……)
 同時にレイは叫んでいた。
(触れ合い、一つになれる)
 気持ちと言うものが爆発している。
 何度も何度も、とても大きく。
(ああ……)
 レイは自分からも押し返すように唇を差し出した。


「艦影だと?、どこだ」
 旗艦である空母のブリッジでは、にわかに騒がしさが増していた。
 索敵艦が水中に潜水艦クラスの影を見付けたのだ。
「クジラかもしれんだと?、馬鹿野郎!、さっさと確認しろ!!」
 若い艦長だからなのか?、それとも『チルドレンとエヴァ、イヴの輸送』と言う大役を仰せ付かっているからなのか?
 少々浮き足立っている。
 副官は肩を落としながらレーダー確認のために視線を戻した。


(綾波……)
 シンジはより積極的になっていくレイの求めに、必死にならざるをえなかった。
 声が聞こえるのだ。
 離れたくないと……、心の声が。
(僕だってそうだ!)
 結局どうのこうのと言っても、こうして感じていたいのだ。
 人間らしく、快楽に溺れて。
(アスカとも、綾波とも、誰とも離れたく無い!)
 もう一人は嫌だから。
 だからこそ求められずにいた。
(それだけの思いなんて……、きっと)
 体目当ての男では、きっと呆れられてしまうから。
 トラウマなのかもしれない、アスカの体に欲情していた頃の。
 アスカの想いや気持ちに気付かず、上辺だけを見て機嫌をうかがっていた。
 嫌悪するべきあの頃の自分に立ち戻るようで嫌だったのかもしれない。
(だから求めたく無かったんだ……)
 シンジの目尻から涙がつたう。
「碇く……、きゃう!」
 シンジは涙に気付かれたと思い、焦ってレイの胸に手を置いた。
「ん!」
 驚いたのか?、大きく口を開くレイ。
 シンジは構わず、ふにふにと適当に遊んで余裕を奪った。
「んんんんん!」
 抱きつきが縋り付くものに変化した。
 シンジの足に足を絡める。
 もだえるように膝をすり合わせるレイの動き。
 大きくなると言うよりは尖ると言った方が正しい乳首。
 シンジはそれを指先で挟み込んだ。
 きゅっとこする。
「ん!、あ!」
 息を求めてレイは喘いだ。
(綾波!?)
 レイの反応が強過ぎると思って中断する、だが逆にレイは泣き叫ぶように批難した。
「い、いや!、碇君、碇くぅん!」
「つっ!?」
 シンジの背に爪が食い込む。
 レイは高ぶりからの解放を求めていた。
 それは中断ではなく没入なのだ、シンジとてそれぐらいのことには気が付けた。
 背中に走る痛みに愛おしさが込み上がる。
 そんなに僕を求めてくれるのか?、と高ぶりを感じた。
 彼女の嬌態が演技ではないからこそ信じられた。
 頭が麻痺し、気恥ずかしさも消えて行く。
(綾波!)
 こういうレイを想像したこともあった。
 一人でする時に、ちょっとした時に想像していた。
 アダルトディスクで見た女性の映像にダブらせて。
 だが本物の綾波は淫らな言葉を発したりしない、くぐもった声を漏らすだけだ。
 もっと……、などとは間違っても口にしない。
 はしたなく求めるような事は絶対に無い。
 ただいじましいほど純粋に、精一杯訴えて来る。
 レイの求めに負けたくなかったのかもしれない。
 それは好きと言う感情が彼女よりも小さいと言うことになってしまうから。
 だからより強く行為に没入していく。
 頭が真っ白になっていく、どうしていいのか分からなくなる、次に何をすればいいのかも考えられない、余裕が無くなる。
 次第に胸に触れていいのかさえもわからなくなって来た。
 必死になって記憶を掘り起こせば、キスで嫌われた事を思い出した。
 あわててアスカとの想い出を振り払う、今は綾波なのだから、と。
「碇君、碇君、碇君!」
(綾波……、壊れちゃいそうだ)
 それ程の悲鳴を上げている。
 胸を一つこねるだけで、レイは泣きそうな声を出す、いや、もう泣いてしまっている。
「綾波……、大丈夫?」
 シンジは休憩を入れたくなった、このまま焦りたくないと言う思いも沸き起こっていた。
 よほど苦しくなっていたのか?、レイの息は酷く荒い。
 だがレイはそれ以上を求めていく。
(気持ち、いい……)
 知らなかった感覚だった。
 初めて感じる衝撃だった。
 今はそれに溺れたかった、いつも行動を共にしているあの少女。
 彼女は知っている、だが自分は知らない。
(嫉妬)
 レイはシンジにしがみついた。
 彼だけがそれを教えてくれるのだから。
「綾波……」
 レイはピクンと震えた。
 シンジの手のひらにドクドクと鼓動が伝わっていくのが自分でも分かる。
 シンジもそれを意識していた。
(凄いや……)
 早鐘を打っている。
 それにあわせて上下する胸の早さ。
「……キス、するよ?」
 瞳が揺れた。
 シンジはそれを返事と受け取って、レイの首筋に口付けた。


「これがフランケンシュタイナーよ!」
「嫌ぁあああああああああああああ!」
 エリスは真っ逆さまに落とされて悲鳴を上げた。
 ポリゴンの大地が破片となって砕け散る。
 シュミレーションでありながらもアスカは器用にダメージをコントロールしていた。
 だからだろう、終了設定の機体稼動数値を割らないのだ。
 破損率もそう高くはない。
 どちらかのノックアウトがシュミレーションの終了条件であるため、これではストップがかからない。
「も、もっと優しく……」
 シクシクとエリスは、勘違いされそうな言葉を吐いた。
 ハーモニクスはカットされている、が、イヴのダメージはプラグスーツが擬似的な電気信号として送り届けて来るのだ。
 妖しく言えば、SMと変わらない状態に陥ってしまっている。
 それも憧れの『お姉様』の手にかけられて。
「これでとどめよぉ!」
(いっそ殺して下さい……)
 さめざめと、とうとう諦めたエリスであったが、その瞬間は訪れなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。