『シミュレーションプラグ投入、……どう?、渚君、調子は』
 通信機からの声にカヲルは閉じていた目を開いた。
「悪くはないですね」
 4号機にも他機と同じ思考トレースシステムが導入されることとなり、コクピット回りが完全に一新されていた。
 今回のテストはその調整にからんだものである。
 今、カヲルが入っているコクピットはそのテストタイプのものであった、円筒型で中はシートが一つあるだけだ。
 左右にグリップはあるのだが、ボタンが一つずつあるだけである、用途的には不明だ。
 エントリープラグと呼ばれている。
 その中は溶液によって満たされていた、地下のリリスが沈められている液体と同じものだ、LCLと言う。
(血の味か、少しきついね)
 舌が徐々に麻痺していく気がする。
 思考が直結するシステムだ、余計な考えは4号機を動作させる事になってしまう、もちろん現在リンクは切られているのだが、練習ついでに慣れておかなければならなかった。
 今の思考はMAGIがシミュレートしているはずだった、プラグ内部は全面が外部の様子を映し出している、その一角にシミュレートの結果が表示されていた。
 奇妙な格好で停止している4号機のポリゴン表示、時折ぎこちなく動いている、自分の中では静止しているよう命じているつもりなのだが、雑念を拾われているらしい、ポリゴン4号機はそれに対して反応しているのだ。
 その外、ケージのコントロールボックスではミサトとリツコが険しい顔をしていた。
「……使えるの?、このシステム」
「多分ね」
「多分って……」
 唖然とする。
「呆れた、そんなあやふやな物に交換してるの?」
「大丈夫よ、すぐ以前のコクピットに戻せるようにしてあるから」
「……本当でしょうね?」
「期待してるんでしょう?、このシステムに」
 まあね、とミサトは突っ掛かるのを止めた。
 実際以前のコクピットはコントロールに必要なキー、スイッチ、レバーが多過ぎて、余程熟達するかカヲルほど理解力が無ければまず操作を誤るものだった。
 4号機は基本的に現在ネルフが所有している技術力で生産された物なのだ、つまり量産出来るのである。
「これで操縦関係はクリア、か……、後は主機関の開発だけね」
「こればっかりはね……、4号機には発掘されたものを無理矢理積み込んであるけど、同じ性能を期待しようと思うと」
「分かってるって、開発したってその大きさは発電所並みになるってんでしょ?」
 単極子モノポールシールドなどの特殊兵装を無くしたとしても、十数メートルもある巨人を動かすために必要な動力の出力は並では足りない。
 必要最低限な出力に絞ったとしても、その大きさは酷くなる、これを積み込めるよう調整を取ろうとすれば、当然機体は大きくなる、そして出力は足りなくなり……
 果てしなくとは言わないが、最終的な大きさはこの地下遺跡内で運用出来ないものになるのだ。
 遺跡調査の最終目標地点はもちろん黒き月の中枢である球体の中心点であるが、使徒がそれ以外の場所にいないとは限らない。
 考えたくない事だがレイを失う可能性もあるのだ、そうなると今のように効率良く発掘していくことは出来なくなる。
 そうなると後は人海戦術あるのみだ、一応まだ同じタイプの動力システムが数基確保されている、遊ばせておくことはないだろう。
(それもあるけど……)
 ミサトはちらりと背後を見やった、珍しくアスカがやって来ている。
 シンジならばともかく、カヲルのテストに付き合っているのだ、心配している風情ではないのだが……
(渚君に乗り換えたの?)
 ミサトはまあそれもアリだろうと思った、いつまでもシンジシンジでは疲れてしまうだけだろうから。
 あれから二年……、三年か?、よく一途にもったものだと思う。
「え?、なに?」
 ミサトはじっと見ているリツコに気がついた、横目だったので見過ごしてしまいそうだったが。
「……気になるのかと思ってね」
「そりゃあ、ちょっとはね……」
「どう思うの?」
「良いんじゃない?、苦労し過ぎなのよ、まだ子供なのに……」
「……」
「なによ?」
「いえ……」
 ふうと嘆息。
「思い出しちゃったのよ、加持君があなたに振られたって自棄酒に走ってた時のこと」
「うぐっ!」
「あなたと付き合ってても辛いだけだからって言われて、他の男に逃げられたら、それは辛いでしょうね……」
 相当昔に何かったらしい、どれくらい昔なのかはリツコの目の遠さが物語っている。
「ま、まあ誰しもそうやって大人になって行くもんよ!」
「……スレるのと大人になるのとは違うでしょう?」
「同じじゃないの?」
「違うと思うわ、わたしは……」
 ふうと嘆息。
「傷つくのに慣れるのと、傷つかない術を覚えるのとは違うでしょう?」
「……さあ、あたしにはやっぱり同じに思えるし」
 これ以上話し合っていても無駄だろう。
 リツコは話しを切り上げようとした、ちょうどマヤが横槍を入れてくれたからだ。
「上から連絡が来てます、リソースを解放して欲しいと」
「え?、変ね、こっちじゃないわよ」
 一応念のために確認する。
「試験のために確保しておいたリソース内に収まってるはずだし……、なにこれ?」
「どうしたの?」
「マヤ!」
 リツコは顔色を変えて叫んだ。
「今すぐ調べて!、誰かがハッキングしてる可能性があるわ!」
「ほんとなの?、リツコ」
「わからない……、チルドレンを動員したからその関係かもしれないけど、それにしては妙に大きくリソースを奪ってるものがあるわ、一体……」
 マヤが絶叫する。
「サブコンピューターがハッキングを受けています!、逆探知っ、相手は……」
 目を剥く。
「4号機です!」
「なんですって!?」
「渚!」
 アスカが叫んだ、まるでそれに呼応するように……
 4号機の全身に、光学パターンが刻まれた。


「そんなっ、4号機が!?」
 発令所に呼び出されたシンジは、その報告に青ざめた。
「カヲル君は!?」
「連絡は取れているけど……」
 マコトはそれ以上口にはしなかった、代わりにシゲルが伝える。
「現在第五ケージは封鎖されて手が出せなくなっている、4号機からはパターン青が検出された」
「使徒に乗っ取られたってことですか……」
「4号機だけじゃない、テストのためにMAGIに直結したのが災いしてね、このままだと施設全体が押さえられてしまうかもしれない」
 それを聞いてか副司令は総司令に耳打ちした。
「碇まずいぞ、もしあれの場所が知られたら……」
「使徒は知っているさ、本能で感じるだろうからな」
「落ち着いている場合か」
「リリスの生命維持装置はMAGIからは物理的に隔離されている、ハッキング程度ではやられはせんよ」
「直接接触はどうだ?」
「シンジに邪魔をさせる」
 ゲンドウはいつものように顔を隠したまま告げた。
「シンジ」
「は、はい!」
「出撃だ」
「え……」
「出撃だ」
「で、でも4号機にはカヲル君が!」
「ケージには作業員が閉じ込められている、生存者の確認と救出が最優先だ、その間の安全確保を行え」
「……はい」
「レイ」
「はい」
「ケージの中は?」
「……見えません」
「本日登録されたチルドレンを招集、電子戦を仕掛ける」
「はっ!」
 一斉に動き出す。
 そっと腕に触れた手に、シンジはビクリとすくみあがった。
「あ、ご、ごめん……」
「シンジクン……」
 シンジはぎゅっと唇を噛むと、そのまま01の元へと急いだ。
 その顔からはどれだけカヲルのことを心配しているのか窺い知れる。
(けど……)
 そこにはアスカも居ると聞いている。
 レイにはまるで、彼女を心配しているように見えてしまった、だから。
「人が良過ぎるよ、シンジクン……」
 そう呟かずには居られなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。