アスカは本部の正面ゲートを飛び出すと、タクシーを求めて足踏みをした。
「ああもう!、こんな時にぃ!」
 ネルフのゲート前だけに警備も厳しい、監視もきつい、それだけにここで客を待ち受ける様な運転手は少ないらしい。
 タクシーなど影も形も見えなかった。
 ──シンジからの電話。
 話したい事があるんだ、そんな珍しい電話が掛かって来たのだ、アスカの焦りは頂点に達していた。
 まるでこの機会を逃せば、永遠に話し合いの場を失ってしまう。
 そんな感じを抱くほどに思い詰めていた。
 飛ぶか?、力で、そう思い切ろうとした時、アスカの前に一台の車が停車した。
「よぉ」
「加持さん!」
 いつもの調子で口にする。
「送ってこうか?」
 ありがとう!、っと助手席に滑り込む。
「家じゃなくて、行って欲しい場所があるの!」
「ん?、まあ良いけどな、じゃあ送ってやるよ」
「お願い!」
 現れた時と同様に、車は静かな調子で滑り出した。


「……」
 夜の公園、この公園は十何段かの階段を登った場所に作られていた、坂の途中にあるからだ。
 シンジはその公園のベンチに腰かけていた、足を伸ばして。
 夜空を見上げて息を吐く、これから何を話そうと言うのか?、少し眉が寄っていた。
 ──車の音。
 シンジは下の通りに目をやって、そこに見覚えのある車を見付けた。
 助手席から飛び出して来るのは見慣れた髪の女の子だった、待ち合わせの相手でもある、しかしシンジが意識を囚われたのは、開けっ放しの扉を体を伸ばし閉じようとしている運転手にであった。
 ──加持リョウジ。
 目が合った、笑われた気がして、シンジはますます顔をしかめた。
 車が出るのと平行して、息を切らせてアスカが駆け上がって来た、喜色満面に、しかしシンジの顔を見て困惑にすり変わる。
「な、なに?」
「別に……」
 シンジは拗ねるように唇を尖らせて顔を臥せた。
 ──なに嬉しそうにしてんだよ。
 だったら他の男になんて送らせるなよと、不誠実さをなじる、それははっきり言って嫉妬だった、面白くない、だが見当違い、的外れも良い所だと、シンジは自分の感情を握り潰した。
 アスカはそんなシンジの様子に戸惑って、隣に座っていいのか、それとも立っていた方が良いのかと態度に迷った。
 ついでに不安にも彩られていく、呼び出されて慌てて来てみたものの、考えてみれば話の内容までは伝えられていなかったから。
 良い話か、悪い話か、想像が広がっていく。
「……座ったら?」
「い、いいの?」
「うん……」
「……」
 アスカは一つ大きく息を吸い込むと、緊張気味にシンジの隣へと腰を下ろした。
 膝の裏にスカートを折り込む、そんな仕草が目に入って、シンジは彼女から視線を逸らした。
 ──しばし、無言の時が流れる。
「……シンジ」
 アスカは心細い声を発した。
 しかし返事が無い、アスカはそのまま消沈し、顔を背けてしまった。
 泣きそうになっている。
「アスカ……」
 入れ違いに、シンジ。
 アスカはビクンと竦み上がった。
「な、なに?」
「僕……、話しておかなくちゃと思って」
 シンジはアスカと目を合わせた。
「レイと……、喧嘩してるみたいだから」
「え……」
「それって……、僕の」
 違うとアスカは大きく叫んだ。
「違う!、あたしが悪いのよ、あたしが……」
「アスカ……」
 痛々しいと目を伏せる。
「アスカごめん」
「シンジ……」
「ごめん……」
 上手く言葉に出来ない事がもどかしい。
 それ以上に、二人は互いに印象以上のものを洞察する事が出来ないでいた。
 内面が見えないから、内心が読めない、それだけに懸ける言葉が見つからない。
 アスカはきゅっと唇を引き結んだ。
 マナとの会話が思い返されたからだ。
 けれどそれでも、彼女は言葉を発しえなかった、マナの話しなどは現状の確認と推察に過ぎない、打破するためにはそれ以上の行動が必要で……
 結局、先に動いたのはシンジだった。
「アスカは……、好きな人、居る?」
 咄嗟に何を聞くのだと喚こうとした、しかし出来なかった。
 シンジの目に息を呑まされて。
「……夢を見たんだ」
「夢?」
「そう……、懐かしい夢だった」
 シンジは語る。
「昔のね……、アスカの後を追い掛けて、着いて回ってた頃の夢なんだ」
 アスカはシンジの横顔に見とれた。
 顔をほころばせたところなど、初めて見たからだ。
「楽しかった……、アスカが構ってくれるだけで、遊んでくれなくても、無視したりしないで、転んだりすると助けてくれたから」
 眺め続ける、その顔を。
「だからだね……、小学校で、アスカのお母さんが死んで……、今までと同じように付きまとってるだけなのに、どうして急に嫌われなくちゃならないのか分からなくて悲しかった」
「シンジ……」
「思えばもっと早くに止めてたら良かったのかもしれない、そうすればあんなに嫌われる事なんて」
 アスカは迷ったが、指先の痺れる手をシンジの手に重ねた、両方ともだ。
「ごめん、あたし……」
「わかってる」
 かぶりを振った。
「責めてる訳じゃないんだ、ただ……」
「ただ?」
 シンジはアスカの目を覗き込んだ。
「アスカ」
「なに?」
「……もう、僕を見ないで」
 足元が崩れ去る。
 そんな錯覚をアスカは抱いた。
「なに……、言ってんのよ」
「分かるだろう?、僕を追いかけなくちゃいけないって思ってるからアスカは苦しんでる、僕もそんなアスカに苦しんでる、結局僕達は自分のことしか考えてないんだ」
「なんでそんなこと言うのよっ、急に!」
 シンジの手を強く握り締める、爪を食い込ませるほどに強く、強く。
「あたしは嫌!、そんなの嫌!」
「でも……」
「でもじゃない!」
 アスカはシンジを睨み上げた。
 逃げられないように、手に体重を掛けて。
「あたしじゃ駄目なの?、なんで駄目なの、なんで!」
「なんでって……」
「あたし知ってるのよ」
 何かがアスカのたがを外した。
「シンジ……、死ぬつもりなんでしょ」
 目を丸くして驚く。
「なんで……」
 口にして気がつく。
「カヲル君?、そうか……」
 聞いたんだねとシンジは訊ねた。
「なんでそんなこと考えるのよ!」
「だって……」
「そんなに嫌なの?、ここがっ、そんなに楽しくないの?、居たくないの!?」
 激昂が行き過ぎて、アスカは重く声を落とした。
「あたしが……、居るから?」
「アスカ……」
「そんなにあたしが目障りだってんなら」
「違うよ!、そうじゃないよ!」
「じゃあなんなのよ!、なんで!」
 違う、違う、違う、シンジはそんな風に心の内で繰り返し叫んだ。
 違う、こんなことを話すつもりで呼び出したんじゃない、どうしてこんな話しになってるんだと。
 だからシンジもまた踏み切った。
「僕は……、約束したんだ」
「約束?」
 シンジはこくりと頷いた。
 それからの話は、アスカにとって脳神経が焼き切れるほどに、とても認められない物であった。


 ──その頃、ネルフ本部では。
「第十五作業班の連絡が途絶えた?」
「はい、前後してパターン青が検出されています、今3号機が向かっていますが」
 どうしましょうかと訊ねるマコトに、ミサトは悩む素振りを見せた。
「シンジ君達を呼び出しておいて」
「良いんですか?」
「良いも悪いも無いでしょう?」
「でもシンジ君はともかく、レイちゃんとアスカちゃんは……」
「わかっているわ」
 ミサトは苛立たしげに口にした。
 フォースでさえ資材の運搬作業と言う肉体労働で疲れ切っている、家に帰る気力さえ失い、仮眠室で転がっていたような有り様だったのだ。
 シンジも似たような状態で帰ったはずだし、レイとアスカに至っては精神的に消耗しきっているはずだ、とても実戦に出られる状態ではない。
 それでもだ。
「裏目に出た、か」
「なんです?」
「何でも無いわ」
 シンジがらみで余計な策を講じたのが間違いだったかと反省するが、遅過ぎた。
「迎えを出してね」
「了解」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。