「口が軽くなったものだな」
 格納庫から出て来たゲンドウに話しかけたのはコウゾウだった。
 その顔は楽しげにゆるみ切っている。
「趣味が悪いですよ、先生」
 すっとコウゾウの表情が変化した。
「今さっきまで、渚君も一緒だったよ」
「……」
「彼には彼で、何か思う所があるらしいな」
 ええ……、といつになく弱気な声で、ゲンドウはコウゾウに頷いた。


 ──はむ。
 シンジの食事は質素な部類に入るだろう。
 今食べているのは休日半額のハンバーガーだ、これにポテトとジュースのセット、それが『今日一日』の食事の全てだった。
 財布の中身に比べると、酷いくらいに慎ましい。
「いらっしゃいませぇ!」
 スマイルゼロ円どころか、頼まなくてもサービスで押し付けて来る。
 そんな感じの挨拶を受けた少女が、やたらと注文を発し上げた。
「フィレオセットにハンバーガー二個とチーズバーガー一個、それからナゲット五個、ソースはマスタード、あ、ジュースはコーラね」
 わかりましたぁと店員、女の子にしては多い注文だと思ったのか、引きつっていた。
 ──あるいは剥き出しのおへそ回りの細さに対して嫉妬したのか?
 その少女なのだが、待ち時間を暇そうにして店内を見回していた、ふとその顔がシンジを見付けて驚きに染まる。
「お待たせしましたぁ」
 会計を済ませて歩き出す、その歩調は相手に逃げられないようにと忍び足になっていた。
 シンジの席の隣に立つ。
「前、良い?」
 え?、とシンジは見上げて驚いた。
「あ……」
「良いかな?」
「あ、はい……、どうぞ」
 ありがと、と腰掛ける。
 ラフな格好をした少女は、コダマ、先程戦ったばかりの彼女であった。


 街中を二人は歩いていた。
 加持とアスカだ、アスカはほろ酔い気分のために足元が危うかった。
 それを堪えるためにか、加持の腕に掴まっている。
「あ〜、見て見て加持さん!、ぴかちゅぅ」
 意味も無くゲームセンターを指差して笑う、キャッチャーに一抱えもあるような電気ネズミが鎮座していた。
「へぇ?、意外だな」
「なに?」
「あ、いや……、アスカってぬいぐるみとかに興味があるとは思わなかったから」
 けたけたと笑って。
「ぬいぐるみじゃないもん、ぴかちゅぅだもん」
 正に酔っぱらいの論理である。
(やれやれ……)
 苦笑する加持、だがその表情はまんざらでもなさそうだ。
「良いのか?、シンジ君を探しに行かなくて」
 アスカは僅かに強ばった、が……
「良いのよ!、どうせレイとどっかでいちゃついてるんだから」
「……」
「いっつもそうだもん……、勝手に仲直りしちゃってさ」
 アタシの気持ちも知らないで、と……、そんな風に呟く彼女を放っておけるほど冷たくも無い、だが加持は少々気を緩め過ぎていた。
 ──二人の前に、急に人影が飛び出した。
「え?、あ」
「フケツ……」
 じいっと上目遣いに見上げたのは、ショートカットの……
 ──伊吹マヤ。
「おいおい、マヤちゃん、いきなりなんだよ」
「フケツです、何やってるんですか、こんなところで」
「こんなところって……」
 加持は言い訳しようとして失敗した、昨日と同じ店で愚痴を聞いて来たばかりなのだ。
 まだその筋の道から出てもいない。
「アスカちゃん、酔ってるじゃないですか」
 アスカはそちらの血が混ざっているからだろうか?、赤く染まりやすい肌をしているらしい、真っ赤に見えた。
 その上でいかがわしい店が立ち並ぶ場所だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺は……」
「その言い訳は」
 がしっと背後から首に腕が絡められた。
「後でゆっくり聞かせてもらうから」
「か、葛城……」
 口元を引きつらせて振り返ると、そこには思った通りの人物が鬼のような顔をして笑っていた。
「相変わらずでかい胸してるな」
「なっ、なに言ってんのよ!」
「じゃ、アスカのことは頼んだぞ、葛城!」
「逃げるなぁ!」
 背に押し付けた胸のことを指摘されてつい離れてしまった、その一瞬のことだった。
「フケツ……」
 逃げた加持に歯噛みしていると、マヤの押し殺した声が聞こえた。
 ぎくりとするミサトである。
「ちょ、ちょっとマヤちゃん?」
「フケツです」
「あたしは関係ないじゃなぁい!」
「……」
 言い訳できない鬼気だった。


「碇シンジ君だよね?、妹から聞いてたのとはちょっと雰囲気違うね」
「妹?」
「洞木ヒカリって居るでしょ?、アレがそうなんだ」
 目の前で大口を開けて頬張る彼女に、シンジは洞木さんとはずいぶん違うなと印象を持った。
「あたしはコダマ」
「はぁ……」
「ホントはヒカリみたいにチルドレンがどうのこうのって話来てたんだけどねぇ、面倒だから行かなくてさ」
「面倒だから?」
「今更高校生に戻れって言われてもね」
 ああ……、とシンジは納得した。
 本来中学生である年齢でも特例でくり上げたり、高校を卒業していても聴講生ということで入学を許しているのだ、そうしてチルドレンとして参加させている。
(そういえば、なんで高校なんだろ?)
 性質が違い過ぎる、その辺りの年齢にチルドレンが固まっていたとはいえ、やはり別に就学先を作るべき出は無かったのかと考える。
 だが口にはしなかった、意味は無いから、思考の海に沈めてしまう。
「でもやっぱり専門に習ってる奴ってのは違うわね、あたしも行っときゃ良かったかな?」
「学校にですか?」
「ああまで恐い目に合わされるなんて思ってなかったしねぇ」
 ねぇ?、っとコダマは乗り出した。
「あれってやっぱり、専門的に能力の開発とかやったの?」
 スポーツブラだけに前屈みになられると胸の形がはっきりし過ぎる。
 シンジは赤くなってうろたえ、目を泳がせた。
「えっと……、そういうことじゃないんですけど」
「じゃあどうやってあんなに力付けたの?」
「……」
 シンジはどさりと席に体を戻してくれたことに安堵した。
「鈴原君……、あの、洞木さんに負けちゃった人にも言いましたけど、ああいうのはただの認識の差だから」
「認識?」
「はい、例えば……」
 ジュースが入っていた紙コップを前に出す。
「これを持ち上げろって言われると、どうします?」
「……手で持ち上げるかな?」
「ですよね?、でも持ち上げるって、どう持ち上げます?」
「え?」
 シンジはコップの縁をつまむようにして持ち上げた。
「こうでも良いし、握っても良いわけですよね?」
「……」
「『どうするか』、それが全部で、自分の力の本質を知って、それで欲しい結果を得ようとした時に、『どうするか』、それだけなんです」
 はぁっとコダマは、納得したような出来なかったような顔をした。
「頭良いんだ」
「え?」
「さっきのね、今更高校って話、あれウソ」
「ウソって……」
「ヒカリって出来良いでしょ?、比べられるのヤでさ、逃げたんだ、あたし」
 ずずっとジュースをストローですすり上げた。
「……今更高校に戻されてさ、一回卒業してるのに点数で負けたらミジメじゃない?」
「そうでしょうか……、そうかもしれませんね」
「……言ってくれるぅ」
「僕にだって、比べられてミジメな目に合わされた事くらいありますから」
 頬杖を突いて窓の外に目を向ける、その仕草があまりにも様になっているからか、食料を平らげたコダマはぺろりと指を舐めて意地悪く笑った。
 足でシンジの脛をこつこつと蹴って気を引く。
「ねぇ」
「はい」
「今ヒマ?」
「は?」
 きょとんとしたシンジにいやらしく笑い掛ける。
「あたしん家来ない?、近いんだ、ここから」
 突然何を言い出すんだと、はぁっとついついこぼされる、それを了承の意と取ったのは、おそらくわざとだったのだろう。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。