「お前は!」
今度は屋上になった。
「トウジやばいって!」
襟首を掴んで柵に押し付け、持ち上げる。
シンジは半分乗り越える状態になっていたが、全く顔色は変えなかった。
無表情にトウジを見る、虚ろに。
そして顔を背ける、それは負けを示す物では無くて……
諦めだった。
誰も居ない場所を探してレイが辿り着いたのは美術室だった。
椅子に腰掛け、背もたれに仰向いてだらんと両手を垂らしている。
前髪も後方に流れて額が広く見えていた。
(なんだろ?、あれ……)
瞼は閉じていた、その額から五ミリと離れていない場所に輝きが見える。
直径五センチにも満たない青白い球体だった。
そこに無数の映像が浮かんでは消える。
余りに高速過ぎて、傍目にはノイズとしてしか認識出来ないが、それはレイの記憶だった。
『検索』しているのは朝の記憶だった。
がしっと開いた扉を強引に掴んで、引っ込めないように足を挿し込み、ふっふっふっと不気味に笑った。
「やあっと捕まえた」
「……おはよう」
「おはよう、じゃなくて!」
出て来たシンジの後を追う。
「どうして逃げるの!」
「別に……、逃げてないけど」
「うそ!」
「ほんとだって」
確かに歩調は合わされていた、遅いと感じる。
「ただ避けてるだけだよ」
「やっぱりじゃない!」
「……苦手なんだ、いつも誰かと居る人って」
「どうして?」
「だって話せないじゃないか、どんな風に話をばらまかれるかわからないし、嫌味言われることだってあるし……、だから、ごめん」
ようやく話してくれたことは話してくれたのだが。
(納得出来ないっての)
お互いが何者であるか知らなかった時にはあれだけ笑ってくれたのだ。
それがどうしてああも変わってしまうのか。
レイは『思索』を中断した。
「むぅ……」
「あ、レイ、こんなとこに居たの?」
覗いたのはヒカリであった。
「大丈夫?、レイ……」
「は?、何が……」
「何がって」
呆れた、とは内心の声。
「だってレイ、碇君に何か言われたんでしょ?」
「へ?」
「え……、だって、嫌われたって」
少々慌てる。
「嫌われたって言うか……、避けられてるって言うか、ちょっとね」
「そう……」
何故かそわそわとした様子を見せた。
「ヒカリ?」
レイは体を起こすと、わざと睨み上げるようにした。
「なに隠してるの?」
「あ、その……、ね?」
困り顔で。
「てっきり……、苛められたんだと思ったから、わたし、鈴原に」
ガタンと椅子を倒した、立ち上がった勢いで。
「レイ?」
ひっと、ヒカリはその無表情さに息を呑んだ。
すくみ上がって、恐ろしさから身構える。
しかしレイはそんな彼女を無視して駆け出していった。
「望み通りにしたるわ!」
引っ張り、床に投げ出す。
トウジはそのままシンジの腹を蹴り上げた。
二度、三度。
流石に苦悶に顔を歪める、それでもシンジは歯を食いしばってまで声は漏らさない。
──わかるわけない!
心で喚いた。
──こんな奴に、僕の気持ちなんて!
そうして、シンジは殻を被った。
──あ?、ほっときなさいよ、そんな奴。
何故だか苛立たしい目で見られていた。
だから無視し返した、触れ合わないのが一番穏やかだったから。
──気に食わないから、なんなんだよ。
結局、自分を殺して、周りが気に入るように振る舞うのが一番正しい。
(それでいいの?)
いい、と思うし、それをスタイルにしてしまっていた。
そしてそれは、やはり正解だったのだと信じられた。
「あれ?」
シンジは目を開くなり混乱した。
「……知らない天井だ」
目を細める。
「保健室?」
「気が付いた?」
隣を見る。
「レイさん……」
彼女の目は怒っていた。
枕の上で、シンジは頭を反対側に動かした。
「……シンジクンね、鈴原君に殴られて気を失ってたの、頭も打ってるみたいだし、お腹が痛いようなら内臓がどうにかなってる可能性もあるから、明日は病院で検査してもらって来なさいって」
シーツの中の手が動く。
お腹を撫でさすっていた。
「……いいよ、大丈夫、なんでもないから」
「なんでもないことないでしょ!」
本気で怒った、肩を掴んで振り向かせる。
「昨日も殴られたって聞いたよ!?、どうして言わなかったの!」
「どうしてって……」
「あたしのせいなんだから、言えばいいじゃない!」
「なんて?」
「なん……、てって」
レイはシンジの冷めた目に体を強ばらせた。
「そういうのが、告げ口するなんてってことになるの、わからないの?」
「けどっ、でも!」
「悪かったよ……」
起き上がる。
「もう……、迷惑かけたりしないから」
「そういうこと言ってないでしょ!」
レイは半ば勇気を振り絞って胸倉を掴んで引き寄せた。
「どうしてそういうこと言うの!、勘違いしてるって言えばいいだけでしょ!、悪いことしてないのに殴られてどうしてっ」
「でも気に食わないんでしょ?、彼も、……君も」
「あたし?」
うんと頷く。
目を見たままで。
「知らない人から気に障るんだって言われたってわけわかんないよ……、だから言う通りに変えて上げたのにまた殴られてる、ねぇ?、どうしてそうまでしてレイさんの機嫌を取らなくちゃならないの?」
レイは反射的に下がっていた、本気で聞いていると感じたからだ。
「シンジ……、クン?」
「僕は一人で居たいだけなのに……、どうして顔色窺わなくちゃいけないんだろう……、他人なんてどうでもいいのに」
「でも、でも!」
今度はレイが顔を背ける番だった。
「シンジクン……、笑ってたじゃない、いっぱい」
「そう?」
「だから……、またあんな風に笑って欲しいなって、あたしはそれだけで」
「無理だよ」
シンジは場違いに透き通ったはにかみを浮かべた。
「だって……、わかったから」
「わかったって……、なにが」
「うん……、だって、楽しかったけど……、でもそれって」
「それって?」
「……」
笑みを消し、また情けない顔になった。
「ここでは君の機嫌を損ねないように付き合わないといけないって教え込まれたんだよ?、なのにどうして仲良くなんて出来るのさ、やってられないよ」
「え……」
「下手をすれば殴られたり、嫌味言われたりするんだ、だったら最初っから嫌われてる方が良い」
言葉を無くさせ、シンジはベッドから下りた。
「じゃ、さよなら」
彼女が愕然としている内に、シンジは保健室を後にした。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。