トウジの懸念は別の人物によってミサトの知るところとなっていた。
「告げ口ってのは嫌いなんですけどね」
「あたしもできれば避けたいわ」
 ミサトが答えた相手はコダマであった、彼女が『私見』を伝えたのだ。
「あたしをスカウトしたのって、こういうことをやらせるために?」
「まさか、わたしはエヴァの予備パイロットか、あるいは保安部に回ってもらおうと思ってたのよ」
 嘘ではないと感じるから、コダマは力を使わなかった。
 二人が会話しているのは発令所である、仮にもエヴァを運用しているのだから、ミサトはこの場から動けない。
 オペレーターはそれぞれに二人の会話に対する感想を持っていた、キツイ、キタナイ、プライバシーにまで干渉しようとするネルフの、いや、葛城ミサトという女性の体質に対して、どう折り合いをつけるか迷いを見せていた。
 仕方が無いのかもしれないし、やり過ぎなのかもしれない。
 その答えは誰にも出せない。
「それで、アスカとレイはどうしてるんです?」
「別々に仕事をね、やらせてるわ」
 レイは諜報部のナンバーズ相手に。
 アスカは保安部のナンバーズ相手に、仕事の要領を指導している。
 シンジとの接触の機会を絶って、頭を冷やさせようと言う作戦なのだが、それは逆効果になっていた。


(こんなことしてる場合じゃないのにー!)
 アスカはそれぞれの力に合った攻撃を行わせていた、火や風は形を変えれば爆発させることが出来る、物を切ることもできるようになる。
 その指導に対して困惑しているのは、新規保安部員となったチルドレン達であった、今まで日常に居たために加減なく力を使った事がなかったからだ。
「ほら!、全力で!」
 アスカの声に、はいと口にしたのは年上の少年だった、一つか二つ上だ。
 ここでは年齢に関係無く、力の上下関係で全てが決定されていた、それも単純に力が大きいとか、小さいとかではなくて、どれだけ有効に力を使えるかである。
 例えば先日のコダマとシンジの対決である、力の強弱に関係無く、軍配はシンジへと上がっている、多様な技は圧倒的な力ですら封殺せしめるのだ。
 実戦においては多彩な技を求められる、乗り切るために状況に応じた力の使い方を求められる、そしてアスカはそれに応えて来たのだ、ここに居る誰の技もアスカには通じない。
 それは先に実証されていた、訓練、あるいは腕試しの名目でだ。
 だから皆はアスカに従っているのだが……
(ちくしょう、ミサトの馬鹿、余計なことしてくれるんだから!)
 アスカはようやく、一つの突破口を見付けていた、碇ゲンドウである。
 考えてみれば地下のリリスのことと言い、ゲンドウはシンジの秘密に限りなく近い、ならばシンジの考えにも精通している可能性がある。
 なればこそだ、父親である彼が息子の自殺願望に果たして共謀教唆しているのだろうか?、それはないと思えるのだ。
 それはいつかの感覚だった、何かが隠されている、自分の知らない事がまだある、だからこそ突き動かされる、確かめたくて。
 なのに足踏みをさせられている。
(ちくしょう……)
 碇ゲンドウは多忙な人物で、家すら持たない人間だ、彼を捉まえるのは容易な事ではない。
 またセキュリティのこともあって、スケジュールを把握しているのはごく一部の人間だけである、その彼が今日は司令室に居ると分かっているのだ。
 このチャンスを生かせない歯がゆさは堪えかねるものだった。
「……」
 そのゲンドウは、司令室で報告書を読みふけっていた、優秀な副官のおかげで彼が裁決しなければならない懸案事項は知れている。
 その副官もまたMAGI任せにしているのだから大したものだった。
「これでは全面的に機械に任せるようになるのも、そう遠い未来のことではないな」
 苦笑する冬月に対し、ゲンドウは顔も上げずに相槌を打った。
「そうだな」
「そうなればわたしも勇退か、過労死せずに済むよ」
「わたしとしては過労死の方がありがたい、年金を払わずに済むからな、予算が浮く」
「おい」
「お前には身内がいないからな、見舞金も払わずに済むし、保険会社共々……」
 コウゾウは深々と溜め息を吐いて口にした。
「お前が俺をどう思っているか、ようく分かったよ」
「そうか」
 シュッとタイミング良く扉が開いた。
「失礼します」
 入室して来たのはリツコであった、脇にはファイルを挟んでいる。
「4号機の調整結果と、リリスの検診報告書をお持ちしました」
「……わたしは外に出ているよ」
 よっこらせっとと、実に年寄り臭く腰を上げる、少々白々しいのは先の言い草に対する嫌味だろう。
 わざとらしく腰を叩きつつ退出する、その様子にリツコは首を傾げた。
「なにか?」
「気にする必要は無い」
 ムッとするリツコである、先のような二人のやり取りを耳にする機会があれば、彼女も多少はゲンドウに対する見方を変えていたかもしれないが。
 やはり嫌な男だとリツコは感じた。
「では報告します」
 背筋を伸ばし、ファイルを開く。
「4号機のメインフレーム及び重要機関に問題は発見されませんでした、コクピットの換装は先延ばしにしてMAGIと直結し、各駆動部の調整作業へと移行して下りますが、やはり本来の性能は」
「かまわん、動けばいい」
「ですが……」
「4号機はネバダへの払い下ろしが決定した」
「ネバダ……、第三支部へですか」
「そうだ」
 目を丸くして驚くリツコである。
「しかし4号機には遺跡で発掘された動力源が搭載されています、これの供与は」
「供与ではない」
「ならばなおさら!」
「第二計画……、宇宙船建造計画が動き出している、4号機は動力源として組み込まれる事になった」
「……」
 リツコは顔をしかめたが、同時に納得もしていた、ジオフロント施設の一部を短時間とは言え維持するほどのエネルギーを搾り出すエンジンである、本体の強度問題によって制限が掛けられているが、本来の性能を引き出せばどれほどの出力を得られるか計り知れない。
 それだけのものがあれば、重力制御すら実用化できるかもしれないのだ。
 方舟としての宇宙船建造計画も現実味を帯びて来る。
「そうですか」
「これは交換条件として持ち出されたものだ」
「交換条件?」
「そうだ、支部はナンバーズの出向を要請して来た」
「……彼らは未成年です」
「だがネルフに所属している」
「それは……」
「支部は彼らを道具として認識している」
 はっとする。
「子供達を守るおつもりですか?」
「……彼らを研究材料にしかねんからな、人体実験も辞さないだろう、我々にはエヴァンゲリオンがある、奴らはその差を埋めるつもりだ」
 どういうことなのだろうと訝しむ、まるで誰かと競っているような物言いだと。
「リリスの覚醒は近い、今は出来るだけチルドレンを保護下に置かねばならん」
「……その理由は、教えては頂けないのですね?」
「……」
「卑怯ではありませんか?」
「卑怯?」
「でなければわたしを巻き込まず、そのように興味を持たせる物言いもなさらなければ良い、違いますか?」
「……そうだな」
 珍しくゲンドウは引き下がった、そこにリツコは付け入ろうとする。
「シンジ君のこともあります」
「……」
「彼の心理テストを行いました、危険な兆候が出ています」
「そうか」
「どうなさるおつもりですか」
 あの子はあなたの息子でしょうと目に力を込める。
 ゲンドウは何やら懐かしい物を見るように目を細めた。
(ユイ……)
 像をその顔に重ね合わせる。
 リツコは急な微笑に動じてしまった、何故そんな表情をするのか理由が分からない、同時に珍しく色眼鏡の向こうに覗けてしまった瞳の優しさに囚われた。
(こんな目を?)
 するような人だっただろうかと狼狽える。
「シンジのことは、シンジが決める」
「しかし」
「あいつには……、ユイが付いている、何も問題は無い」
 ──ユイ。
 その名前が口にされた途端、リツコは確かに胸に痛みを感じていた。
 ちくりとした、小さな物を。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。