「碇シンジです」
シンジはチルドレンの中でも最下層のクラスに飛ばされた、Fクラスである。
教壇に立たされ、挨拶を強要された、しかし今更だなぁと言う感じが否めない。
皆の見る目も冷たく感じられた、冷めている、それも当然だろう、エヴァのパイロットであったのだから、こちらは相手を知らなくても、向こうは知っているはずなのだ。
あそこへ、示された席に落ちついて、シンジははぁっと溜め息を吐いた。
F組の噂は知っている、力を持たないと言うことで非常に冷遇されて来た歴史があって、ナンバーズへの敵愾心がとても強いと聞いている。
ホームルームが終わって、シンジは少し身構えた、向こうも緊張している様子が窺える、単にどう扱っていいのか困っている様子であったが。
「碇君」
話しかけて来たのは栗毛の少女だった。
「あ、えっと……」
「マナ、霧島マナ、覚えてない?」
「ごめん……」
「ひっどいんだぁ」
ぷくっと膨れ、くるっと回ってスカートを広げる。
「せっかく今日は、シンジ君のためにこの格好して来て上げたのに!」
「こぉら!」
その頭をツンッと突っつく少女A。
「なに抜け駆けしてんのよ」
「抜け駆けじゃないってばぁ」
「大体制服じゃないの!」
そんな風に唐突に始まった漫才に置いていかれてシンジは困った。
「悪いな、碇」
「え?」
「マナっていつもああなんだよ」
話しかけて来たのは浅黒い肌の少年だった、ムサシだ、ケイタを伴っている。
「ほら、このクラスってナンバーズとは遠いだろ?、それでさ、話題に飢えてんだよな」
「そうなの?」
「ナンバーズで、エヴァのパイロットだったお前なら、色んな話が聞けると思ってな」
「それは……、そうだけどさ」
「なんだよ?」
シンジは言い難いことだったので、堅く答えた。
「A組の人にさ、散々言われたんだ……、向こうに行って虐められたら、ちゃんと言うんだぞって」
「虐めかぁ」
「だから僕も虐められるのかなぁって思って、って、ごめん」
「……ま、いいさ」
ムサシ他、寄って来ていた数名の男子はあっさりと許した。
「俺達も碇じゃなかったら虐めてたかもしれないからな」
「そうなの?」
「お前って、前のクラスでも結構もめてただろ?、だからあいつらの仲間じゃないって知ってるし、それに……」
「なに?」
ムサシは耳打ちした。
「女子が怖いんだよ、お前、このクラスの奴とも遊んでただろ?」
ああ……、とシンジは納得した、確かにマナに絡んでいる何人かには覚えがある。
良く言えば分け隔てなく付き合うのが碇シンジなのだ、媚びるわけでも驕るわけでもないために、突っ掛かる部分が見当たらない。
シンジは何がどう働くか分からないなぁと安堵していた、単に面倒だからと特定のグループに含まれないよう遠ざかっていただけなのだが、それが功を奏していたようだ。
「碇が他の連中みたいに威張ってたりしたことがあったんなら、そういうこともしただろうけどさ」
自ら虐めをしないほど出来た人間ではないと明かすムサシに、シンジは心底ほっとした。
自分は出来た人間だ、などという人間には信用が置けなかったからだ。
──以前住んでいた、叔父の家がそうだったから。
やがて授業が始まって、気がつけばシンジは普通にクラスの一員として馴染んでしまっていた。
教科書を見る、自分が知る範囲ではないと愕然とし、遅れを取り戻すために数ページ前から熟読を開始する。
ふと、何かの反射が目を傷めた、眩しく目を細めて光源を探せば、別棟の窓に反射している太陽光だった。
何気にぼんやりとしてしまう。
こんな風に日常に埋没してくのも悪くは無いか……、そう思い、のほほんとする。
呑気でいられるのは、それがシンジの本質であったからかも知れなかった。
だが、そうは言っていられない人物達が居た。
「ちぃー、ちぃー、ちぃー」
妙な舌打ちをしているのはアスカである。
「……どこかで珍獣が鳴いているわ」
「レイ」
諌めるヒカリである。
「でもどうしたの?、アスカ」
「ん〜〜〜、なんだかさぁ」
ぼそっとレイ。
「生還記念にシンジ君にお祝い上げようと思ってたのに、って」
「お祝いって?」
「エッチだって」
フケツヨ、そう叫ぼうとしたヒカリの機先を制したのはケイコである。
「それのどこがお祝いになるの?」
「なるでしょ?」
「だって今更じゃない、アスカが相手じゃ」
「へ?、どして?」
「って、だっていつだっておっけーって感じ?、なんでしょ?」
「ううん?、アスカってまだだよ?、ねぇ?」
『えーーー!?』
がたたんと立ち上がる周囲である。
「アスカってまだだったの!?」
「じゃあシンジ君ってドーテー!?、新品!?」
「あのねぇ」
剣呑にレイ。
「どうしてそこであたしの事が持ち上がらないの?」
あはははは、乾いた笑いで引いていく。
「でもレイもまだなんでしょ?」
ケイコの言葉にうっと唸った。
「じゃあ……」
はてと首を捻る。
「シンジ君って、ホントに本気でそうなのかな?」
「あ、でもあの女の人は?」
「ああ、ヒカリのお姉さんって人?」
ヒカリは注目されて、答えるしか無いと考えた。
「お姉ちゃんは……、そんなことはシてないって言ってたけど」
えー!?、っと再び絶叫が起こる。
「あたし、すっかりシンジ君って」
「そうそう、だから」
「アスカに遠慮してるのかなぁって」
「あたしなんかじゃ相手にしてくんないのかって」
「違ったんだぁ」
「ちょっと見る目変わっちゃうなぁ」
「結構まじめなんだ、碇君って」
やかましぃーーー!、そう可聴領域ギリギリの範囲でアスカは叫び、立ち上がった。
しかしいつもなら引く面々も、今日ばかりは引き下がらない。
「うるさいアスカ!」
「こっちは真剣なんだからね!」
「なによぉ!」
「アスカが居るからなんだろうなって遠慮してたけど」
「違うってんなら話は別よ!」
「だからぁ」
レイ。
「あたしはぁ?、ねぇ?、あたしはぁ?」
無視である。
「まずいわ!、シンジ君、F組でどうなってるか」
「そうよ!、A組から見放されたって落ち込んでる今、優しくなんかされちゃったりしたら」
『いやぁんな感じぃ!』
一同の目はケンスケへと……
「相田!」
「はいはい、これが今日一日の同行、これが放課後も含めたスケジュール、でこっちが敵対勢力のレポート、一部五百円ね」
コピー出来ないよう、紙媒体なところがせこい。
それでも飛ぶように売れる……、というか、山のように用意している辺りが、相田ケンスケのケンスケたる所以であった。
何故レイでは無くてアスカなのかと言えば、それはレイに原因があった。
もめていたのは端から見ても分かることであったし、その原因がアスカであるのも明白だった、だからしばらくの間、シンジに誘いが掛からなくなっていたのだから。
結局、レイの不自然な態度が、シンジとアスカの二人の関係を強く印象付けていた。
「やるっきゃないって言うか、みんなでさかりついちゃってぇ」
自室にて、レイはぽりぽりとせんべいを齧っていた、チビTにホットパンツ、完全な室内着だ。
「あたしも焦んなきゃだわ……」
言ってからふと思い付き、脇腹の肉をぷにゅっとつまむ、ぷにゅっとだ。
「……」
しばしの沈黙。
「ま、いっか」
引きつった笑いを張り付けて、再びせんべいを口に運ぶ、しかし先程までの勢いはなくなり、唇にはさんでちろちろと醤油味を嗜む程度になっていた。
そんな頃。
アスカは密かに、ミサトの家にお邪魔していた。
「で、何の用なの?」
そう訊ねたのはミサトではなくリツコであった、アスカに呼び出されたのである。
「ここで……、ということは、シンジ君にも聞かせたい話?」
「場合によってはね」
「場合ってどういうことかしら?」
「今日は女の子連中とカラオケだそうだから帰って来るまでには時間があると思うの、それまでに話しちゃって、考え過ぎだったらあたしこのまま帰るから……」
ミサトは顔をしかめた、考え過ぎでなかったら帰らない、そう聞こえたからだ。
そしてそれは間違いではない。
「シンジの……、力の事なんだけどさ」
アスカが語ったのは、この間のミーティング中に想像してしまった問題だった。
「シンジの状態がガス欠で、それをみんなで寄ってたかって補充しただけだったら」
思わずリツコの顔を見てしまうミサトである。
「リツコ……」
表情を強ばらせていた、そのことが何よりも雄弁に答えを物語っていた。
「ちょっと待って……、まだ確証は持てないわ、でも……」
「可能性はあるのね?」
「……だとしたら」
まずい、リツコはそうこぼした。
「生物的な本能が、危機感が自己防衛の方向に働いているのかもしれないわ、力を使えば必ず衰弱することになってしまうからってブレーキをかけさせているんだとしたら、なら……、もしもよ?、その本能を越えるほどの感情、意思を発現させたなら?、一度だけ……、力を搾り出すことが出来るかもしれない」
──死と引き換えに。
「日常生活についてはどうなの?」
「肉体的には問題は無いわ、でも精神、魂と言った領域になると……、いつ枯渇してしまうか判断できない」
怖いのよ……、そう呟いたのはアスカであった。
「もしこうしている間に……、シンジがああ楽しかったって一人で帰って来ようとして、そのまま眩暈を起こして倒れたとしたら?、普通の人は病院に通報して救急車を呼ぶでしょう?、でもシンジの病気は普通病院の治療じゃ絶対に完治できない」
「それだけじゃないわ」
「リツコ?」
「良い?、シンジ君の衰弱は内包しているものに起因するのよ?、肉体は健康なままなの、そんな体に症状だけで判断をして投薬を行えば」
「危ないって言うのね?」
「人間は栄養過多でも殺せるのよ」
そして医療ミスで片付けられてしまうだろう、ううむと一同は唸りを上げた。
「わかったわアスカ、わたしから話をして、保安部か諜報部、情報部にでも……」
「待ってリツコ」
「なに?、ミサト」
「それは駄目よ、どの部署にもナンバーズが入っているのよ?、その子達から話が漏れないって保証があるの?」
「あ……」
「過剰な反応を示すかもしれないわ、ちょっと転んだだけで重大事のようにね、そしてわたし達は冷静に転んだだけだと見るでしょうけど、子供達は他人事じゃないだけに本当にそうだと言い切れるのかと逆上する」
「あり得ないシナリオじゃないわね……」
「でしょ?」
誰かが見守る必要がある、事情を知っていて、いつも傍に居ても不思議ではない、誰かが。
そしてそれは考えるまでもなく、目前に適役が存在していた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。