発令所がこれだけの緊張によって満たされるのはいつ以来だろうか?
しかしその原因の多くは正体不明の使徒とその能力へ向けられたものではなくて、そこに居るべき者がいないために陥る不安から来るものだった。
葛城ミサト。
赤木リツコ。
伊吹マヤ。
この非常識な作戦行動では、時折自失の体に追い込まれる事がある、そのような時に指示を下せる人間は少ない。
葛城ミサトが現在の職に就けられているのはそのためだった、目前で起こっている事態に対して急ぎ指示を下せるからだ。
実際の能力としては職業軍人には及ばない、だがそのような人間になればなるほど、対応が半歩遅れる傾向がある。
これはしようのないことだろう、彼らにとっては戦争は駒の動かし合いで、絶対的な敗北を喫しないために手を打つのが戦術と戦略なのだから。
けれど使徒戦では事情が変わって来る。
たった一機ですら失うわけにはいかないからだ。
最良と称することのできる判断を行うために半歩分の時間を必要とする、しかしその決断の遅れが取り返しの付かない事態へと繋がってしまうのだ。
ここに必要なのは軍人では無くて、ミサトのような直感と感情で指示を下せる人間なのかもしれない。
──基本的には現場任せ。
あまりミサトが口出ししないのにはそんな理由もあった、自分の出番は普段は無いと自粛しているのだ、そういう意味では彼女は普通の人間ではない。
常識を越えたエヴァと使徒の戦闘が膠着、あるいは決着し、人の手におえなくなって始めて彼女はでしゃばるのだから。
そんな精神的支柱が欠けている。
さらには技術部の主とその一番弟子の欠落、これも彼らに多大な負担をかけていた。
急遽技術部から人員が回され、マヤの席に付いているのだが、操作関係のカスタマイズが酷くて苦労している。
──戦闘は一瞬の操作速度が全てを決めることもある。
マヤはあらゆる事態に即座に対応出来るよう、入力するコマンド関係をショートカットに登録していた、通常設定されている物を削除してまで組み込んでいる。
そのため現在代役を押し付けられた女性は、半ばパニックに陥ってしまっていた、子供達を救うための善意の行為が、見事に仇となっている。
「しかしサブコンピューターへのハッキングとはどういうことだ?」
「なんだ」
「サブコンだよ、使徒の反応は4号機から確認されたのだろう?、4号機を乗っ取ったのではないのかね?」
ゲンドウは口の端を歪め、コウゾウに答えてやった。
「やつらは光のようなもので構成されている」
「それが?」
「その配列は遺伝子に酷似している、遺伝子は4つの塩基配列によって構成されている、四つとはすなわち00、01、10、11だよ」
コウゾウははっとした。
「4号機を乗っ取るために形状を無形としたのか!?」
「おそらくはな……、だがそのままではMAGIのウイルスチェックやデータ管理、圧縮、削除に引っ掛かり駆除されてしまう、4号機はそのための母体であって、目的は別だ」
「……あれのシステムには」
「MAGIと同じ、人格移植OSが組み込まれているからな、同等とは行かなくともMAGIを構成する三つのコンピューターの内の一つとは……、どうした?」
急に騒がしくなった。
「MAGIがハッキングを受けています!」
「なんだこれ?、速過ぎる、人間の仕業じゃないぞこれは」
「この速度は……、まずい、擬似エントリー展開、回避されました、防壁突破されます!」
「逆探に成功!、場所は……、そんな!」
「どうした」
「は、はい!、4号機からのハッキングです」
コウゾウは目元を揉みほぐした。
「やはりか」
「だろうな、サブコン経由で自らの一端を触手として伸ばしているんだろう」
「落ち着いている場合か、ここが落とされるのも時間の問題だぞ」
「まずい!、メインバスを探っています!、このコードは……、使徒はMAGIに侵入するつもりです!」
シゲルの絶叫に発令所が静寂に包まれる。
普段ならここで、だからどうだと活をいれてくれる人物が居る。
それに対して具体案を提示してくれる人がいる。
そして実行してくれる者が居る。
そのシステムを失っている今、発令所の存在意義は失われていた。
4号機専用ケージ内は異様な緊張感に満たされていた。
機体表面に光が駆け抜ける、そのパターンはまさに基盤そのものだ。
4号機を敬遠してか、スタッフはコントロールボックスへと逃げ込んでいた、大変な人数になっているがやむを得ない。
「暑いわね」
ミサトはジャケットを脱いだ上、だらしなく胸元を開いて風を送り込んでいた、それを見てスケベ心を起こすには、余りにも恐怖心が強過ぎる状況に場はあった。
女子職員はそんなミサトを羨望の眼差しで見ていた、人の目を気にせずに着崩せる神経を羨んでいるのではない、僅か数十メートルしか離れていない位置に使徒が居るのだ、その神経の図太さに憧れていた。
男性職員は早々に上着を脱いでアンダーシャツのみの姿になっていた、何人かはリツコにこき使われている。
「そう、そっちと繋いで、どう?」
「だめです、クラッキングされて……、ああ、物理遮断されました」
ふうと一息吐いてリツコは振り返り、頭痛を感じた。
「あなたね」
「なに?」
「もうちょっと女だって自覚を持ちなさい」
「三十過ぎた女にそんなもんないのよ」
「……開き直ったのね、とうとう」
ズキズキとさらに痛む、リツコはミサトのせいかと思ったが違うと感じた。
(空気が澱んで来てるの?)
それも仕方の無い事だろう、四十人からの人間が押し合っているのだから。
空調も既に利かなくなっている、止まっているのかもしれない。
「アスカは?」
「話し掛けられないわね、今は」
ミサトはあそこよと、部屋の中央、へたりこんでいる皆の狭間を顎で示した。
そこではアスカが片膝を立てて座っていた、額をその膝に当てている。
落ちている髪のせいで顔は見えないが、彼女は目を閉じていた、集中しているのだ、ATフィールドを張るために。
「ここに来て生身での展開に成功、ね……」
「それもアスカの話だと相当の出力よ?、使徒の侵入を防いでいるんだから」
4号機を中心に、床も壁も巨大なパターンを刻んでいた、光は4号機の頭頂部から足、床、壁へと走り、そしてまた逆に戻って来ている、データのやり取りをしているのだろう。
その侵食を唯一受けていないのがこの部屋だった、アスカのATフィールドによって防がれているのだ。
「いつまで持つと思う?」
「アスカの気力が続く限りね」
「気力?」
「もっと具体的に言えば睡眠欲に襲われない限り、だって『エヴァ』は手足と同じで使ったからと言って負担が掛かる物じゃないもの」
「無意識状態に陥らない限りは大丈夫って事か……」
「逆に言えばずっと意識し続けなくちゃならないわけだから、その分の精神的な疲労は……」
すっとアスカが顔を上げた、皆がその表情に息を呑む。
「来た……」
ケージの外、ゲートと言える搬入口に00と01は到着していた。
「トウジは……、間に合わないか、レイ?」
「うん、まだジオフロント、これの影響でMAGIの管理能力が下がっちゃって、ゲートもエレベーターも大半が止まっちゃってるみたいだから」
「僕達だけでやるしかないのか」
「シンジクン?」
怪訝そうにレイ、シンジがなにを躊躇しているのか分からなかったからだ。
シンジは耳に付けているレシーバー兼マイクを煩わしく感じた、エヴァの外装に取り付けてある無線機に通じていて、様々な情報を伝えてくれているのだが、その全てに意味が無いのだ。
シンジはかぶりを振った、どうしても最悪のイメージが離れないからだ。
(『僕が』やるしかないのか)
顔を上げる、足元では特殊チームが最後の確認を行っていた、先日も出動したナンバーズ交じりの『特殊機動部隊だ。
今回は戦闘よりも救助がメインとなっているために、救護班の面子が目立った、女の子が多い。
(同じスーツでも、女の子が着るとなんか厭らしいよな)
着けている黒いボディプロテクターは、銃弾を受けると内部のゲル状の物質が弾を絡め取る仕組みになっている、そして開いた穴は乾燥して固まり、塞ぐ、このゲルは高熱にも耐性があり、多少のレーザーなら吸収する。
そのプロテクターが、はっきりと胸の形に歪んでいるのだ、シンジは股間が猛るのを感じて顔をしかめた。
どこかで自分が崩れている、そう感じたからだ。
(やっぱりコダマさんのせいなのかな、あんな……)
思い出して赤くなる。
キスだって、その先だって、何だってOK、誰でも聞けば羨むような話しだが、シンジには受け入れ難い誘いであった。
第一に不信感が募る、どうしてそこまで?、それが分からない。
この問いにシンジは一生答えを見付けられないだろう、彼女はもう答えている、理由など無いのだ、理由よりも先にそうしたいと感じたから、それが答えなのだから。
これは生まれと性格から来る感覚のずれだ、矯正出来るものでも理解出来るものでもない。
次に怖じ気が来ていた、どこかでタガが外れてしまいそうで怖かったのだ。
『そういうこと』をしてみたい自分が居る、だがそれをした時にはのめり込んでしまって、抑制出来なくなりそうな……
ここには源体験が関って来ていた、かつて友達だった女の子が居た、一緒に居て楽しかったが、ある日突然に縁を切られてしまった。
どうしてか分からずに狼狽えて纏わりついて、余計に嫌われてしまっている、それを繰り返すのが怖かった、情けないほど。
そして……、まだ理由はあるのだが、最後に来る最大のものがあった。
(そう不機嫌にならないでよ……、悪かったよ)
シンジは誰かに謝って、女子隊員から視線を背けた。
変わってしまった雰囲気、このコクピットの……
ぬるぬるとした粘液が分泌されて、肉壁が体全体を締め上げようとする、やはり耳につけている異物がわずらわしかった、肉壁に弄られたレシーバーに耳を千切られそうに痛くなる。
そう、ここは女性器の中なのだ、そして自分も性器なのだ、男性器そのものだ。
普段は優しく『いたぶる』ことで操り、そして力の放出と言う『射精現象』で絶頂へと導く、その時、エヴァは暴走とも思える咆哮を見せる。
擦り合わされた器官はお互いに傷だらけになって血を混じり合わせる。
(他人じゃないんだよな……、僕達は、もう)
お互いに一人ではないのだ、この世の中に。
シンジは至福の表情を浮かべた、同時に空気が柔らかになる、恍惚としているのか、温もりに満ちていた。
──これを裏切るわけにはいかないのだ、自分は。
他の機体がどうして01、初号機ほどの発現を見せないのか?、答えは簡単だった、機械的なシステムが『避妊具』となって邪魔をしているからだ、それは自然な交わりではない、だが『安全』を考慮に入れれば仕方の無い事なのかもしれない。
『シンジ君、作戦実行まで120秒だ、待機してくれ』
「はい」
レシーバーからのマコトの声に、シンジはいつもの調子で返答をした。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。