耳に手を当て、なんですかぁ?、と綾波レイ。
「いまなんて?」
 急ぎ業者と共に段ボール箱に荷物を積めている惣流アスカに、レイは理解したくない話を聞かされたような気がして問い返した。
 ──もちろんそれは気のせいではない。
「だからぁ、あたし、ミサトんとこに引っ越すことになったからって」
 えっえー!?
 ──その絶叫はマンション内だけに収まらず、管理人のみならず近隣住民からまでも苦情を頂いたレイだった。


 夜道をシンジは一人で歩いていた、まだカラオケボックスから余韻を引きずっているのか、どこか表情はほころんでいる。
 口ずさんでいるのは歌っている人間に合わせて、みんなで合唱した歌だった、うろ覚えなので歌詞は怪しいが、気分的なものなので問題にはならないのだろう。
 今日は楽しかったなぁ、そんな風に思う。
 こんなことなら、今までももっとちゃんと遊んでれば良かったよ、とも。
 不届きで不穏当な思考ではあったが、その一方で冷めたことも考えてはいた、みんなと遊んだ記憶などというものは遠い過去のものであって、その反動でタガが外れてしまっているんだな、と。
 現在の浮かれ具合に歯止めを掛けられるほどの考えではなかったが。
 シンジはマンションに戻り、カードキーにカードを通そうとして手を止めた、グリーンランプが点いている、在宅を示していた。
(ミサトさん、帰って来てるんだ)
「ただい……、なんだこれ?」
 シンジは戸を開いて呆気に取られた。
 玄関からリビングへと荷物が散乱している、段ボール箱は引っ越し屋のものだったのだが、蓋の開いているものを覗くと、自分の私物が放り込まれていた。
「何するんだよ、ミサトさんはぁ」
 これ大事なものなのにと憤慨して部屋へ、ごそごそとしている気配、ミサトさん!、シンジはそう叫ぼうとして絶句した。
「……アス、カ?」
「ああ、おかえりぃ、シンジぃ」
 振り返ったのは間違いなくアスカであった、髪を束ねて、ショートパンツ姿で部屋の模様替えを行っていた、お腹にはエプロンを着けている、作業用の厚手のものだった。
 軍手から手を抜いて、アスカは腰に手を当て、部屋を見渡した。
「もうちょっと待ってよね、色々試してんだけどさぁ、うまく収まんなくて」
「収まらないって……」
 ようやく再起動を果たす。
「なにやってんだよ」
 改めて確かめてみると、模様替えの域などは越えていた、揚げ句見覚えのない家具が持ち込まれている、いや、覚えはあった。
 ──アスカの家具だ。
「どういうことだよ、これ」
「うん、ミサトがねぇ、ここに来ないかって言うからさぁ」
「来ないかって……」
「でもここって空き部屋がないじゃない?、それでね」
 こうすることにしたって訳っと、アスカはシンジに見せびらかした。
 自分の荷物が減っている、減った部分にアスカの荷物が持ち込まれていた。
 一つの机に二つの椅子、シンジは何気に飾られている二人のツーショット写真に眩暈を感じた。
「なに、考えて……」
「だって他にしようがないじゃない」
「だからって!、僕の本とか放り出すことないじゃないか!」
「良いのよ!、ダブってるんだから同じもの置いてたって意味ないじゃない」
「それは……、そうかもしれないけど」
「でしょ?」
 違う、そういう問題ではない。
 シンジは必死に自分に言い聞かせようとした。
「大体、なんで僕の部屋なんだよ、ミサトさんの部屋の方が広いのに」
 非常に嫌そうな顔をするアスカである。
「アンタねぇ、あんな部屋に住めって言うの?、アタシに!」
「あんな部屋って……」
「アタシは嫌よ!、あんなゴキブリがフッツーに徘徊してるような部屋なんて冗談じゃないわ!、あそこに住めってんならまずミサトを追い出して、それから害虫駆除業者と清掃業者を呼んでよね!」
 シンジは深く溜め息を吐いた、確かにミサトは忙しいと言い訳をして、散らかし放題にしているからだ。
 牛乳を飲む時にはパックごと、部屋に持ち込んではごみ袋へ直接投入、そして一週間に一回のゴミ収集日をたまぁに忘れて、発酵コースへ。
 時にはコンビニ弁当のケースなどもある、これのソースには良い感じに蝿がたかる。
 そんなものが散乱している部屋だ、靴下ではともかく、素足では絶対に入りたくない領域である。
「分かったよ……」
 じゃあ!、っと瞳を輝かせて振り返ったアスカであったが、がっくりと肩を落として背を向けたシンジの行動に首を傾げた。
「なにやってんのよ?」
 もう一つ奥にある物置へ行こうとしている。
「押し入れを片付けて、部屋を作るんだよ」
「はぁ!?、押し入れぇ!?、アンタあたしに押し入れで暮らせってぇの!?」
 そんなわけないじゃないかとシンジ。
「僕の部屋にするんだよ!」
「なによそれぇ、つまんなぁい」
「つまんないって……」
 げんなりとする。
「何考えてんだよ」
「考えることなんて一つじゃない」
「一つって……」
「エッチ」
「……」
「いやん」
 気持ち悪い、ちょっとだけそう思ったりする。
「……はぁ」
「なんで溜め息吐くのよぉ」
 ま、いっかっと、唇に指を当てる。
「押し入れを勉強部屋にしちゃってぇ、こっちを寝室にってのも悪くないもんね」
「なんでそういう発想になるんだか」
「なんですってぇ?、なんでそこまで嫌がんのよぉ」
 忘れてない?、とジト目でシンジ。
「僕、いま、付き合ってる人居るんだけど」
 うっと唸らされたアスカであった。


「あ〜、失敗した」
 洞木コダマはそうのたまった。
 まさかシンジが用済みになってしまうとは、これではネルフに入った意味が無い。
 のうのうとそう口にする姉に、ヒカリは酷く顔をしかめた。
「お姉ちゃん……」
 久々に家に帰って来たかと思えばこれだと頭を傷める。
 味も色気もない白無地のパンツにピチTを着ている、もちろん胸の突起を確認出来るのだが、それ以前に生地が安物なのか色が透けて見えている。
 信じられない思いだった。
 これでも女かと眩暈を感じる。
 風呂上がり、髪からの雫がTシャツに染みないよう、肩にタオルをかけている、こんな色気や女らしさから程遠い姉のどこに惚れたのか?
 シンジの感性を疑った。
「でもヒカリ的にはオッケーか」
「え?」
「スズハラ……、トウジっつったっけ?、良かったじゃん、シンジ君ブームで空いちゃってるしさ、今の内に……」
「お姉ちゃん!」
 もうっと赤くなっている。
「何考えてるのよ!」
「当たりか……」
「お姉ちゃん!」
 しつこく怒る。
「あたし別に鈴原にそんなの」
「え?、でも妙に心配してなかったっけ?」
「……心配って、それは、あたし一応救護班だし」
 それにと言う。
「鈴原って、良く入院してるから……、死にかけた事もあったし、それで」
「心配してるってことか」
 ふうんとお茶に手を出す。
「だったらそれこそ付き合っちゃえばぁ?、一日中心配できるし」
「もう……」
「ああいう猪突猛進型ってのはアブナイよぉ?、一人にしとくとね」
「え?、どういう意味?」
「う〜ん」
 はしたなく片足を椅子の上に上げて後頭部を掻く。
「足枷のない奴ってのは、自分のことしか考えないのよね、だから限度を考えないで突っ込んで大ボケするのよ」
「大ボケって……」
「墓穴掘ってね、今まではそれをフォローしてくれる人が居たけど」
「碇君のこと?」
「シンジ君はほら、やる気とか根性ってのとは遠いから、必要以上のことはやんないでしょ?、でも自分のためにやってる奴ってのは、もう少し、もう少しって無理しちゃうのよ、その無理が限度を越えると、唐突に自分に跳ね返って来る、あ、これ葛城さんも同じこと言ってたから、アスカにレイってのはシンジ君と同じでシンジ君を基準に回ってる衛星みたいなもんだから安心して放っておけるけど、スズハラってのは彗星だからどこに飛んでくのか何にぶつかるのか分からないから怖いってさ」
 そのぶつかった物が、もし勢いだけでは突破できないものであったなら?
 衝突の衝撃に堪え切れず崩壊させられるのは自分なのだ、止まるためのブレーキも、回避するための能力もあるというのに、調子に乗って真っ向から勝負する故に、そのような事故とも言えない自業自得に陥ってしまう。
「鈴原……」
「ほらほら、また心配してる」
 はっとする。
「お〜ねぇえ〜ちゃぁん?」
「怖いって」
 ぱたぱたと手を振った。
「ホントに世話焼きなんだから、そんなことばっかりやってるからフケんのよ」
 ぐっとなった。
 少しは気にしていたらしい。
「お姉ちゃんこそっ、どうなのよ!」
「どう、って?」
「お姉ちゃんみたいなのがっ、急に子供できたとか言って狼狽えるんだから!」
 コダマは目を丸くした。
「あんたも言うようになったわねぇ」
「ふんだ!」
「でもね」
「?」
「どっちかっつーとさ、そこら中からあなたの子よ、なぁんてシンジ君の女ってのが出て来る方が怖いんだけどねぇ」
 今度はヒカリが絶句する番であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。